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辞表よりもラブレターを君へ

強めの冷房が、机に差し出した長い封筒をスッと横に流した。
俺は背筋を伸ばして課長の机の前に立つ。
う。胸の鼓動が鳴るのが自分でもわかる。

課長は何もかも分かっていたかのように静かに佇んでいる。
やはり、か。
課長も、課長になって長い。
若手の数か月の挙動や発言を見ただけで、もうすでにすべてを察していたのだろう。
さすが、だ。

「あの……小淵沢君。これ……?」
課長が急に焦った顔に変わる。ようやく事の重大さに気がついたようだ。
俺は本気だ。

ゆりか課長の机に置いてあるのは、ハート型のシールで留められた便せんだった。

俺が課長に渡したのはラブレターだ――。

思えば、ゆりか課長に出会った瞬間から恋に落ちていた。
こんな大人っぽくてしっかりとした女性と出会ったことなんてなかった。
たくさん怒られたり、舌打ちされたり、椅子を蹴られたり、無視もされたけど、ツンデレだなと思ったし、何より表情豊かに俺に接してくれるのがいとおしかった。
もちろんエッチな体つきも。でも、それをを考えるのは早すぎるし、無礼だ。彼女はレディだ。

そのおかげか、OJTやら研修やらをちっとも学べなかった俺は、ゆりか課長と疎遠になっていった。

でも、近くで見るよりちょっと端から見るぐらいがちょうどいいのだ。
それが恋ってやつだ。

同期たちがどんどん辞めていったけど、全然平気だった。
男たちはイケメンも多くて正直ゆりか課長を脅かすライバルだと思っていたし、女子たちはどうもガキくさく思えたからどうでもよかった。

みな、ゆりか課長に辞表を提出しては、泣かされていた。
感情を揺さぶるのが上手な人だ。
いまどき珍しいよ。

ゆりか課長は誕生日も一生懸命働いてむっちゃ残業していた。俺は確信した。絶対彼氏とかいないじゃん。
しかも、帰りに「飲み行く?」と誘ってくれた。立ち飲み屋で30分ほどだったけど、俺はやきとんの味も覚えていないぐらい興奮していた。
ゆりか課長は酔うと顔が真っ赤になる。かわいい。

そして今。
俺はゆりか課長に詰められている。
「バカにしてるワケ?」
「……本気です」
「死ねよ。給料泥棒が――」

泥棒? どうやら盗んでしまったらしい。課長の心を、俺は。
ルパンじゃん。

窓際の机を片付けながら、週末に俺は会社を辞めさせられた。
うちは職場恋愛禁止だからしょうがない、か。

ゆりか課長。
いや、ゆりかさん。

アナタのおかげで仕事っていいなぁって思えるようになりました。
好きです。

セロテープで留め直して修復したラブレターを見ながら、俺は次の仕事を探している。
次もいい会社だったらいいな。




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