見出し画像

石器時代のレッド・ホット・チリ・ペッパーズまたは落日のあと

1
週に5日パン屋でパンを焼いた後に1時間ほど走る。
そのパン屋は控えめに言ってどこにでもあるようなパン屋だったけれど、夕方にはほとんどのパンが売り切れていたのでたぶん人気の店だったんだろう。
店のBGMでは結構なボリュームでレッド・ホット・チリ・ペッパーズが流れていたが、店に訪れる客たちはそんなことお構いなしに黙々とトレイにパンを乗せ貴重な説法を聞けた村人や小鳥のようにレジで小さなお辞儀をしたらそっと扉のすきまから出て行った。

2
なるべく速く走ることが走ることだとしたら、僕は走っているわけではなかった。
パン屋で働いたあとに走ることは一種の社会勉強であり、失恋だったからだ。走っている間は僕はいろんなランナーとすれ違いランナーたちの人生を生きた。時には歯医者になり近隣の歯医者と顧客の奪い合いをしたり、リサイクルショップの店員となり最適な値付けを考えたりした。
またすれ違うランナーの恋人になったり、別れたりしていた。

3
今度の土曜日はどう。

悪くないですね。

じゃあ15時くらいに迎えにいくから。

なにか持っていくものあるかな。

何時代だと思っているのよ。
あなたに必要なものなんてすべて目の前に揃っているわ。

森田さんは相変わらずファッションというものには興味がないらしく以前付き合っていた年上の彼氏が働いていたというBMWのロゴが20個くらい付いたTシャツを着ていた。もちろん彼女はBMWなんて乗ったこともないし、BMWにしても彼女を乗せるつもりもなかったはずだ。


4
ねえサトルくん。石器時代の人たちって朝から集落全員で獲物を狩りに出て、うさぎやらイノシシのご先祖さまみたいなのを捕まえてはそれを平等に分けて暮らしていたんだって。

もちろんマンモスとかもいたんでしょうね。

もちろんよ。でもマンモスは大きいし危険な生き物だったから優秀な集落じゃないと捕まえることはできなかったらしいの。

優秀な集落ってほかの集落とどこが違ったんでしょうね。

それはチームプレイよ。
男女問わず協力し仲良く暮らしていたのよ。朝日とともに目覚め落日に沿って眠るまでね。

森田さんは今チームプレイがしたいんですね。


5
午後の早い時間にぽつぽつと降った雨のせいで黒く濡れた石が敷き詰められた川沿いの道を抜けると街の端に着いた。
道の反対側にはいつからあるのか分からないくらい不思議な建築方法で建てられたであろうラブホテルが数棟建っていた。きっとその中は迷路のようになっており部屋を目指す2人の熱を冷ます高尚な作りになっているはずだ。
雨曇は遠くの山の下まで動き、次の街に向かっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?