【短編小説】あわてんぼうすぎるサンタクロース

 サンタとは――超自然のトナカイを操り、世界中の子どもたちにプレゼントを配って回るという奇跡の男である。彼の年齢については誰も知らない。白い髭の老人だったという目撃証言が大半だが、それが本当なら、彼は何世紀も前からずっと老人だったことになる。サンタは不老不死なのか、それとも我々には思いもよらぬ魔法によって寿命を延ばしているのか。真実は謎に包まれている。
 サンタは奇跡の老人だ。今年も彼は、良い子におもちゃを届けるために世界中の空を駆ける。赤い服を身にまとい、星々の海を渡る。
 
 しかしながら。
 彼の尊い使命は、常に何の障害にもぶつからずに遂行できるわけではない。
 
 
 
「困ったのう……」
 とあるマンションの一室――リビングに立ってサンタはぼやいた。右手で自慢の白い髭を触り、首をひねる。左手には拳銃が握られており、足元の床には血だまりが広がっていた。血だまりには中年の男女が沈んでおり、うつぶせになってピクリとも動かない。
「いきなり殴りかかってきたから、慌てて殺してしまったわい。どうしてこんなことに」
「泥棒と勘違いされたんだろう」
 低く落ち着いた声が聞こえたので、サンタは振り返った。赤い鼻のトナカイが、タバコをくわえたままリビングに入ってきたところだった。
「知らないジジイが窓を割って家に入ってきたら、誰だって追い出そうとするさ」
「その前に『お前は泥棒か』と質問してくれればよかったのにのう……。わしはあわてんぼうじゃから、いきなり襲われたらパニックになってしまうわい」
「玄関から訪ねればよかっただろう」
「そういうわけにはいかん。わしはサンタなんじゃから。家主に見つかってはいかんのじゃ」
 そう言って、サンタはペタペタと自分の服を触った。安心した様子で、拳銃をポケットにしまう。
「もともと赤い服じゃから。返り血が目立たなくて良かったわい。だいたい、家に煙突がないのが悪いんじゃ。まったく、近ごろの建築家はサンタのことをまるで考えとらん」
「ライフスタイルの問題だろう。そもそも、日本で暖炉のある家が一般的だった時代なんてない。だから煙突もないのが普通だ」
「たしかにそうじゃなあ……」
 サンタは、壁際に飾られたクリスマスツリーを一瞥した。
「う~む、クリスマスを祝っているのに煙突がない。窓を割って入ってきたサンタに殴りかかる。サンタにとっては辛い国じゃわい」
「これからどうするんだ、じいさん」
「う~む……とりあえず子ども部屋にプレゼントを届けるとしよう」
 サンタはその場でしゃがみ込むと、倒れている女性の足から靴下を脱がした。血がべったりとついていたが、サンタは気にせず、そこに無理やりプレゼントの箱をねじ込んだ。
 リビングを出ると、サンタは抜き足差し足忍び足で廊下を進み、間もなく子ども部屋を探し当てた。音を立てないように慎重にドアを開ける。ベッドには男の子がすやすやと眠っていた。
「……これでよし」
 枕元にプレゼント置き、静かに退室してドアを閉めると、サンタはホッと息をついた。部屋の外でトナカイが待っていた。
「済んだのか」
「うむ、中身はゲームソフトじゃ」
「またファミコンじゃないだろうな」
「いや、わしは同じ過ちは繰り返さん。ちゃんと最新のソフトを選んできたんじゃ。複数人でプレイできるそうじゃから、お父さんやお母さんとも遊べるぞ」
「両親はじいさんがついさっき殺しただろう」
「そこはまあ、不可抗力じゃったから……」
「詫びを入れなくていいのか?」
「いかんいかん、わしが殺したとバレてしまっては困るんじゃ」
 サンタは大声を上げかけて、慌てて口を押さえた。唇に「しーっ」と人差し指を当ててから、力説する。
「せっかく時間と労力をかけてプレゼントを配るからには、わしは感謝されたいんじゃ。両親を殺したジジイからおもちゃをもらっても感謝なんかせんじゃろ」
「それはそうだな」
「だからわしと殺人は無関係ということにしておきたい。サンタが来た日にたまたま両親が殺されてしまったんじゃ。子どもは悲しむことになるが、サンタからもらったおもちゃで心を慰めることができる。プラマイゼロじゃ」
「大したどんぶり勘定だな」
「その通り、人生で大事なことはどんぶり勘定なのじゃ」
 サンタはトナカイとともに廊下を歩き、リビングに戻った。そこには変わらず男女の遺体が転がっている。割れた窓から冷たい風が吹き込む。サンタは身震いした。そして、ソファの背に誰かのマフラーがかけてあるのを見て取ると、それを自分の首に巻いた。
「……いや、むしろトナカイよ。両親の死という逆境が、サンタクロースのありがたみをより際立たせているとは思わんか」
「ほう?」
「わしは『良い子』にプレゼントを配る。しかし、前にトナカイに指摘された通り、『良い子』は裕福な家の子どもに多い。貧しい子どもと違って犯罪に手を染める必要がないんじゃから」
「たしかにしたな、そんな話を」
「しかしじゃな、もともと恵まれた家の『良い子』におもちゃをあげても大して感謝されん。ぶっちゃけわしの配るプレゼントより、両親が買い与えるおもちゃの方が高いじゃろうからな」
「身も蓋もないな」
「だから両親が死んだ今は、むしろ子どもにとってチャンスなわけじゃ。わしという存在に感謝するチャンス。この理屈が分からんか、トナカイよ」
「俺はただの運び屋だからな。感謝されようがされまいが、自分の仕事をするだけだ」
「堅物じゃのう……」
 サンタはため息を吐いた。そしてチラリと廊下の方を振り返り、目を細めた。
「頑張れ、少年よ。この逆境を乗り越えて、強く、優しい子に育つのじゃ……」
「……早く行くぞ、じいさん」
「まあ待て……そんなに急がなくても……」
 トナカイが割れた窓の方へ歩き出したので、サンタはあとを追った。靴底がガラス片を砕く音がシャリシャリと響く。
「雪にならんといいのう……」
 窓から出ると、サンタは着ぶくれした体をそりに収めた。トナカイが引くその魔法のそりは、ふわりと浮かんで空中を滑り出す。割れた窓も、2つの死体も、血のついた靴下も。全部を置き去りにして彼らは飛んでいく。次の「良い子」のところへ、飛んでいく。
 深夜であっても、地上できらめくイルミネーションは消えることがない。遠くからジングルベルの音色が絶え間なく、絶え間なく聞こえていた。