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マークの大冒険 百年戦争編 | 本当に大切なもの



晴れた日の土曜日の午後、写真事務所の中でマークはボヤいていた。事務所の窓の外から入る陽光が、部屋の中に微かに舞う埃を浮かび上がらせている。遠くの国道を走る車の走行音が僅かに聞こえてくる。近くの電柱からは鳩の鳴き声が聞こえ、ガレージの車のボンネットの上で猫たちが日向ぼっこしていた。本当に絵に描いたような平和な日で、穏やかでゆったりとした時間が流れていた。


「結局、今回も意味のない冒険だったよなぁ。せっかく稼いだ金は、全部ジャンヌの身代金に使っちまったし。何やってんだろなぁ」

ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルク(ドンレミのジャネット)
フランスの聖女、オルレアンの乙女と渾名される女騎士。フランス東部に位置する片田舎ドンレミ村の農家の娘だったが、ある日を境に神の声を聞くようになり、16歳の時に村を出てフランス軍に入団した。その後、数々の奇跡的な武勲を挙げ、百年戦争の流れを変えていった。そして、シャルル7世をランスで戴冠させることに成功。フランスを窮地から救った英雄とされるが、史実では異端裁判にかけられ、処刑される運命を辿った。

「別に今回に限らず、お前はいつもそうだろう。ローマで手にした聖盾アンキリアもヌマに返しちまうし、ギリシアで手に入れた黄金の果実も結局ウェスタに返還しちまうし。世界をこの手にできたのに、お前は本当に大馬鹿ものだよ。フランスでも、ブルボン家の隠し金庫の鍵をそのまま親族に返しちまったしな」

隣にいたホルスが呆れた口調で言った。

ウェスタ

ウェスタ(ジェシカ)
古書店アレクサンドリアに勤める若き女性書店員。アレクサンドリアは歴史と文学を中心とした古書店で、店名はかつて古代エジプトに存在したアレクサンドリア大図書館に由来する。彼女は英国出身で、ジェシカと名乗っていたが、その正体は古代ローマの女神ウェスタだった。過去を旅する冒険家マークを観察するため、一般人に紛れてマークに近づいた。だが、普通の人間と違って影ができないことから、マークに神と見抜かれた。彼女は青い蝶たちと共にいるが多く、マークには自分の仕業・足跡と気付かせるため、わざと青い蝶をマークが訪れた至るところに飛ばしていた。

「ボクみたいなお人好しな性格ってのは、ホントに損だよな。そういう自分が、我ながら憎いぜ。まあ、でも、どんなことも人の命には変えられない。ジャンヌが大人しく、どこか別の地で、新たな人生を送ってくれていることを願うよ。だけど、やっぱり本当に惜しいことしたな。打ち出したばかりのあのエキュドール金貨は、MS70も夢じゃなかったかもしれない。あんなのこっちの世界じゃ、どんなに金を積んでも一生見られないシロモノだぜ?。コインオークションに掛けたら、どれだけの金になってたか」

エキュドール金貨

MS70(エムエス ナナジュウ)
貨幣業界の専門用語で、コインのグレード示すスケール。70段階の細かな状態評価が定められており、MS70はミントステイト(Mint State)、すなわち未使用状態のことで、さらに70は満点の状態評価を指す。


「俺にはさっぱり良さが分からんけどな。ただの金の塊だろう」

「キミに幾ら語ったところで、理解はし合えなさそうだな。まあ、他人から理解される趣味だとは思わないが。けど、また考えないとだな。億万長者になる方法を。お人好しも相まって、ボクが富豪になる日は、だいぶ遠そうだけど」

「次はどこに行くってんだ。もう十分、いろんなところを旅しただろう」

「いや、ボクの冒険はたとえ東の風が吹こうとも終わらない。まだまだ始まったばかりさ。財宝をこの手にするまではね」

「だが、あのルイお坊っちゃまだけは、お前の旅の収穫かもな」

ルイお坊っちゃま(ルイ=マークジュニア)
ルイ17世。ルイ=シャルルの名でも知られる。ブルボン朝フランス王国の国王ルイ16世と王妃マリー=アントワネットの息子。母親譲りの美しい碧目とブロンドの巻毛を持つ少年だったという。史実では革命政府によって投獄され、ひどい虐待を受けて病死した。僅か10歳だった。ルイ16世が処刑される寸前、マークはブルボン家の印象指輪と引き換えに家族を守って欲しいというルイ16世の願いを聞き入れた。友との約束を果たすため、マークは獄中で瀕死状態のルイ17世の救出に向かう。だが、ルイ17世は瀕死状態にあり、当時のフランスの医療技術で救うことが叶わないことを悟ったマークは、自身の時代まで彼を連れて行き、祖父の病院で治療を行った。奇跡的に一命を取り止めたルイ17世だが、元の世界には戻ることができず、マークは彼を息子として育てることを決心した。


「ああ。あの子のためにも頑張らんとな。真面目に就職でもすっかな。性に合わんが。どっかにコイン屋の求人でもないかな〜。後で就職サイトを見てみるかな」

「父親になるってのは、どういう感覚だ?もうしばらく経っただろう」

「今でも何だか分からない不思議な心地がするよ。まあ、でも悪くはないね。だが、言うことは利かないし、金はめちゃくちゃ掛かるしで、自分の父親の偉大さを知ったよ」

「そうか。なら、後悔してるか?」

「いや、全く。生まれ変わったとしても、躊躇なくまた同じ道を歩むよ」

「だろうな。父親なら誰だっていばらの道と分かっていても、その道を選ぶ」

「意外だな」

「俺にも4人の息子たちがいた。それぐらい分かる」

「なら、ボクらは同志だな。今は彼が将来、どんなふうに育って、どんな大人になっていくかが楽しみで仕方ない。ボクの夢は億万長者になることだが、所詮お金はただの引換券に過ぎない。物的な豊かさでは手に入れられないもの。家族や仲間、今こうして目の前にある時間。お金という引換券で交換できないものにこそ、本当の価値がある」

「今日はやけに語るな」

「ああ、それと忘れてたが、エジプトで出会ったキミも、ボクの旅の大収穫だったな」

「キモいこと言うな」

そう言ってホルスは、マークから顔を逸らした。

「照れるなよ」

瞳(ヒトミ)

瞳(ヒトミ)
大きく綺麗な目から瞳と名付けられた女の子で、マークの写真事務所の近くにある私立女子校に通っている。一枚の古代コインを偶然拾ったことでマークと出会い、交流するようになった。


「父さん!そろそろ遊びに行こうよ。この前の室内アスレチックにまた行きたい!瞳ねえちゃんは?来る?」

部屋の向こう側からルイが勢い良く走って来た。

「ああ、行こうか。瞳もそろそろ来るよ」

マークは微笑を浮かべると、ルイの方に向かった。


End.


冒険家マーク



Shelk 🦋

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