Kenta Hayashi

初めて買ったデジカメはSONYのP-10(限定ブラック) ポートレートと瞑想が好きで…

Kenta Hayashi

初めて買ったデジカメはSONYのP-10(限定ブラック) ポートレートと瞑想が好きです。

最近の記事

雨時計と森と男たち 最終回

彼女の周りでは4つの季節が積み木のように重なり不思議なカタチとなっていた。 ウッドデッキに座った彼女は読み終わった手紙を封筒に戻し2本目のビールを開けた。口の中からはビールのにがい味がしている。 橋の向こう側から吹く風は鉄橋に当たり1人の人間となった。彼女は時折くるさびしくてたまらない夜に林の中でそっと彼と会っていた。 そろそろだと思う。 あの鉄橋から訪れるのは心だということは分かっていた。 心から送られた手紙の文字は余った風に乗って高くあがり雨粒に変わり私の体にあたり

    • 雨時計と森と男たち 第5話

      海岸では10人程の男女が集まり思い思いに楽しんでいた。 届いたばかりのカーペットのように海はなめらかでキラキラと輝いている。 僕は昼間に書店でアルバイトをし、日が暮れはじめると少しだけ海岸を歩き、それから夕食の準備をし絵本を書いた。 彼女と別れたあとの僕はだれが鑑定するまでもなくまったく価値のない人間だった。 彼女は僕にとって焦点であり歴史であった。 彼女のいない僕からは輪郭が消え、語り継ぐべき物語を見失ってしまった。 1年ほどそんな生活を繰り返したが僕は1マスも進むこ

      • 雨時計と森と男たち 第4話

        月の光に照らされた砂は音もなく落ちていた。 昼間に見つけたあの巨大な鉄橋はなんだったのだろう。茂みの先に現れた橋を見つけてから僕は1日落ち着かないまま夜を迎えた。誰のための橋なんだろう。誰が作ったのだろう。 そして向こう側には何があるのだろう。また向こう側からは何が訪れるというのだろう。 その夜はウッドデッキでビールを飲みながら絵本を書いた。 ある国の夫婦の話だが書いてる僕自身が読んでもつまらないくらいの話だったので途中で書くのを止めてしまった。 そのままウッドデッキで

        • 雨時計と森と男たち 第3話

          初めて絵本を書いたのは岸田の部屋のリビングのソファの上だった。 おかしな時間に起きた僕はなんとなく目の前のテーブルにあったノートの端にある国の夫婦の話を書いた。そのストーリーにイラストを付けたものが僕の処女作だ。 それから何人かの友だちの家のカウチソファを渡り歩き、夜になるとストーリーを考えイラストを添えていった。 夜に生まれた絵本が20冊を越えたあたりで当時付き合ってたガールフレンドの友達が勤めていた小さな出版社からほとんど自費出版といったカタチで1冊の絵本が発売された

        雨時計と森と男たち 最終回

          雨時計と森と男たち 第2話

          部屋の掃除は3日ほどで終わった。 拘ればまだまだやるべき場所はあったはずだが住むには問題なかったところで掃除はやめた。 家の周りに積もっていた松葉は毎日庭で焼いているがまだそこらじゅうに松葉は残っている。 周りが暗くなってくるとウッドデッキの端に椅子を出してビールを飲んだ。 初めて飲むビールは缶の味がした。これから何本ビールを飲めるかと考えると少し淋しくなった。心はお酒を飲んだりしないからだ。 3本ほど缶ビールを飲んでのんびり吹く風を感じていると庭の裏の林から何かの音がし

          雨時計と森と男たち 第2話

          雨時計と森と男たち

          国道を抜け1時間ほど走ったころには僕の体は街からだいぶ離れていた。 脇の雑木林に入り濡れた土の上をBMWのG310GSはゆっくりと傾斜にあわせて揺れながら走った。さらに30分ほどたってから何度かこまかく折れ曲がった道を抜けて別荘に着いた。 目の前の別荘は高床作りで、床下は大きなガレージと物置のスペースが確保されていた。 幼いころは気づきもしなかったが湿度が高いこの土地に合わせた造りのおかげで建物はさほど痛むことなく残っていたようだ。 預かっていた鍵でなかに入ると湿った松

          雨時計と森と男たち

          あきらめるか、もしくは誰かに愛してもらうしかないもの

          1. 残念なことに最初に奥歯が痛みはじめたのは新婚旅行先で訪れたハワイのスペイン料理店だった。 知り合いから紹介されたその店はワイキキのメイン通りから一本脇に入ったところにある本格的なスペイン料理の店で世界中の観光客が訪れる人気の店ということだった。 地元のブリュワリーのビールを楽しみつつ丁寧な仕込みのパエリアの海老を味わっていたところ激しい痛みに左の奥歯が襲われた。 2. 2度目に異変に気づいたのはトルコのカッパドキアで乗った気球の上だった。 無数の気球が平等に朝日の光

          あきらめるか、もしくは誰かに愛してもらうしかないもの

          信号待ちのあいだに

          夜明け前に雨は上がってしまったようだ。 信号待ちのあいだにルイスレザーのサイクロンのジップを少しだけ下ろす。片道4車線の大きなバイパスを車が群れとなって走る。たぶんほとんどの車が昨日もここを走っていたはずだ。 学生時代から乗っているこのミントグリーンのマウンテンバイクは友人から安く譲ってもらったもので、あの頃随分わがままをきいてもらったことのひとつだ。 その頃僕らは夕陽が街から消える時間になると顔を合わせ学生街の居酒屋か散らかったどちらかの部屋か近所の公園か、シャッフルさ

          信号待ちのあいだに

          美しい鶴を折るには

          1. 久しぶりにオフィスに出社すると朝礼が一番楽しかった。 同僚たちがテレワーク中に観たNETFLIXの新作ドラマの話や断捨離してた話、今まで普通にやれていたことが今やりたいことだったりする話を直接聞くことはとても新鮮で気持ちのよいものだった。 買い物の話も面白かったし、子供が覚えた新しい口ぐせの話もなかなかだった。 仕事が始まると昨日までと同じようにノートパソコンの前でぶつぶつと独り言を言いつつひとつずつ仕事を進めていった。まだまだ今まで通りとはいかなかったものの、僕くら

          美しい鶴を折るには

          あなたがうたってくれたから

          1. サウナから出て新しい下着と靴下に着替え車に乗った。 久しぶりに動かしたせいかエンジンオイルが切れかけているのかおだやかな高架を上がる際に運転席の足元からカラカラと音がしていた。 昼食のハンバーガーはあらかじめ連絡していたおかげで車から降りることもなく受け取ることができた。 元気ですか。と店員に聞かれたので元気だよ、と答えた。 もう6月だというのに雨の日は少なく例年通りの梅雨入りだった。 僕の生活はあの新型ウイルスのおかげもあってたいそう落ち着いたものだった。経営して

          あなたがうたってくれたから

          イン・ザ・コーヒー

          1. いつ来ても隣の席ではよくわからない金儲けの話をしている奴らがいるというのが俺にとってのこのコーヒーショップのイメージだった。 コンサルに情報に代理店に水と品目は変われど勧めている人間の顔つきはだいたい同じだ。 緊張を隠そうとするやたら早口で爽やかな笑顔が共通項のひとつだった。 そういう俺も初対面の女の子と会う時はご多分に漏れずこの店を使っているわけだから同じ穴のというわけだ。気を付けよう。 「はじめまして。」今日の客は流行りのミュージシャンに似た黒髪の女の子だった。

          イン・ザ・コーヒー

          配達業の男

          1. 2005年僕の絵はたった2枚しか売れなかった。 大分県のその街は狭い路地に坂ばかりと荷物を降ろすたびにボロボロの壁に軽トラックを寄せて止めるしかなく、仕事を始めたばかりの頃は慣れないこの車に落ち着かないものだった。 朝8時30分から夜の20時30分まで大分県のこの街で僕は何種類もの四角いダンボール紙の箱を運び続けた。時折仕事の話を聞いてくる者は大抵が体はしんどくないかだとか、いやな客はいないかといった話をしてきたが、サッカー選手が一試合にボールに触る時間が1分程といわ

          配達業の男

          5月の書店にて

          1. あとでリダイアルを見れば分かりますので。 その書店員は黄色く変色した受話器を持ったまま店中に聞こえる大声で電話先の相手に説明していた。 相手が納得したのか折れてしまったのかは分からないが、電話はそのひと言がきっかけとなり終わったようだ。 書店員はいつもの場所に戻り伝票の数字をノートに書き写し大きなため息をついた。 2. 今となっては本は一句違わずデータとなり、蝶の鱗粉のようにその体からいくばくかの手数料を落としたのち、正しい折り目で作られた紙ヒコウキとなり静かに僕た

          5月の書店にて

          石器時代のレッド・ホット・チリ・ペッパーズまたは落日のあと

          1 週に5日パン屋でパンを焼いた後に1時間ほど走る。 そのパン屋は控えめに言ってどこにでもあるようなパン屋だったけれど、夕方にはほとんどのパンが売り切れていたのでたぶん人気の店だったんだろう。 店のBGMでは結構なボリュームでレッド・ホット・チリ・ペッパーズが流れていたが、店に訪れる客たちはそんなことお構いなしに黙々とトレイにパンを乗せ貴重な説法を聞けた村人や小鳥のようにレジで小さなお辞儀をしたらそっと扉のすきまから出て行った。 2 なるべく速く走ることが走ることだとしたら

          石器時代のレッド・ホット・チリ・ペッパーズまたは落日のあと

          親愛なるランナーたちへ

          1. 柔らかいクッションがうす灰色の暑く溶けたアスファルトを交互にこするたびに僕らはちょっとだけ前進していた。ナイキのタンクトップはとうの昔に汗を風に紛らせることを諦めたのか今では年老いた名コーチのように肩に寄り添っていた。 まだ腰は元気だ。 今年はやけに疲れることがたくさんあった。 ただ走り始めるまでにだっていくつものハードルがあり、走りはじめた今でさえそれらを越えてこれたのかは分からない。 家から車で30分程のこの陸上競技場に着いてランニングシューズに履き替えているころ

          親愛なるランナーたちへ

          天使たちの日記

          1. その年の初夏は僕たちにとって我慢することが多すぎる季節だった。 おはよう。 少しずつ暑くなってきたね。そろそろ半袖で街に出掛けられそう。 おはよう。 暑いよね。この前買ったTシャツそろそろ出そうかな。 え~いいなぁ。 この前のアルバイトの日天気よくて日焼けしちゃったんだよなぁ。 えーそうなんだ。見たいなぁ。写真送ってよ。 うーん。どうしようかな。ちょっと恥ずかしいよ。 ---------------------------------------------

          天使たちの日記