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アート思考。たぶん越境ではなく、回帰。

最近、ビジネスシーンで使われる「アート思考」という言葉。

従来の課題解決型ではなく、自己探究からの自分軸の明確化による行動や、課題・目的の自己設定など…いろいろな言葉で表現するかたがいるので、明確な定義はないようです。

そもそもはアーティストが作品を作るときの発想の仕方とのことですが、それもアーティストによって違うはずなので、やっぱりよく分かりませんね。

ただ、それまで別々なものとされていたアートとビジネスが結びつけられるって面白いなと思います。
ソクラテスが使っていた「哲学」が、思想であり、神話であり、数学や社会学など、おそらく全ての学問を内包していたのだから、私たちが現代社会で分離して理解している多くの物事も結局は繋げられる…というよりも、もともとひとつだったものに戻っていくのかもしれません。


アートとビジネスの結びつきは、思想的な面だけではなく、CSR(企業が担う社会的責任。社会貢献など)の分野にも広まりつつあります。
前から知っていた現代アートのアーティストさんが、ある企業のCSR部門でお仕事をされているとのお話しを聞いて驚きました。企業主催で子供たちにアートを教える仕事をしたり、国内外でいろいろなプロジェクトをしたりとのことです。

「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」などの著者として知られる山口周さんは、著作のなかでビジネスマンへ美術館に行くことを勧めていますが、さらに、「応援経済(アーティストを応援するパトロンになったような気持ちで消費行動をする)」ということまで仰っています。

私はこういう伝統工芸の仕事をしていて、例えば、朝廷が職人集団を囲っていた時代なら良かったのにな…と思うこともありますが、もしかすると「今」そして「これから」が職人にとって一番おもしろい時代になるのかもしれません。たまには明るい夢を見ても良いですよね。


これまで、私たちは単線的モノサシで世界を明確に測ることで安心してきたのだと思います。学生は偏差値で、社会人は労働時間や成果で、そして社会はGDPで…などなど。

しかし、それだけでは上手く行かなくなった…というより、先進諸国がこれまで目標にしていた経済成長が頭打ちになった。(大々的にSDGs云々が言われるようになったのは、このまま放っておくと「発展途上国」にGDPを上回られて、「先進国」の立場が無くなる可能性が出てきたということかもしれませんね)

そこで打ち出されたのがアート思考という、それ自体が単線的モノサシで測ることができない言葉。
単線的モノサシ教育を受けてきた身としては、もやもやしていて気持ちが悪いのだけれど、「たぶん、なんとなく、こんな感じ」で受け取っておこうと思います。


アートとビジネスを分けたからこそ、分かったことがあり、それらが再び統合していく。
有名無名の先人たちの無限に近い積み重ねを考えたとき、「哲学」というひとつの生命が自分を理解するために、人間という細胞を働かせたかのような…という変な妄想をするのは私の癖です。笑
これからアートとビジネスだけでなく、さらに多分野の統合が進み(もう進んでますが)、ソクラテスの使っていたところの「哲学」が完成するのかもしれません。

デジタルネイティブのZ世代α世代が何かと注目される昨今ですが、今の時代、そしてこれからの時代に学校教育を受ける世代は、もう私たちから見ると宇宙人のような感覚の持ち主になるかもしれませんね。個人的には楽しみです。


先日、地域の中学生さんが、総合学習の授業で工房に来てくれました。和紙から布が出来ることに驚いたり、機織り機で布を織るまでの糸の準備が大変なんだと驚いたり、興味を持ってくれたようで嬉しかったです。

それまでは使い捨てのように見ていた布がちょっと違って見えるようになるかもしれない。さらに、布だけではなく、身の回りになにげなく置かれているものの裏には人の手があること。そういうことに、想像力が働くきっかけになったら良いなと思います。

今は自分の制作で忙しいですが、いずれ個人的CSR(?)として子供だけでなく、大人のかたにも、手仕事という体験を提供できたら素敵ですね。
アート思考は社会の成熟過程における通過点のひとつに過ぎないかもしれませんが、そういう社会的な流行に関わらず、私なりにこの仕事を通して善いと思うことを続けていく所存です。

物質的豊かさを目指して、それを本当に実現してくれた先人たちと「資本主義」というシステムに感謝をしつつ、最後に申し上げたいこと。
企業様からのCSR案件お待ちしています!手段としてのお金ってやっぱり要るんだもの!笑

◎作業風景instagram https://www.instagram.com/iwami_ori_yuy/

島根県石見地方、川本町という人口3500人の小さな町地域おこし協力隊として、染織をしています。協力隊の任期後に作家として独立し、「石見織」を創立するために、日々全力投球。神奈川県横浜市出身。