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自作品

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自作品を入れてあります。種類は様々。
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記事一覧

夢一夜

 こんな、夢を見た。
 夏目漱石のパクりとか言って怒らないで下さい。
 見たんだからしょうがないんだもん。でもごめんなさい。

 長い間つきあっていた恋人との結婚がようやく実現に至った。
 つきあい初めの頃の情熱は少しずつ薄れていき、何度も起こった諍いにも疲れ始めていた、そんな頃だったけれど、それでもプロポーズは、それまでの辛さがすべて消えてしまうほど嬉しかった。

 父に報告をした。
 低く唸っ

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通夜の弔問客

 数年前、義理の叔父が亡くなった。
 まだ60代だった。
 職場を定年退職し、これから老後を楽しもうという矢先に罹った血液の病気が、驚くようなスピードで悪化し、叔父の命を奪った。
 喪主を務めた叔母は、悲しみに打ちひしがれながらも、気丈に弔問客の対応をしていた。

 葬儀会場で、私は従妹と二人、通夜の受付を任されていた。
 私の地元では、通夜は、最近こそ、葬式当日に仕事を休めない人が出席する、とい

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泉鏡花「外科室」私的現代語訳

   上

 本音は好奇心だったが、しかし私は自分が画家であることを名目に、ともかくも口実を設けて、私と兄弟も同然である医師の高峰に無理をいい、その日東京府のとある病院で彼が執刀をする予定である貴船伯爵夫人の手術を見せてもらう約束を、半ば強引にとりつけた。
 その日、午前九時を過ぎる頃家を出て、病院に人力車を飛ばした。すぐに外科室の方に赴くと、向こうから戸を開けてすらすらと出てきた華族の小間使いと

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逢魔が辻・裏話

逢魔が辻・裏話

 先日、「逢魔が辻」という題の自作品を載せました。
 載せた後何度か微調整はしましたが、ほぼ書き下ろしに近い、中編程度の作品です。会話文が多くて少し読みづらいですが、よろしければどうぞ。

 今回はこれについて少し、つらつらと。
 私に腕があれば、こんな余計なことは書かずに済むのですが、とりあえず後書きのようなものです。

 大まかな筋を、まず最初に決めました。笑える落語の形にするつもりは最初から

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【訳詞】Yesterday Once More

 私は、好きな洋楽の歌詞を和訳して遊ぶことがあります。
 今回は、カーペンターズの「Yesterday Once More」。
 言わずと知れた名曲です。

 歌うカレンの発音が非常に美しいので、英語の歌詞のまま覚えて歌うのもそう難しくはないと思いますが、まあちょっとやってみました。
 怒られたら削除します。

■【訳詞】Yesterday Once More

幼い頃にラジオから流れる歌を
一緒

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【落語・講談台本】逢魔が辻⑦

【落語・講談台本】逢魔が辻⑦

 ある、晴れた日のことで、ございました。
 芦ノ湖のほとりのとある茶屋の縁台で、二人の男が、座っておりました。
 二人は斜向いに背を向けたまま座っておりまして、一人は富士を遠くに見やりながら、煙管をぷかーっと、ふかしております。

「万事、済みましたね」
「ああ」

 煙管から煙が白くたなびいては、消えてゆきます。

「小頭が、金とらずに仕掛なさると聞いたときには、どうなることかと気をもみましたが

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【落語・講談台本】逢魔が辻⑥

【落語・講談台本】逢魔が辻⑥

 その夜、傷の男とご新造は、屋根船にのり、芦ノ湖の上におりました。 
 二人は言葉を交わすこともなく、船頭と思しき男が静かに櫓をこぎ、船が音もなく岸から離れていく。街の灯も喧騒も遠くなり始めた頃、外を眺めているご新造に、男が口を開きました。

「さて。これはね、ご新造様の口には合わねえかも知れねぇが、宿の板場に頼んで急ぎ拵えさせた膳だ。こいつでまずは一献、と言いたいところですがね。その前に、やって

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【落語・講談台本】逢魔が辻⑤

【落語・講談台本】逢魔が辻⑤

 どれほど眠り続けていたでしょうか。
 傷の男はようよう目を覚まします。
 さほど重くは思ったことのなかった綿の布団が男の背中を痛めつけ、男は歯を食いしばりながら身を起こします。

「ああ、与吉さん。与吉さん。いねえのか。どこ行ったんだ。おい。誰か。誰かいねぇか」
「はい。ああ。お目覚めになりましたか。ご気分はいかがですか」
「ああ女中か。おい。与吉さん、どっか行ってんのか。部屋にいねぇみてぇなん

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【落語・講談台本】逢魔が辻④

【落語・講談台本】逢魔が辻④

 翌朝。
 普段は滅法酒には強いはずの傷の男、昨夜はどうしたわけかしたたかに酔いまして、気を失うような倒れ方、かろうじて目を覚ませばげえげえ布団に吐き戻すといった具合で、責め苦のような一夜を過ごしました。
 しかし、あらかた吐き戻したのが功を奏したのかどうなのか、日が上がった頃には、話くらいは出来るようになっておりました。
 しかし、頭はいまだ割れるような痛さ、それ以上に背中の痛みがどうにもやまな

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【落語・講談台本】逢魔が辻③

【落語・講談台本】逢魔が辻③

 箱根湯本の旅籠に、一人の男が泊っておりました。
 歳はまだ若い。侍でもなければ商人でもない。湯治の客とは見えぬ丈夫な身体に、さほど上質な生地とも思えぬ着流しをぞろりと引っかけている。しかしどういうわけか金だけはそれなりにあったと見え、もう結構な長逗留となっておりました。

 男の左の頬には、刀傷がありました。しかし、堅気には見えぬけれども、金払いがよく、遊び方も綺麗なこの男を、旅籠の主人夫婦や女

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【落語・講談台本】逢魔が辻②

【落語・講談台本】逢魔が辻②

 女房を亡くし、打ちひしがれている亭主の元に、一人の男が訪ねて参ります。
「ごめんください」
「…どちらさまで」
「そちらさまにはお初にお目にかかります。手前は、与吉といいます。江戸市中、方々歩きまわっちゃぁ、他人(ひと)様の要らねぇものを買い、それをまた、誰か、要るってぇ人に売る。そうしてお足をいただいております。こちらのような立派な店こそありませんが、これでもまぁ、商人(あきんど)の端くれです

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【落語・講談台本】逢魔が辻①

【落語・講談台本】逢魔が辻①

 時は元禄。
 江戸は神田のとある通りに、ちいさな店を営む夫婦がおりました。
 職人堅気の亭主と、愛嬌のある女房が構えたこの店は、その人柄通りの手堅い商いで贔屓も増え、しっかりと通りに根付きまして、子はまだ居ないながらも、二人、幸せに暮らしておりました。

 ところが、この亭主。店じまいの後、いつものように帳簿をつけながら、おかしなことに気づきます。
 残高が、合わない。
 おかしい。実際の残高が

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トキソプラズマ

トキソプラズマ

【※長文です】

「悪いね。たいしたもの置いてなくて。ビールでいいか? 簡単に食えるもん作るから、その辺座って先に呑んでてくれ」
「ああそんな、気ィ使わないでくれ。お前も一緒に呑もう」
「じゃあ、これだけ作ったら、そっちに行くよ」

「しかし、いいのかぁ? こんな高そうなソファに、俺の尻なんか乗せて」
「なぁにバカ言ってんだよ。椅子は座るためにあるんだろ」
「うちは猫飼ってからソファは捨てたなぁ。

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上弦の月

上弦の月

 受け月に願いをかけると叶うと聞いたのはどこで誰からだったか。
 誰にも言えない願いを、掬い零さず受け止めてくれる月だという。

 上弦の月の中でも、皿のように薄く真っ直ぐに冴えた月が、受け月と呼ばれるのだという。しかしこの月が、夜空に姿を見せるのは、一年の中でも実はそれほど多くはないらしい。
 偶々夜空に浮かぶ日に、雨も降らず雲もかからなければ見えるその月に、願いをかける。
 そのとき誰かに見ら

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