向井湘吾

小説家・児童書作家。月に一本くらい、短編とかエッセイとかを投稿していく予定。  Twi…

向井湘吾

小説家・児童書作家。月に一本くらい、短編とかエッセイとかを投稿していく予定。  Twitter : https://twitter.com/Shogo_Mukai

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【短編小説】異星動物園

 食卓に向かっているのは、父親と、母親と、幼いオスの子ども。子どもは他より高い椅子に座ってさじを握りしめており、父親がその口元についた食べカスを拭いてやろうとする……が、子どもが嫌がり、皿をひっくり返す。母親が慌てて立ち上がり、雑巾を取って戻ってくる。スープが服にかかったらしく、泣きわめく子ども。父親はうろたえ、彼を抱え上げてなんとかあやそうと努力する。 「動物の家族愛、見てるとほっこりするよね」  柵にもたれかかりながら、僕は言った。しかし、隣に立つカミュは飽きてしまったの

    • 【短編小説】ゴールデンウィークだし、世界征服しよう

      「世界征服したい」  2人でぼんやりとテレビを眺めていたときに、唐突にヒナが言い出した。ユウイチはテレビ画面からヒナに視線を移し、テレビに目を戻し、そしてもう一度ヒナを見た。 「世界征服」 「うん。せっかくのゴールデンウィークだし」 「そっか。普段はできないからね」  ユウイチは納得してうなずいた。たしかに、手間のかかることをするのは仕事に追われていないときに限る。合理的な考えだと思った。 「何から始めるの?」 「分からない。私、初心者だから」  ヒナはリモコンを手の中でくる

      • 【短編小説】四月馬鹿インフレーション

        「社長、今年のエイプリルフールは一味違いますよ。本物のマンモスを用意しましたから」 “案内人”の男はそう言って、手元のリモコンを操作した。すると壁が左右にスライドし、薄暗かった応接室に気持ちのいい陽光が射しこむ。  壁が取り払われたことで、床から天井まで届く強化ガラスがあらわになった。“案内人”とともに強化ガラスに歩み寄ると……その向こうには見渡す限りの草原が広がっていた。 「見えるでしょう? マンモスはあそこです」  ジュリは案内人が指さす方に目を向けた。たしかに、この建物

        • 【短編小説】合法的な過去改変

          「お隣の良治君、第一志望に合格したんだって」  リビングでみかんを食べているときに、妻が不意に切り出した。僕はみかんの筋を取る手を止めて両の眉を上げる。 「そうなんだ。無理そう、みたいな噂だったけれど」 「それがタイムマシンで2年前に戻って、庭の木を切るのを中止したら……成績が急上昇したって」 「あの木?」  僕はみかんを口に放り込み、窓の外をちらりと見やる。お隣と我が家を隔てる塀がすぐそこにあり……その向こうにぐにゃぐにゃと不格好に曲がった木が、苦しげに天へと伸びているのが

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        【短編小説】異星動物園

          【短編小説】世界は猫のもの

          「お父さんな、この世界の真実に気づいてしまったんだ」  久しぶりに実家に帰省した私に向かって、お父さんが突然言いました。コーヒーを飲んでいた私は、テーブルを挟んで向かい側に座るお父さんに視線を投げます。 「真実、というと?」 「実はな……今の政府は宇宙猫に支配されているんだ」 「……へぇ」  私はとりあえず相槌を打ちました。衝撃的な出来事があったときは、慌てず騒がず状況を見極めるのが重要ですから。まずは“見”に徹することにしたわけです。 「いきなりこんなことを言われても信じら

          【短編小説】世界は猫のもの

          【短編小説】あわてんぼうすぎるサンタクロース

           サンタとは――超自然のトナカイを操り、世界中の子どもたちにプレゼントを配って回るという奇跡の男である。彼の年齢については誰も知らない。白い髭の老人だったという目撃証言が大半だが、それが本当なら、彼は何世紀も前からずっと老人だったことになる。サンタは不老不死なのか、それとも我々には思いもよらぬ魔法によって寿命を延ばしているのか。真実は謎に包まれている。  サンタは奇跡の老人だ。今年も彼は、良い子におもちゃを届けるために世界中の空を駆ける。赤い服を身にまとい、星々の海を渡る。

          【短編小説】あわてんぼうすぎるサンタクロース

          【短編小説】日曜の午後、人魚を探しに行く

          「人魚の肉が食べたい」  ソファでくつろいでいるときに、ヒナが突然言った。ユウイチが顔を上げると、ヒナは手にしたスマホの画面をスクロールし、繰り返す。 「うん、食べたい。人魚の肉」 「また漫画か何かで読んだの?」 「そう。死ななくなるんだって」 「死ねなくなる、とも言うかな」 「そうかも」  ヒナはうなずいた。漫画の表示されたスマホを左右に振る。 「人魚の肉、どこにあるの?」 「そりゃあ海だろうね」 「じゃあ行こう」  言うが早いかヒナは立ち上がった。ユウイチがソファに身をあ

          【短編小説】日曜の午後、人魚を探しに行く

          【短編小説】クラフトされる世界

          「ここは敵として恐竜が出現するエリアです。白亜紀の生活を体験することが可能です」 「ハクアキ……。恐竜がいた時代、ってことですか?」 「大雑把に言うと1億年前ですな」 「1億年前……その頃って人間はいたんでしたっけ?」 「些細な問題です。『オールクラフト』の世界では、不可能が可能になり、過去も未来も現在となるのですから」  立派な口ひげを生やした係員は、丈一にそう説明した。丈一は曖昧に笑ってうなずいた。結局、白亜紀に人間がいたのかどうかには答えてもらえなかったが、係員が先に立

          【短編小説】クラフトされる世界

          【短編小説】失われた残暑を求めて

          「ここが『残暑』のエリア……? 本当か?」  ドームの中に一歩足を踏み入れて、オカダはつぶやいた。人工太陽の陽射しが強く、思わず手をかざして顔をしかめる。なんとなく肌にまとわりつくようなじめじめとした感覚もあり、出来損ないのサウナに放り込まれたような気分であった。 「すごく暑いぞ……。真夏エリアじゃないのか?」 「間違いなく残暑のエリアです。かつては日本の9月はこのような気候だったらしく」  係員の男が、ニコニコ笑ってそう説明してくれた。オカダは片手でネクタイを緩め、首元のボ

          【短編小説】失われた残暑を求めて

          【短編小説】悪魔が契約してくれるっていうけど願い事を思いつかない

          「ワシは勝ち負けを司る悪魔じゃ。ワシと契約すれば、勝負事で1年間負けなくなる」  自宅のPCの前で――タカヒロは突然、悪魔に話しかけられた。ちょうど、オンラインゲームで25連敗を喫し、手にしたゲームパッドで画面を叩き割ろうとしたときだった。悪魔はコウモリに似た翼を持つ、手のひらサイズのじいさんだった。ぬいぐるみみたいな見た目だが、自分で悪魔と名乗るからには悪魔なのだろう。 「悪魔……初めて見たぜ。実在したのか」 「うむ、驚くのも無理はない。ワシら悪魔は健全な精神の持ち主の前に

          【短編小説】悪魔が契約してくれるっていうけど願い事を思いつかない

          【ゲーム感想】『ゼルダの伝説』(初代)のファンがティアキンをやってみたら宿敵と再会した話

           最近、ネット上で「一生遊べる」と話題になっているゲームがある。『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』。このゲームをやったことがないという人も、執拗にいじめられている森の妖精や、近代兵器で殲滅される魔物たちの姿を、Twitterなどで見かけたことがあるのではないだろうか。 『ティアーズ オブ ザ キングダム』(略してティアキン)はあまりにも自由度が高く、いくらでも工夫して遊べるため、死ぬまでかかっても味わいつくせるか分からない。私も発売直後にティアキンを買い、のん

          【ゲーム感想】『ゼルダの伝説』(初代)のファンがティアキンをやってみたら宿敵と再会した話

          【短編小説】名探偵になりたいけど殺人事件が起こってくれない

          「こんなに急に天気が崩れるとは」 「しかし、山小屋があって助かりましたね」  吹きすさぶ風がカタカタと鳴らす窓に、暗闇と舞い散る雪だけが見えている。数人の男たちが大きなストーブを囲んで、ホッとした表情で談笑している。コーヒーから湯気が立ち上り、不気味な風の音が遠く近く鳴り続ける。  雪に降りこめられた者たちは、冬眠中の野生動物のように、じっと動かず時が過ぎるのを待っている。俺は一人で窓辺に立ち、外を眺めていたが……すぐには降りやみそうにないと見て取って、くるりと振り返った

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          【短編小説】桃太郎の質の低下

           思うに、桃から生まれた者は鬼退治をすべきであるという風潮は間違っている。  桃から生まれた男だって、普通に畑を耕したり、魚を獲ったり、イノシシを狩ったりしたいものだ。 「そこの猿よ。このきびだんごをやるから、俺の仲間になってはくれまいか」  跳太郎は、お腰につけたきびだんごを猿に見せた。しかし猿はまったく興味がない様子で、木の上で尻をかいていたかと思うと、そっぽを向いて別の木に飛び移ってしまった。跳太郎は追いかけようとしたが、すでに遅い。猿は木から木へとあっという間に移

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          【短編小説】人間の肉、ナメクジ、そしてサメ

          「みなさんにお配りしたのは、大昔に生息していたホモ・サピエンスという生物の肉を使ったミートボールです。クローン技術によって再現しました」  広いすり鉢状の講堂の中央で、髭を生やした賢そうなナメクジが言った。中央を見下ろす形で円形に並んだ座席には、ナメクジたちが真剣な面持ちで腰かけている。それぞれの机には皿と、小さなミートボールが置かれていた。  現在の地球の支配者であるナメクジ――その大科学会議の席であった。東西南北、あらゆる国の科学ナメクジたちが一堂に会し、その研究成果

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          【短編小説】じゃんけんの後出しを許さぬ妖怪

           浩平は困惑していた。  なにしろ、妖怪なんて初めて見たのだから。 「さっきの友だちとのじゃんけん、おぬしは後出しをしておったな。許さぬぞ」  ぼさぼさの髪とぎらついた目、そして三本の腕を持つ奇妙なその妖怪は、戸惑う浩平に対して厳かに言った。 「後出しをしなければじゃんけんもできぬとは。最近の小学生はなっとらん。『ぺなるてぃー』を受けてもらおう。人生のあらゆる場面で、後出しされ続けるという呪いじゃ」  妖怪は三つの手をそれぞれグー、チョキ、パーの形にした。そして、何やらむにゃ

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          【短編小説】ゾンビにも生存権がある

           困った。  朝起きたらゾンビになっていた。  俺はベッドから起き上がり、鏡をじっと見つめた。肌からはすっかり生気が抜け落ちており、目は死んだ魚のように濁って、口はだらしなく開いてよだれが垂れている。ひどい猫背で、まっすぐ立とうとしてもうまくいかない。そして移動の際は、両手を前に出した奇妙な格好で、ゆっくりと歩くことしかできなくなっていた。 (いきなり体が腐ったりはしないんだな)  その点は、俺はホッとした。  とりあえず、今日は平日であり、高校に行かねばならない。俺

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