11 「あ、洋介。ごめんね、昨日はお誘いをすっぽかしちゃって」 仕事を終え、梢は少し早めに洋介の働く会社のそばの駅にたどり着いていた。日名子の葬儀に参加したときよりも、うんと足取りが軽い。 携帯を耳にあてながら、洋介に話しかける。 『ああ、いいよ。実はあのあと俺も急に忙しくなっちゃって、実は今、徹夜明けなんだ。だから今日は早く帰れる』 「そうなの? 私ももう今日は終わらせたから、よければ一緒にごはんでもと思ったんだけど」 『なら、梢の手作りがいいな。それなら食ったらその
10 ――「遭難オカルト大全」というサイトを見てください。 ――長野県で起きたスキー教室での子どもたちとの雪山の話が、きっとないない様です。 (ないない様は、張間くんの保護者であろうとしている。特にお母さん的な存在を張間くんに与えようとしていて……、ネグレクト気味だった実母を殺した?) 日名子に言われたとおり、遭難オカルト大全なるサイトを閲覧し、長野県での遭難事件を取り上げたページを読み込み、ひとり、自宅の部屋の中で息をついていた。 (こんなネットの噂、信じていいわけ
9 (なんだったのかしら、あれ) あのあと、何度電話をかけなおしても日名子は応じなかった。呼び出し音だけがむなしく鳴り響く中、まさかいたずらの類だったのかも、と自分を納得させようと試みたが、うまくいかない。 堺日名子が亡くなったことを知ったのは、そのおよそ三日後のことだ。 無断欠勤が続く日名子を怪訝に思った派遣会社元が彼女の家をたずねて行ったらしい。そこで派遣元の人間が、黒こげに焼き焦げた日名子を見つけた。死因、焼死。 梢がそのことを知ったのは、日名子の電話が気にな
8 玲の父との電話のあと、ないない様の気配を感じながら布団から出ずに日名子はなんとか眠りに落ちた。 朝は良い。光があるから。光があるとあの不気味な足音におびえることも暗闇におびえることもせずにすむ。光がある時間帯、恐怖は日名子を襲ってはこなかった。 やがて迎えた金曜日。仕事を終えた日名子は、すっかり自宅へ帰ることが恐ろしくなってしまっていた。家に帰ると、電気が消える。真っ暗な部屋の中で、アロマキャンドルの明かりだけを頼りに、あの足音におびえるだなんてたくさんだ。そのた
7 このところ、暗い。 日名子は電気の消えた暗い室内で、毛布をかぶりながら寒さに震えていた。目の前にはアロマキャンドルにともされた火がゆらゆらと揺れている。 ここ数日、日名子は原因不明の停電に悩まされていた。いくらブレーカーをあげてもすぐに落ちてしまい、ちっとも電気が使えないのだ。そもそもブレーカーが落ちるほど電気を使っていなかった日名子は、エアコンさえ使えない寒さの中で、ただただ身震いすることしかできない。 玲とは、三者面談の帰りに喧嘩して依頼、顔を合わせていなか
6 帰宅途中もずっと無言だった。それでも自分の部屋に玲を招いたのは、日名子にとって最後の良心のようなものだ。途中で面倒になったからと言って、小学生を「立ち入り禁止」の規制線だらけの家には帰せない。 とはいえ帰途の間も日名子はふてくされていた。部屋に入るなり、 「役不足で悪かったね」 と、言った。 玲は若干うんざりとした様子で、日名子の顔を仰ぎ見る。 「だから、そういうわけじゃないんですけど」 「じゃあ、どういう意味で言ったの?」 まただ、と思った。前の恋人にもこう
5 「ただいま、玲くん」 「お帰りなさい、日名子さん」 日名子の狭い部屋に、玲がいる。それだけで帰宅するときのテンションがこんなに変わるだなんて。 これまで玲が日名子の部屋に遊びにくるときは、日名子の帰宅を玲がエレベーターホール前で待っているといったのだったが、合鍵を渡して、学校から帰ったら真っ先に入っていい、と伝えてからというもの、玲は言われたとおり日名子の部屋で日名子の帰宅を待つようになった。 これまで母親のせいで家を追い出されていたのだから、その母親がいなくなっ
4 慣れない礼服に身を包み、安い黒のパンプスのヒールをこつこつと鳴らせながら、日名子は雨の中、ビニール傘を片手に葬儀場へと急いでいた。 (溺死だなんて) たくさんの人から断片的に聞いた言葉を思い出す。玲が日名子の家に宿泊した翌日、家に帰ったら母親が浴槽に顔を突っ込んだまま静止していて、あわてた玲が救急車を呼んだところ、警察までやってきて溺死と断定したそうだ。 そのことを日名子が知ったのは、玲を泊めて家に帰した翌日の夜過ぎだった。外が騒がしいなと思ったら、警察が張間由紀
3 「お母さん、怪我しちゃったの? そりゃ大変だ」 コンビニ弁当をもそもそと食べながら、ワンルームの狭い室内に、日名子と玲の姿はあった。 「はい。怪我をしちゃったのはちょっと前なんですけど……」 玲が日名子の部屋に遊びにくるようになって、数日が過ぎようとしていた。これまでエレベーターホールの前にいたり、いなかったりした玲だったが、一度日名子がいつでも来ていい、と告げて以来、毎日そこで日名子の帰宅を待つようになったのだ。はじめは、こんなことをして教育上よくないのではないか
2 最近、アロマキャンドルに暴走しているな、と我ながら思う。ここのところ軽い買い物依存症に、日名子は悩まされていた。 仕事を終え家に帰宅する途中、職場が新宿という場所柄買い物には事欠かない。帰り道にふらりと立ち寄った雑貨屋で、日名子はほとんど毎日のようにアロマキャンドルを爆買いしていた。ひとつひとつの単価が高くないからなんとかなってはいるものの、これが服や靴だったら大出費だ。とはいえ単価の低いアロマキャンドルさえ、日に六、七個買っているので出費は馬鹿にはできないのだが。
1 いらない、ない、ないないないない……。 堺日名子は飛び起きた。 悪くはない朝だった。閉ざしたカーテンの隙間から差し込んでくる朝日は、宙に舞う埃にきらきらと光を反射させ、今日がすばらしい快晴であることを告げている。体温、気温もちょうどよく、ベッドの中は心地よく、このまま起きるのが惜しいくらいだ。 それなのに胸のざわつきが止まらないのは、今も耳朶に残っている声のせいだろうか。 夢の内容はおぼえていないのに、直前に響いてきた声だけがやけに耳に残っていた。ないないな
あらすじ 張間玲という小学六年生の少年は、幼い頃にいったスキー場でひとり遭難の憂き目にあう。無事に救出されたがしかしそれ以降、その場で過去にあった事件がらみの霊が守護霊代わりとなって、彼にとって本当に必要な保護者を選定し、用済みとなった保護者を次々と消していく「ないない様」という悪霊に守られることに。次々と彼を守ってくれる人を探すため、周囲からないない様に「不要」と判断された人々は無残にも非業の死を遂げていくのであった。 本文 0 次にいらない子は誰? ……なら
戴冠式は無事に終わった。参加することも許されていたエミルだったが、なんとなくそういった場所には顔を出したくなくて、宮廷を抜け出してミミと宿屋の寝台の上でごろごろしながら過ごした。 ミミは間もなく婚約者が迎えに来てくれるという。そうするとまたメヴェリー地方に戻ることになるから、宮廷に残るレナルドに付き従うエミルとは、もう会えないかもしれない。 「手紙を書くよ。それにできる限り、遊びに行けるよう努力する」 「エミルちゃん、字を書けるようになったのお?」 ミミはびっくりしてい
レナルドは国王に即位するため、様々な手続きを踏まなくてはならないらしく、エミルはひとまずレナルドの離宮に足を運んだ。宮廷使用人たちはこれまでと変わらずにエミルを迎え、エミルもまたこれまでと変わらずにレナルドの部屋と間続きの自室で本を開いた。 室内は出て行ったときとまったくなにも変わらなかった。もっと踏み荒らされていることを覚悟していたのだが、メヴェリー地方にあるレナルドの屋敷から持ってきた荷物のほとんどが、手をつけられていないまま放置されている。 本を開いたエミルだった
翌早朝にレナルドは宮廷をあとにした。無論、ミミを助けにいくためだ。使用人はつけなかった。誰にも告げずに、こっそりと宮廷を去っていったのだ。 エミルだけは見送りを許された。まだ夜が明ける前のほの暗い空のもとで、レナルドは単身、馬にまたがった。 開発されたばかりの自動車は、短距離を走ってはすぐにトラブルにみまわれて動けなくなってしまうので、足が悪いのだとか。あんなものを購入するのは、新しいものが大好きな成金くらいなものだろう、と、貴族たちの間では未だに馬車や馬が足として使わ
なぜ自分がこんな気持ちになるのか理解できなかった。 レナルドの口から語られた彼の半生は、実際はその言葉以上に波乱万丈だったのかもしれない。けれど、エミルは――サーカスとあの変態親父、彼らに散々蹂躙されて生きてきたエミルは、レナルドの語る「辛い生い立ち」など、ちっとも同情する余地があるように思えなかったのだ。 (あたし、あたし) 夜の宮廷は賑わっている。道化の姿で廊下を一心不乱に走る猫耳の少女を、なにごとかとすれ違うひとびとが驚いて振り向いた。 (あたし、おかしい) ば