ないない様 7話

 このところ、暗い。
 日名子は電気の消えた暗い室内で、毛布をかぶりながら寒さに震えていた。目の前にはアロマキャンドルにともされた火がゆらゆらと揺れている。
 ここ数日、日名子は原因不明の停電に悩まされていた。いくらブレーカーをあげてもすぐに落ちてしまい、ちっとも電気が使えないのだ。そもそもブレーカーが落ちるほど電気を使っていなかった日名子は、エアコンさえ使えない寒さの中で、ただただ身震いすることしかできない。
 玲とは、三者面談の帰りに喧嘩して依頼、顔を合わせていなかった。
 合鍵は渡してある以上、玲はこの部屋に簡単に出入りできるはずだ。それをあえてしないのであれば、それは玲が日名子に会いたくないという理由に他ならないだろう。おそらくあの「立ち入り禁止」のテープが張られた家に帰っているはずだ。
 殺人のあった家に帰らなくてはならないなんて、なんて不憫なと同情する気持ちはもちろんあったが、あそこまで言われた日名子が玲を甘やかす道理はない。来たくなったら来るだろうと、腹をくくっていた。
 それよりも、当面の問題はこの停電だ。
 電力会社に電話して業者の人に見てもらったが、なんの問題もないらしい。ブレーカーが古いものになっていたから新しいものにかえてもらった、それだけだ。異常はないのであとは様子見だと言って、業者の人々は帰ってしまった。それでこの有様だ。
(暗いと、なんにもできない)
 不思議なもので、朝になると電気は回復する。そのためここ数日は朝にシャワーを浴びることで、夜することを少なくしていた。が、電気が使えないと携帯の充電さえままならない。かろうじて会社でこっそりと充電してはいるものの、ライトをつけっぱなしにして電力を消耗させるようなことはしたくなかった。
 キャンドルの明かりだけで照らされた室内はひどく暗く、物音ひとつせずしんとしている。――が、しかし。
 ……たんっ……。
 ……たた、たったった……。
(また……!)
 日名子はベッドにもぐりこんで縮こまる。アロマキャンドルの甘い香りがあたりに漂っていた。
 ……たったったった……。
 音は大きくなったり、小さくなったりする。まるでこの狭い部屋の中を駆け回っているみたいに。
(なんなの、これ。もうやだ)
 幽霊なんてこれまで特別に意識したことなどなかった。けれど電気がつかなくなったころと同時に、この不気味な足音が聞こえるようになってからは、人間ならざるものの存在を意識せざるを得なくなる。
 ……たた、た……た……。
 ぴたりと足音が止まる。日名子のすぐそばで。
(もう、いや……!)
 ――日名子さんが、ないない様にないないされちゃう。
(玲くんが言っていたことと関係あるの?)
 そもそもないない様とはいったいなんなのだろう。
 ――ないない様は、ないない様です。いらないね、ないないしようね、っていう。
 ――僕が小さいころから一緒だから、小さい僕にあわせて、いらない、のことを、ないない、って言うようになったと思うんです。だから、ないない様。
(そんな説明じゃわけわかんないよ!)
 日名子は握り締めていた携帯の画面をスライドさせ、着信履歴を開いた。そこには数日前、玲の父親が一度だけコールして切った履歴が残っている。大人になって働き出してからというもの、こういったときに頼りにするべき友人などはまるで頭に浮かばない。
 それでも日名子は、わらにもすがる思いでその履歴に電話をかけた。
『もしもし』
「あっ、お、恐れ入ります」
 コールセンター勤務の癖でどうしても電話は低姿勢になってしまう。それでもこの暗い部屋の中で、誰かとつながることができたことに、日名子は涙が出そうなほどほっとしていた。
『日名子さんですね。玲に、なにかありましたか?』
 日名子の番号は以前教えたときに登録してあったのだろう。玲の父親は心配そうな声で言った。
「いえ、玲くんは元気です。……あ、あの」
 勢いで玲の父親にかけてしまったため、話題に詰まる。
(ううん、本当は話題、ある。一番聞きたいことが、ある……)
「あの、お父さん。私、玲くんと喧嘩をしてしまって」
『喧嘩? ですか?』
「はい。それで……すみません。玲くんをお母さんの事件のあった家に、帰してしまっているんです。ここ数日は顔も見ていません。……ごめんなさい」
 これでは、いたずらをとがめられた小学生のほうがよほど立派な答弁をするだろう。ちぐはぐな自分の言葉に自分で困惑していると、玲の父親は、思いのほか腹を立てていないようだった。
『……そうですか。実はうかがっていました。日名子さんと玲の仲たがいに関しては』
「えっ?」
『伊崎先生です。伊崎先生が、玲の進路について相談があると連絡をくださったんです』
「あ、そ、そうだったんですか……」
 玲の進路のことなどすっかり頭から抜け落ちていた日名子は、まさかの担任教師からの連絡に拍子抜けする。
『玲がご迷惑をおかけしたようで、すみません。その問題については私から玲に言って聞かせます。だいたいゼロから人間関係をスタートさせたいのなら、私立ではなく私の転勤先に呼べばいいだけの話なんですから』
「いえ、私こそ、ちっとも対応できなくてすみません。……でも、違うんです。今回お電話したのは、そのことが理由じゃないんです」
『と、言いますと……?』
「私、お父さんにうそをついていました。――私は玲くんの叔母でもなんでもない、ただの近所の住人です」
『えっ?』
「お父さんや身内の方には、さすがにばれるかと思ったんですが……。だましていて、ごめんなさい」
『そ、そうだったんですか? いや、それは……こちらこそ、気がつかなくてお恥ずかしい』
 怒られることを覚悟しての告白だったのだが、玲の父親は動揺するばかりで怒っている気配はない。日名子はいっきにまくしたてる。
「玲くんのお母さんは、玲くんをしょっちゅう家から締め出していました。私は、ネグレクトだと思って、つい首を突っ込んでしまったんです。お母さんが生きているころから、玲くんにごはんをあげたり、玲くんを家に泊めたりして……」
『そんなにお世話になっていたんですか? ひょっとして、由紀が死んでからも毎日、日名子さんが玲を……』
「そうです、何日か前までは玲くんは私の家に泊まらせていました。事件のあった家に帰すだなんて、かわいそうだと思ったから」
『では、保護者の代わりとして三者面談に出てくださったのも、まさか善意で……?』
「善意というと、大げさかもしれませんが……」
 玲の父親が怒るどころか、感謝の意さえ見せ始めたので、若干照れくさくなりながらも、自分が今どうして布団の中で丸くなっているのかを考えて気を引き締める。
『いや、お恥ずかしい。妻とはほとんど別居のような状態で私が単身赴任していまして……。妻との結婚も、実は親族全員に反対されていて、妻の家族のことはあまり詳しくないんです。ただ妹がいるとだけ聞いていたので……てっきりそれが日名子さんのことかと』
「そうだったんですか。……あの、私、どうしてもお父さんに聞きたいことがあるんです」
『なんでしょう』
「ないない様です」
 電話越しに、相手が息を呑むのを感じた。日名子は相手がないない様についてなにか知っているなと直感する。
「きゅ……急にこんなことを言い出して、変だと思われるかもしれないけど……、ないない様って、なんなんでしょう?」
『それ、は……』
「お父さん、なにか知っているんじゃありませんか? 玲くんはお母さんが亡くなる前、ないない様がお母さんをないないしようとしているって言っていました。それと、お母さんが亡くなったことは、なにか関係あるのでしょうか?」
『…………』
「玲くん、私にないない様の絵を描いて見せてくれたこともあるんです。――あの、ないない様って本当になんなんでしょう。もしなにか知っていたら、教えてください」
 躊躇するような息遣いが聞こえてきた。風もないのにゆらりと、アロマキャンドルの火が大きく揺れる。
『私は、信じていないんですが……』
 今度は日名子が、ごくりと息を呑む番だ。
『妻は、玲がないない様の名を出したとき、玲をいじめていた子どもが怪我をすると言っていました』
 父親、曰く。
 張間玲は運動神経の良い子どもだった。そのため、六歳のころに連れて行った長野へのスキー旅行でも、はじめてのスキーをすぐにマスターし、その日のうちに初心者向けコースからいっきに上級者向けコースまで上達した。
 だが、その夜悲劇が起こる。
 父親が目を離した隙に、玲が姿を消したのだ。上級者向けコースの、森林の中で。
 早速捜索隊が動き、夜を徹して玲の行方を捜査したが、強まってきた吹雪のせいで、途中で切り上げざるを得なくなった。誰もが玲の生存をあきらめかけた翌朝――玲が見つかった。
 六歳児がひとりで作ったとは思えない立派なかまくらの中で、吹雪をしのいで世を明かしていたのだ。
『それからです。妻がおかしなことを言うようになったのは。……玲がないない様だなんて妙なことを言う、玲が指差した子が怪我をする、云々……』
 父親はそんなことがあるわけないと言って、母親の言うことを信じようともしなかった。それどころか、どんどんノイローゼになっていく母親に対して嫌悪感さえ抱くようになる。
『あのスキー場での遭難から玲はおかしくなったと言って……。私は、母親なのになんてことを言うんだと思い、そのことで大喧嘩になりました。そのまま私の転勤が決まって、単身赴任することになって……。妻にも玲にも、恨まれているだろうなと思っていました』
 けれど。父親は言いよどむ。
『どうして日名子さんが、ないない様のことを?』
 ゆらり、と火が大きく揺れたと思ったら、ぱっと明かりが消えた。部屋の中が真っ暗になって、静まり返る。
「それ、は……」
 足音が聞こえ始めた。
 たったったった……。
 たっ、たっ、たっ……。
 ……ぎしっ……。
 止まった。それも――。
(……今……)
 ベッドの中にもぐりこんでいた日名子は、ぞくぞくと肌があわ立つのを感じる。
(後ろにいる……?)

   **

 梢が子どものころ父が起こした事故は、一歩間違えば人ひとりの命を奪ってしまいかねないものだった。
 父が徹夜明けで、疲れているときの出来事だ。コンビニに寄って軽くつまめるものを買い、店の前の駐車場から車を出そうとアクセルを踏んだとき、勢いあまって店に車を突っ込んでしまったのだ。店と車の間にはちょうど歩行者の姿があり、まだ十六歳の女子高生の若い少女の体に一生消えない傷を作ってしまった。命が無事だったことは幸いと言える。
 そのとき、父はひどく苦悩しているようだった。被害者側から訴えられたり、保険会社からあれやこれやとまくしたてられたりして、気が滅入っていたのだろう。
 そんな父の姿を見て、梢は誓った。自分は、一生車の運転なんかしない、と。

 それから十数年経った今、梢は満員電車に揺られながら、通勤していた。
 梢の通う小学校のある駅はどちらかというと下りなのだが、朝のラッシュ時ともなるとさすがにどの線も混んでいる。電車に揺られ、バスに揺られた先に梢の勤め先はあった。
「先生、おはようございまーす」
「はい、おはようございます」
 朝八時半からはじまる職員会議に間に合うように通うとなると、必然的にバスを降りてから学校に向かうまでの道すがら、生徒たちの登校時間とかぶることが多かった。最近はなにかと物騒なので子どもたちは集団登校だ。義務ではないがほとんどの生徒が列を成して歩いている中――少し前にひとつだけぽつんとした背中を見つけた。
 張間玲だ。梢は足を速めて玲に追いつく。
「張間くん、おはよう」
「あっ、おはようございます」
 玲は誰かに声をかけられるということが意外だったのか、びっくりしたような顔をしている。
「集団登校はどうしたの? 確か張間くんの家は……山下さんと同じ班だったはずでしょう?」
「……僕が一緒だとあんまりうれしくないみたいだから……」
 困ったように笑う姿はあまりにもはかなげで、てっきりこの美少年が全面的な被害者なのではないかと感じてしまうものだったが、そんなはずはないと自分に言い聞かせる。教師をしていてつくづく思い知るのが、子どもの揉め事に一方的な加害者、被害者は存在しないということだ。いつだってどちらも必ず加害者であり、被害者でもある。どちらかが一方的に悪いなどということは存在しないのだ。
「そんなことないよ。張間くんのほうから歩み寄ってみれば、なにか変わるかもしれないよ」
「そうかなあ……」
「そうよ。あ、それとね」
 なにげなさを装ってみたが、内心では緊張していた。
「この間、お父様に進路相談をしてみてほしいって言っていた件、あったでしょう。あのことについて話があるから、お昼休みに三階の空き教室に来てもらえる?」
 玲はさらりとうなずいた。
「はい、わかりました」
「それじゃあ、また教室でね」
「はい」
 歩調を速めて梢は玲を追い越し、学校へ向かった。

 張間玲の父親はひどく腰が低くて物分りのいい父親だった。梢の言葉にいちいち恐縮し、迷惑をかけてしまったことを丁寧にわびる。極端なモンスターペアレントにはまだ出会ったことのない梢だが、保護者全員が張間玲の父親のようであったらいいとこっそり思うほどだった。
 授業を滞りなく終えた昼休み、梢が空き教室に向かうと、玲はまだ来ていなかった。
 空き教室は、学級が入っていないというだけで、机も椅子も用意されている、ごく普通の教室だ。机も椅子もいつ生徒が入ってもおかしくないようにきちんと並べられ、教壇もあり、黒板にはチョークさえそろっており、普通の教室とまったく変わらないつくりになっていた。
 どこに座ろうか躊躇した梢だったが、とりあえずと思い教壇の椅子に腰掛けた。
 廊下の一番奥にある空き教室には、ときどき生徒たちがたまることもあったが、このときはひとけがなく、静かだった。遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。
 昼食を食べたばかりだった梢は、その声をぼんやり聞きながら、ついうとうとと眠気に身を任せた。

 いらない、ない、ないないないない……。

(え?)
 耳元で聞こえた声にはっと我に返る。
 あわてて辺りを見渡してみても、誰もいない。今の声はなんだったのだろう。
「先生」
 どきっとした。そこにはいつの間にか張間玲が、梢のすぐ隣に立っていたからだ。
「は、張間くん……」
 一瞬、今の声はなんだったのか、どうして玲は物音ひとつたてずに自分の横に立っているのか不安になったが、すぐにどれも気のせいだと思い込む。おかしな声は空耳だったし、玲が物音をたてなかったように感じるのは自分が聞いていなかったからだ、と。
「呼び出してごめんね。早速、昨日お父様と話したことを報告するね。適当に座って」
 促すと、玲は梢のいる教団のすぐ目の前にある席に座った。まるで授業のような姿勢になってしまい、梢は机をくっつけておけばよかった、とわずかに後悔する。
「お父様、驚いていたよ。張間くんが私立に行きたいだなんて言い出したこと」
「…………」
「それで先生は、できるだけ張間くんの願いがお父様に伝わるように話したけど、地元の友達とうまくやれていなくて進学先を変えたいのであれば、自分のいる単身赴任先に来るのが一番だ、っておっしゃっていました」
「…………」
「あのね、張間くん。先生もそれが一番いいと思う」
「……先生も、ですか?」
「うん。だって私立に行くってことはね、とても大変なことなの。張間くんも知ってはいるだろうけど……、三年生、四年生のころから塾に通って準備をしている子がたくさんいて、お金だってうんとかかるから、家族の準備も大変だと思う」
「お金……」
「張間くんは私立受験のことを、お母さんに相談していたのかな?」
「……していませんでした……」
「だとしたらやっぱりこの時期に急に進路を私立にするのは難しいと思うな。今、張間くんの家族はあの叔母様だけなんだよね? だとしたら、余計に難しいと思う」
「…………」
「――張間くんが『呪われてる』って噂があることは、先生も知っています。張間くんがいい子だから今まで放っておいてきちゃったけど……、そのことをそんなに気にしてるなんて知らなかった。気付かなくてごめんね」
「いえ……」
「張間くんがそこまでつらいんだったら、先生のほうから帰りの会でみんなに注意してもいい。でも張間くんは、そういうことを望まないかな、と思って今までやってこなかったんだけど……」
「しなくていいです。『呪われてる』って言われることは、しかたのないことだから」
「そう……」
「あの」
 わずかに逡巡した様子を見せた玲は、梢のほうに身を乗り出して、言った。
「もしお母さんが生きていたら結果は違ったと思いますか」
「え」
「僕の叔母さんが頼りないから、僕は私立に行けないんでしょうか」
「ち、違うよ! 違う、違う」
 梢はあわてた。
「お母様が生きていらっしゃったら……、もちろん今と違う結果があったかもしれないけど、そうなっていたってお母様はとても大変な思いをしているはずだよ」
「だったら……!」
「実の親にだって難しいことを、まだ若い叔母様がこなすのは難しいと思う。そもそも張間くんはどうして、お父様のことを飛ばして考えるの?」
「それは、お父さんが僕を嫌っているからです」
「嫌っている?」
 鸚鵡返しをしてから、梢は困惑する。
「実のお父様に、自分は嫌われていると思ってるの?」
「はい」
「どうして? なにかされたの?」
「なにもされていません。なにもしてくれないから嫌われているんです。お父さんは僕と一緒に住むことさえ嫌がりました。だからきっと、僕が単身赴任先に行くことだって内心では嫌がっているに決まっています」
(これ、は……)
 梢は大きく息を吸い込んだ。
(なかなか難しい子だぞ、張間くん……)
「なにもしてくれないなんて、そんなことないよ。張間くんの家の生活費だってお父様が用意してくれていたはずだし……」
「僕のお母さんは看護師でした。お父さんがお金をくれなくても、お母さんの収入だけで暮らしていけたはずです」
「だ、だからってそんな乱暴な考えは――」
「でもいいんです。お父さんのことはないない様、どうでもいいみたいだから」
「え?」
「ないない様は……えっと、僕のお母さんみたいな存在です」
「な、ないない様? 叔母様のほかにも親族がいたの?」
「違います。親族じゃありません。でも、誰より僕のことを考えてくれている存在です」
「な、なあに、それ……」
 浮かべた笑顔が若干引きつる。この子はなにを言っているのだろう。
「ないない様は日名子さんが僕の保護者代理だからうまくいかないんだって言っています。……僕もそう思います。ないない様、先生がいてくれるなら、日名子さんのことはもういらないって」
「は……張間くん……?」
 玲はぱっと花が咲くような笑顔を梢に向けた。
「困ったことがあると、いつもないない様が助けてくれるんです。ないない様のすることは、ときどき相手がかわいそうだなと思うこともあるけど……、今度は伊崎先生が守ってくれるから、大丈夫ですよね?」
「張間くん、あのね――」
 若干どもりながら、梢は言った。
「私立受験が難しいことは、理解してくれたかな?」
「はい、わかりました」
「先生はお父様と暮らすべきだと感じていることも、伝わったかな……?」
「はい、伝わりました」
「ここからどうするかは張間くんが選ぶことだけど……」
 しどろもどろに続ける。
「ええと、お父様がね。張間くんから直接連絡をもらいたい、って。張間くん、携帯持ってないのよね。お家の固定電話から、お父様に連絡してもらうことは、できる?」
「できます」
「でも、お家はまだ警察の出入りがあるのかしら……」
(そもそも殺人事件があった家に、戻れだなんて……。ちょっと残酷すぎるかしら)
「大丈夫です、先生」
 玲が浮かべる笑顔は、やはりきらきらとまばゆいままだ。
「三者面談の日から、叔母さんと喧嘩しちゃって……。僕、今は毎日ひとりであの家に帰っています。警察はほとんど出入りしません。ただテープが貼ってあるってだけ。でも、それに」
 玲の瞳はどこまでも無邪気で、翳りがない。
「ないない様が僕を守るためにしてくれたことで、僕になにかあるなんてこと、ないに決まっているじゃないですか」
(な……)
 梢はあっけにとられて、言葉を失う。
(ないない様って……、なに?)

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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