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校長の頭の中【前編】 | 校則は生徒のためになっているか? - 生徒指導の本質と正しい叱り方

創立120周年を迎える学園の歴史を重んじつつ、世の中に合わせた変化を遂げている品川学藝高等学校。

特に校長・若林彰先生が着任してからの2年間は変化が加速している。「教員は生徒一人ひとりに合わせた教育を提示できるデザイナーとなるべき」という若林校長は校則の見直しにも着手した。

今回、どのような想いで日々生徒や教職員に関わり、学校経営にあたっているのかを知るべく、若林校長にインタビューした。その様子を「校長の頭の中」と題し、2回に分けてお伝えする。インタビュー前編では「生徒指導の本質と正しい叱り方」について迫る。(取材・文 荒川ゆうこ)

“いい子”ではなかったからこそ、生徒の気持ちがよく分かる

- 始めに、校長先生の経歴をご紹介いただけますか。

私は「先生」というお仕事に惹かれ、小学校3、4年生の頃には学校の先生になろうと決めていました。その夢を叶え、ずっと教育の仕事をしてきました。小学校の教員を17年したのち、教育委員会で教育行政に関わりました。担当は生徒指導で、16年間にわたり東京都の子どもたちに広く関わりました。その後は小学校校長、帝京大学教授を務め、2019年に有明教育芸術短期大学の学長として学校法人三浦学園に赴任しました。2年前から品川学藝高等学校(現・日本音楽高等学校)の校長も兼任しています。

私自身、小学生の頃は優等生とは言えませんでした。成績は悪くないのですが、先生方の話もろくに聞かずによそ見をし、いたずらがとにかく大好き。先生方にとっては扱いに困った子だったと思います。中学生になってから改心していくのですが、当時の友達には「お前が教員になって子どもを教育するのか!」とだいぶ驚かれました。

自分自身がそんな学生生活ってきたからか、いわゆる“いい子”ではない子たちの気持ちがよく分かるのです。私はそういう子たちも可愛らしいと思うし、頼られる機会も多くありました。

学園ドラマは、生徒指導の3本柱で構成されている

- いわゆる優等生タイプではない生徒さんたちの心を掴むのは、なかなかできることではないと思います。どのような関わりを心がけてきたのですか。

私自身が特別な方法を使っているわけではありません。
心がけているのは、生徒指導の3本柱に則って関わることです。

【生徒指導の3本柱】
1) 自己存在感を与えること
2) 自己決定の場を与えること
3) 共感的人間関係を育成すること

1つ目は、存在を認めることです。「俺たちって悪もんだから」という風に、自分自信を否定的に見てしまっている生徒に対しては、教員が認めてあげなければならないです。

少し極端ですが、遅刻して午後になってから登校してくるような子も「よく来たなぁ!」と迎えていました。1対1で授業をしたこともありましたし、できる限り可愛がり受け止めました。

叱れるようになれば教育者として一流という言葉もあるように、叱ることは容易ではないですが、褒めることは比較的簡単です。とにかく生徒を認め、褒め、自己存在感を与えることが大切です。

2つ目は、自分で選択する場面をつくること。選択する力を育てて、何がよくて何が悪いかは自分で選ばせることが必要です。

校則はどうあるべきかという話題が、度々取り上げられていますが、本校でも教職員全体で校則の見直しを行っています。以前までスカートの長さはひざ丈と決まっていたのですが、「そういう校則なので」という理由だけで、若干形骸化していました。

教育は生徒たちが良い人生を送るためのものであるべきで、校則も同様です。この点がぶれないように教職員全体と共有し、校則の見直しを進めてもらっています。

例えば「歩いているときや階段を上るときにスカートの丈を気にするのは、エレガントではないと思う。本校の生徒にはエレガントでいてほしいから、そういう振る舞いができる丈を自分たちで決めてほしい」と生徒たちに伝えています。彼女たちは本校の想いを汲んで制服を着用してくれていますし、今では目標に「エレガント」という言葉を入れている学級も多いです。スカートの長さ自体は、校則の本質ではありません。

3つ目は、共感的に関わること。教員が「こうしなさい」と、生徒に押し付けているうちは生徒指導は成り立ちません。生徒たちと同じ立場、同じ目線になることが大切です。

大人でも嫌いな人から言われたら「はい」とは言いにくいものですし、生徒たちなら尚更です。先生が弱みや失敗を見せることは大切です。生徒たちは「先生悪いやつだったから」という話が好きで、親近感をもちます。「教員は立派であるべき」と弱みを見せない先生もいますが、逆で、どんどん弱みを見せた方がいいです。「昔は悪かった僕でも、頑張ったらここまで来られたんだよ」という話を伝える方が、生徒たちには響きます。

- 確かに、そういう関わりをしてくださる先生が自分の担当だったらと感じます。

これは私が特別に素晴らしい教員なのではなく、生徒指導の理論に基づけば、どの先生にもできる関わり方です。

TVドラマで、荒れてどうしようもない学校に素敵な先生がやってきて、立て直していくストーリーがありますね。事実は小説より奇なりで、実際の学校現場にかなり近いと感じます。主人公の先生たちは生徒指導の3本柱を守って生徒たちに関わっているんですね。

『ROOKIES』だって『ごくせん』だって、先生はたくさん失敗するけれど、生徒たちを認めて、最後は自分たちで決めさせます。多くの視聴者の胸を打つということは、生徒指導の原則に則った関わりが教員に求められているということです。


生徒指導は、よりよい生活・よりよい人生のための「予防」であるべき

- 教育委員会で生徒指導に長く携わってきたからこそのお話ですね。

生徒指導というと、生徒たちが好ましくない行いをしたときに「そんなことをしてはならない」と消極的な対応をしているケースが多いです。実際あるべきは「予防」であり、積極的な対応が生徒指導の本質です。

「生徒指導」ではなく「生徒管理」になってしまうことが、学校では見受けられます。校内でスマホの使用を単純に禁止してしまうのは、生徒管理にあたると言えます。何かトラブルがあっては困るというのが理由でしょうが、この先の人生でもスマホ欠かせないものになるでしょうから、使わせないのではなく、安全に使う方法を教えるべきです。禁止して終わりというのは教育とは言えません。

また、防犯のための標語「いかのおすし」を聞いたことはあるでしょうか。実はこれは、教育委員会に在籍していた頃に私が考案したものです。子どもたちが誘拐から身を守れるよう危機管理能力を高めるには何ができるだろうと考えて、身を守る行動を標語にまとめました。合わせて、都内の全ての学校で警察の方にセーフティー教室をしてもらえるようお願いしました。子どもたちが良い人生を送るためにできることをするのが積極的な生徒指導です。

- ここまで教育についての考えをたくさん伺ってきましたが、校長先生は教育で一番大切なことは何だと思われますか。

何のための指導なのかを常に考えることです。

先にもお伝えしたように、生徒たちが良い人生を送るためにできることをするのが教育であるべきです。そう考えれば、校則でスカートの丈を守ることを強いる方法だけでは十分ではない。先生が見ている場でだけルールを守るような子になりかねません。またスマホのように、危険が伴うものを遠ざけるのではなく、危険なものほど積極的に指導しなければなりません。

生徒指導の3本柱に沿って、その生徒のためになっているかを考えて関わることを大切にしています。時には叱らなければならない場面もありますが、叱るときにこそ愛をもって本気で向き合わなければなりません。生徒の存在を否定したり排除したりする態度が出れば、その子の気持ちは教員の方に向きません。

未だに反省していることが1つあります。教員として初任のときに担任した4年生の男の子に対して、十分な対応が出来なかったことです。子どもの頃の私みたいな子で、授業は聞かないし、給食にいたずらはするしで、私は彼のことを怒ってばかりいました。学級経営も上手くいかず、「あの子さえちゃんとすれば上手くいくのに」と考えてしまっていました。

そんな中、彼は1学期の終わりに転校していったのです。2学期から学級は落ち着いたし、給食も安心して食べられるようになった。始めはほっとしていたのだけれど、「せっかく教員として出会ったのに、1つも成長させてあげられなかった。怒ってばかりで、彼は僕のことを大嫌いだったろうな。」と反省するようになりました。その後悔は今も引きずっていますし、だからこそ関わるすべての生徒に最高の教育をしてあげたいのです。

よりよい学校生活を送らせてあげることは、絶対に素晴らしい人生につながります。生徒たちそれぞれにとってのよい人生を送ってほしいというのが、私の願いです。そのために、すべての指導が子どもたちのためになっているかを常に考えて関わることが大切ですね。


●品川学藝高等学校について
学園創立120周年を迎える2023年を機に、日本最古の私立音楽学校をルーツとする日本音楽高等学校が生まれ変わります。校名は品川学藝高等学校、男女共学校として新たに出発します。建学の精神に「愛と和と誠実」を掲げ、知性と感性の融合を通した「人間力」向上を最重要目標とする教育を実践。設置コースは普通科(リベラルアーツコース、eスポーツエデュケーションコース)と、音楽科(ミュージックコース、パフォーミングアーツコース:バレエ専攻、ミュージカル専攻)の2科4コース。大学受験対策を校内で完結できるよう、外部教育機関の校内予備校を設置するほか、学費無料制度など支援体制を充実します。またリニューアルする新制服はファッション誌「FUDGE(ファッジ)」とのコラボレーションです。

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