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高校生から始める「アート思考」|末永幸歩×品川学藝高等学校

正解のない問いに向き合う

2023年度、学園創立120周年を機にコース再編と校名を変更した品川学藝高等学校。新設した普通科リベラルアーツ(進学)コースのカリキュラムには、正解のない問いに向き合う「未来デザイン講座」が設けられた。

リベラルアーツコースでは、大きく2つの軸で3年間の学びが構築されている。1つ目は、大学進学に向けたプログラム「スタディメソッド講座(一般選抜対策)」と「セルフアナリシス講座(総合型選抜対策)」。2つ目は、将来の不確実性に対処し、正解のない問題に向き合う力を養う「未来デザイン講座」が用意されている。大学進学を含めたキャリアと人生に備えるための手助けとなるものだ。

今回、「未来デザイン講座」内で全5回の「アート思考」の授業を担当した末永幸歩先生にインタビューを行った。
「美術の授業の枠内に留まらず、あらゆる分野の学びの基盤に、さらにはその先の豊かな人生の基盤になれば」と話す、末永先生の熱い想いをお伝えする。(取材・文 荒川ゆうこ

アート思考とは

-アート思考とはそもそもどのようなものでしょうか。

アート思考とは、端的に言うと、自分なりのものの見方・感じ方・考え方をすることです。

20世紀を境に、アートの位置付けは大きく変わりました。きっかけはカメラの出現です。かつては現実世界を再現することを一義に目指してきたアートが、写真で代替可能になってしまいました。それを機に「アートとは一体何なのか」、「アートにしか出来ないことは何なのか」という、答えが1つではない問いがアーティスト達の中に芽生え、自分なりの感性に立ち返り、独創的なアート作品を生み出すようになっていったという歴史があります。

自分なりのものの見方で世界を見つめ、自分なりの答えをつくり、そこから新たな問いを生み出す過程(アート思考)は、今を生きる私達にも必要な思考法だと考えています。

著書・13歳からのアート思考

授業のねらい

-「アート思考」全5回の授業では、どんな内容に取り組んだのでしょうか。

第1回 五感で捉える
第2回 ありのままに捉える
第3回 心の目で捉える
第4回 想像しながら捉える
第5回 発表

と、1〜4回目までの授業では普段の生活では私達が意識しないであろう様々な角度から絵画や身の回りの対象物を捉えてきました。5回目は、これまでの授業を振り返り、自分なりに考えたことを新聞形式のレポートにまとめ、生徒全員で発表、共有しました。

例えば、第1回の授業「五感で捉える」では、「生卵」を題材に、匂いや手触りなど目以外の感覚器官を使って捉えてみました。普段、入ってくる情報の8割、9割は視覚に頼っている状態です。目を閉じて、視覚以外の感覚器官を強く意識してみるのも、ものの受け取り方を増やす方法の一つだと考えています。

生徒のスケッチブック。卵を五感で観察し、気がついたことを書き出す

「身の回りの疑問について考えよう」と投げかけた授業もありました。スマホ検索で、理由はすぐに分かるのですが、あえて「異なる物事の捉え方、答えはないか」と考えてもらいました。

私達は大抵の場合、科学的な見方が正解と捉えていて、答えはどこかに1つあるはずだと、それを探し出そうとします。しかし、科学の見方で導き出される答えは1つの答えでしかありません。そこで、授業では科学の答えからあえて離れて、非現実的な想像の答えを考えてみる活動を取り入れたのです。絵や作文、詩、物語形式など、自由な形で表現してもらいました。

「月が一緒に走っているように見える」という身の回りの事象から、想像を働かせています

授業を重ねるごとに「こんな見方もできるかも」と、生徒さんたちの感性の扉が少しずつ開かれていく印象がありました。

-「感性」について、末永先生がどう捉えていらっしゃるのか教えていただけますか。

私は感性を「受け取る力」だと捉えています。心の扉を開いておけば自然と入ってくるような、受動的なものだと思っていますね。扉が開いてさえいれば目の前のあらゆるものから多くを受け取ることができるはずですが、現代を生きる私達は、感性の扉を無意識に閉じていることが多いように感じます。

感性の扉が閉じ、身の回りのものから受け取る力が弱くなっている理由の1つは、デジタルツールであるスマホがすぐ身近にあることも影響しています。分からないこともすぐに調べられるので、自分自身で感じ取るよりも先に、まずたくさんの情報を集めることから始めてしまいがちです。また、答えがすぐに手に入るので、頭の中で想像を膨らませることが難しくなっています。

最終回の授業で、新聞形式のレポートに書いた「自分なりの答え」を発表しました

そういう現代だからこそ、私のアート思考の授業では、自分の中で思考をめぐらせて自分の答えを創っていく過程を学んでほしいと願っています。まずは様々な感性の扉の存在を知り、ものごとをいろいろな角度から感じ取るきっかけをつくっていきたいのです。

-一般的にイメージする美術の授業とは目指しているものが違うように感じます。この全5回の授業で成績の評価はどのように行うのですか。

完成した作品よりも、授業を通してどれだけのことを考えたのかを重視して評価します。完成した作品が花だとしたら、私は花の出来不出来は参考程度にしか見ません。それよりも、種と根がどうだったのかを大切にしています。「種」とは、ものごとに疑問や興味を抱く心です。興味はそのときどきで移り変わっていくものなので、私の図では7色で表現しています。興味の種から巡らせた思考や、探究してきた過程が「根」。

今回の授業では、授業中に様々なことを書き記したスケッチブックと、最後の新聞形式のレポートを中心に種と根を評価します。

興味の種と探究の根について話をする末永先生

特に気をつけているのは、生徒の考え方について、私が「優れた発想かどうか」を決めないということです。それでは、授業者である私が発想できる範囲を超えた考え方を評価することができないからです。それよりも考えた分量や、考えの変遷に注目します。

表現である花の部分はAIでもつくれるようになっている時代だからこそ、花がすべてではないということは授業でも書籍でも伝えてきました。だから私達は、AIが得意とする早く答えを導き出すようなことに注力するのではく、自分の感覚に従って生き、それをもとに自分の答えを創り出すことが求められていると考えます。

今、「アート思考」が必要な理由

-アート思考を通して描く未来やゴールはどんな状態でしょうか?

最終的には、一人ひとりが感性の扉を開き、自分の興味関心を引き起こせる状態を理想としています。そのためには、常識にとらわれず、様々な見方・考え方でものごとを捉えることが欠かせません。

授業内では、私が狙った反応と違う捉え方をした生徒もいましたが、それもいいと思いますし、むしろ私が意図しなかったところに興味をもってくれる生徒がいると、私自身のものの見方が広がる感じがあります。予定調和ではない面白さです。

本校のリベラルアーツコースの皆さんは真面目に授業を受けてくれたので、「授業中に立ち歩く」なんて生徒はいませんでしたが、もしそのような生徒がいたとしても「授業だから座りなさい」ではなくて、「なんで立ち歩きたくなったのかな」と行為に至った過程について考えてみたり、「そもそも授業は座って受けるというのは絶対なの?」と常識を疑って考えてみたりするのも面白かっただろうなと思いますね。

新聞形式のレポート
授業を踏まえて考えたことや、自分の思考の変化に ついて振り返りました

いろいろな見方を横断して、それを他の人と持ち寄ってさらに広げるような学び合いの場作りを目指しています。アート思考をきっかけに感性の扉を開くことは、豊かな人生を生きることに繋がると思います。



末永幸歩(アート教育者、東京学芸大学個人研究員)
武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科修了。
「絵を上手に描く」「美術史を丸暗記する」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、自分なりのものの見方で「自分だけの答え」をつくることに力点を置いた独自のアートの授業を展開。
公立中学校の教諭としての経験を持ち、現在は、アートや教育に関する様々な事業に携わるほか、全国の教育機関や企業などでの講演、執筆など多方面の活動を通してアートと社会をつなぐ活動を行っている。

品川学藝高等学校
学園創立120周年を迎える2023年を機に、日本最古の私立音楽学校をルーツとする日本音楽高等学校が生まれ変わりました。校名は品川学藝高等学校、男女共学校として新たに出発します。
建学の精神に「愛と和と誠実」を掲げ、知性と感性の融合を通した「人間力」向上を重要目標とする教育を実践。設置コースは普通科(リベラルアーツコース、eスポーツエデュケーションコース)と、音楽科(ミュージックコース、パフォーミングアーツコース:バレエ専攻、ミュージカル専攻)の2科4コース。大学受験対策を校内で完結できるよう、外部教育機関の校内予備校を設置するほか、学費無料制度など支援体制が充実しています。
またリニューアルした新制服はファッション誌「FUDGE(ファッジ)」とのコラボレーションです。