早春の下町のささやかな交流にて。
3月半ば、都内の下町で通りかかった小路。
そこを彩る桜並木があまりに綺麗だった。
下町といえば、どの辺りだと思われるだろう?
上野か、江戸川区の辺りか、はたまた寅さんで有名な葛飾・柴又か。
具体的な場所はご想像におまかせするとして、偶然にもこんな所で満開の桜並木が見られるなんて、と思いっきり浮かれてしまった。
桜には、色々な種類がある。
ニュースで流れる開花予想につい注目してしまうものの、卒業入学シーズンよりもずっと長い期間楽しめる。
例えば、一足早く咲く『 河津桜 』は皆様ご存知のことでしょう。
場所によっては河津桜より早く咲く『 寒緋桜 』。
静岡県熱海市で栽培されている『 あたみ桜 』は1月から3月にかけて見頃を迎える。
わたしが下町で見つけたこの桜は、ソメイヨシノに似ている形をしながら、もっと色濃く、よく目立つ。
2月下旬にも、まったく別の地域の神社でこの桜を目にした。
シーズンの到来を通りゆく人達にはっきり気づいてもらうべく、鮮やかな色を纏っているのかもしれない。
3月下旬頃から大本命のソメイヨシノが咲き誇る。
その後には、彼らが散ってしまった淋しさを補うように、八重桜が華々しく開いてくれる。
*
こういう時に限って、カメラを持っていない。
これはわたしだけじゃなく、カメラやってる人のあるあるだと信じたい。
心の中で激しく後悔しながら、桜の木にスマホを向ける。
せっかく多少のカメラ操作を覚えたのだから、とスマホのカメラもマニュアルモードに。
艶やかなピンクでスマホの画面を埋め尽くしつつ色々と設定をいじっていた、その時。
「 あの、すみません。
この桜の名前はなんでしょう? 」
スマホを下ろして声の主を見ると、エンジ色のニット帽が可愛らしい、上品なおばあちゃまだった。
名前までは、知らない。
「 ごめんなさい、
わたしもわからなくて…… 」
「 あら、そうなのね。
こちらこそ、ごめんなさいね 」
おばあちゃまは穏やかに微笑むと、わたしと同じようにご自分のスマホを桜に向けてシャッターボタンを押した。
そして、
「 お友達がね、
ここの桜が今とっても綺麗よって
教えてくれたのよ。
だから今日、見に来たの。
昨日まで雨だったでしょう?
雨で散ったらどうしようかって心配だったけど、みごとな桜ね 」
そんなことをゆったりとお話してくださった。
この日は、前日までの雨空とうってかわって、気持ちのよい晴天。
──── ああ、なんだかいいな、と思った。
そんなことを教えてくれるお友達がいて。
晴れた日を選んで、春を見つけに足を運んで。
わからないことをわからないままにせず、愛想よく、気持ちよく素直に質問して。
なんとか桜の名前を教えてあげられないものかしら。
……… 撮った写真でグーグル先生に頼んで検索してもらえば、花の名前くらいわかるじゃないか、と思いついた直後。
ふと、2,3本向こうにある木にネームプレートがくくりつけられているのを発見した。
ん?なんか書いてあるぞ?と思いながら近寄ってみると、『 オカメザクラ 』としっかり名前が明記されている。
わたしはとっても嬉しくなって、おばあちゃまにすぐに声をかけた。
「 名前、わかりましたよ!
ここに名札があります。
『 オカメザクラ 』だそうですよ 」
おばあちゃまも、この木の前にやってきた。
「 あらぁ!よかったわ!
お友達に教えてあげなくちゃ 」
と、嬉しそうにネームプレートを写真に納めた。
ああ、よかった、と心からほっとした。
どうもありがとう、と深々と頭をさげてお礼を仰るおばあちゃまに、いえいえ、わたしの方こそ勉強になりました、ありがとうございます、とものすごく上出来な言葉を返した。
そんな気の利いたことがさらっと言えた自分にもちょっと満足だった。
*
特別な面白味も、事件性もまったくない。
絵に書いたような平凡で和やかな会話。
それを見知らぬ者同士でさりげなく交わしたことで、明らかに感じ取ったものがある。
それは、こんなにも何気ない交流で生まれる、人と人とが直接交わす触れ合いの優しさ、温かさ。
ささやかな時間を安心して過ごせることの有り難み。
そんなふうに感じたものが心にじんわり染みわたって、ああ、なんだか今日はいい日だな、とゆったり思えるのもまた幸せで。
そんな幸せを素直に感じる心が持てることもまた、とても素敵なことだと思えて。
わたしが桜の名前を教えてあげたことで、おばあちゃまはきっとお友達に楽しい報告ができるだろう。
恩を売りたかったのではなく、もとからある交流に花を添えることができた気がして、それもまた嬉しかった。
人付き合いは、このうえなく面倒なこともある。それは、知り合いとの文字だけの交流の時ですら。
逆に、通りすがりの見知らぬ人とでもちゃんと心を通わせて、こんなふうに満たされることもある。
人との関わりは難しく、でも人として不可欠なもの。
だからこそ、少しでも自分に優しいものだけで埋めるべき。
ちなみに。
家路に向かう電車の中で、撮影した写真の桜の名前をグーグル先生に質問してみた。
すると、『 河津桜 』がヒットしてしまった。
あのネームプレートがなかったら、おばあちゃまに嘘を教えてしまったかもしれない。あらためて、プレートを見つけられて本当に良かったと胸を撫でおろした。
本格的な春がやってきたら、日常散歩の範囲でもいいから写真を撮る旅に出たい。
その時にまた、優しい一期一会があるといいな。
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