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配達業の男

1.
2005年僕の絵はたった2枚しか売れなかった。

大分県のその街は狭い路地に坂ばかりと荷物を降ろすたびにボロボロの壁に軽トラックを寄せて止めるしかなく、仕事を始めたばかりの頃は慣れないこの車に落ち着かないものだった。
朝8時30分から夜の20時30分まで大分県のこの街で僕は何種類もの四角いダンボール紙の箱を運び続けた。時折仕事の話を聞いてくる者は大抵が体はしんどくないかだとか、いやな客はいないかといった話をしてきたが、サッカー選手が一試合にボールに触る時間が1分程といわれているように、僕にとって残りの89分に詰まっている楽しさに比べるとそれらはもはや僕の問題ですらなかった。

僕は車に戻りハンドルを回し、iPodから流れっぱなしの音楽を聴きながら次の配達先へと向かった。


2.
誰にとっても知らない番号から掛かってくる電話は決して心地よいものではないはずだ。

失礼ですがあなたの作品はおいくらですか。電話口の男性は言った。

僕が頭の中の整理をしていると、失礼ですが応田さまのお電話で間違いないでしょうか。と続けた。

はぁあ。と僕が言うと、その男性はひとしきり話しはじめた。

名前を聞けばなんとなく分かるくらい有名なカルチャー雑誌で聞いたこともない有名DJが僕のキャンバス作品を紹介したらしく、どうしても欲しくなった男性は出版社から僕の連絡先を聞いて電話してきたというのだ。

なんともな時代なのだ。


3.
腰に付いた鍵を軽トラックに差し込み次の配達先に向かう途中にみかん畑の横を通る。
おだやかな海からたった今生まれたように優しく隆起した丘はまさに僕の生まれた街の一角だ。2つ並んだ大きな山の遠く向こうに夕陽が消えていく頃、僕は満足の1日を終える。

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