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信号待ちのあいだに

夜明け前に雨は上がってしまったようだ。
信号待ちのあいだにルイスレザーのサイクロンのジップを少しだけ下ろす。片道4車線の大きなバイパスを車が群れとなって走る。たぶんほとんどの車が昨日もここを走っていたはずだ。

学生時代から乗っているこのミントグリーンのマウンテンバイクは友人から安く譲ってもらったもので、あの頃随分わがままをきいてもらったことのひとつだ。

その頃僕らは夕陽が街から消える時間になると顔を合わせ学生街の居酒屋か散らかったどちらかの部屋か近所の公園か、シャッフルされ手元に配られたトランプのように何度かチェンジすることはあったもののそれ以上を求めることなくそこで安いビールを飲み続けた。

友人とは大学を卒業前になんとなく疎遠になってしまった。
理由は忘れたしそもそも理由はなかったのかもしれないし、僕のわがままに愛想が尽きたのかもしれない。もう憶えていないのだ。

その後飛行機のタラップを作る会社に就職し何百万個ものタラップを作った。みんなが想像する以上に世界中には小さな空港があり、そこではさまざまなお土産物が並べられていた。そういったある種の人たちからしたら無駄ともいえるこの仕事がなんだか好きで続けていた。

どこかの国の小さな空港では今夜の最終搭乗を促すアナウンスが流れている。なるだけ落ち着いたその女性の声を聞き、疲れた顔をした乗客たちは飛行機に向かう。
タラップの階段を上がり静かな音楽と温かいライトが席を探す乗客たちを優しく包むころ僕の信号は青に変わりペダルを踏み前に進んだ。

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