【エッセイ】計算はドラクエで学んだ

 先日、名作RPGである『ドラゴンクエスト』が発売38周年を迎えた。38年前というのは私が生まれる前――つまり私がこの世に生を受けた瞬間には、すでにドラクエは存在していたわけだ。そういう意味で兄のような存在。私はドラクエという兄に育てられたのである。
 
 私が大きな数の足し算・引き算を初めて学んだのはドラクエを通してであった。小学校に上がる前――たしか6歳の頃だったと思う。不要なアイテムを売って強い装備を買うためには、足し算と引き算は必須能力だったので、計算を覚える以外にゲームを攻略する道はなかった。谷底に落とされる獅子の子のように、私はドラクエに鍛えられた。
 ちなみに私が初めてプレイしたドラクエは、シリーズ中でも屈指の難易度を誇るファミコン版『ドラゴンクエストⅡ』。幼少期の私にはあまりにも難易度が高すぎてラスボス撃破までは至らなかったが……人生の基礎の少なからぬ部分はドラクエによって叩き込まれたように思う。人の話をよく聞くこと。メモを取ること。コツコツ努力すること。そして、お金は計画的に使うこと。
 
 もちろん、そうしたことはドラクエの魅力のほんの一部に過ぎない。私はドラクエ最大の魅力は、誰でも唯一無二の主人公になれることだと思っている。ドラクエをやったことのある人は全員が「元勇者」だし、現在ドラクエをプレイしている人は全員が「現役勇者」だ。対人ゲームでは、世界チャンピオンにならない限りは必ず「上には上がいる」けれど……ドラクエならば勇者は(基本的には)ただ一人。人は誰でもかけがえのない存在なのだと、ドラクエは思い出させてくれる。
 
 
 
 ところで、『ドラゴンクエストⅡ』はどうしてもクリアできなかった私だが、『ドラゴンクエストⅢ』の方は頑張ってクリアすることができた。ドラクエⅢには、私にとって忘れられないキャラクターが登場する。サマンオサの城の地下牢にいる、名もなき一般兵士である。
 暴君に支配された王国サマンオサでは、勇者たちがいきなり地下牢にぶち込まれるというイベントがある。この頃には勇者一行はどんな扉でも開ける「さいごのかぎ」を手に入れているため、地下牢からは難なく抜け出すことができるのだが……出口は一人の兵士がふさいでおり、地上への脱出を妨げていた。
 その兵士は勇者たちに背を向けてじっとしている。そして勇者たちが背後から近づきそっと話しかけると……下のようなセリフを発するのである。
 
「わたしはねむっている だからこれはわたしのねごとだ」
 
 兵士は立場上、その場から動くことができない。囚人の味方をするわけにもいかない。暴君の命令に背けば死罪は間違いないのだから。にもかかわらず勇気を振り絞り、「寝言」という形で勇者たちに情報を提供してくれるのだ。
 その兵士の言葉から、勇者たちは地下牢のどこかに抜け道があることを知り、無事に脱出する。そして暴君(その正体は魔物)を討伐し、サマンオサ王国に平和を取り戻すのである。
 
 そのイベントは、子どもの頃の私に強烈な印象を残した。初めてドラクエに触れたのは6歳の頃だったわけだが、この兵士に出会ったのはいつ頃だったのか――7歳だったか、8歳だったか――はっきりとは覚えていない。ただ一つ言えるのは、少年時代に触れたありとあらゆる物語の中でも、これほど強く記憶に残っているキャラクターは多くないということだ。
 多分、あの頃の私は「本当に」勇者だった。だから、勇者である私を命懸けで助けてくれたあの名もなき兵士を、私は好きになったのだと思う。ドラクエシリーズで最も好きな脇役は誰かと問われたら、私はこの一般兵士を挙げることになるだろう。
 あの兵士は私のパーティの一員ではなかったけれど……間違いなく恩人だった。
 
 
 
 ドラクエⅢ以後、複数のドラクエシリーズをプレイした私も、部活や受験勉強などを優先するために中学生くらいの頃に一旦ドラクエから離れてしまった。けれど、やはり私は「元勇者」ではなく「現役勇者」でありたかった。だから大人になってからまたゲーム機を手に取り、再びドラクエの世界に戻ってきたのだ。最新機種で『ドラゴンクエストⅪ』などをプレイする過程で、私は勇者としての勘を取り戻していく。ファミコン、スーファミ、プレステなどでプレイしていたかつてのドラクエと比べると、システムはより洗練され、グラフィックは美麗になり、ボイスなども充実していた。けれどドラクエの根底は変わっていなかった。
 いくつになっても、ドラクエを起動した瞬間、人は唯一無二の勇者になれるのだ。
 
 ドラクエよりもあとに生まれた私は、当然ながら一生、ドラクエよりも年下のままということになる。私はドラクエに育てられたし、これからもドラクエから多くを受け取っていくと思う。ドラクエを兄貴として慕って、人生を歩いていくのだと思う。
 今一番楽しみなのは、もちろん『ドラゴンクエストⅫ』の発売。
勇者としてまた世界を救いに行きたいと――何度でも何度でも救いに行きたいと――私は心から願っている。