この国の王を殺すには 終章

 戴冠式は無事に終わった。参加することも許されていたエミルだったが、なんとなくそういった場所には顔を出したくなくて、宮廷を抜け出してミミと宿屋の寝台の上でごろごろしながら過ごした。
 ミミは間もなく婚約者が迎えに来てくれるという。そうするとまたメヴェリー地方に戻ることになるから、宮廷に残るレナルドに付き従うエミルとは、もう会えないかもしれない。
「手紙を書くよ。それにできる限り、遊びに行けるよう努力する」
「エミルちゃん、字を書けるようになったのお?」
 ミミはびっくりしていた。
「うん、教えてもらったんだ。ミミもお金持ちの家に引き取られるんなら、誰かに代筆を頼めばいい」
「だいひつなんて難しい言葉を使えるほど、エミルちゃんは成長したんだねえ……」
 感慨深げなミミがおかしくて、エミルはつい、笑ってしまった。

 王妃は現在、逃亡中だろう。恐らく隣国へ亡命するつもりでいるのだろうが、レナルドはそれを追いかけるつもりはないようだった。もう今更、彼女をつかまえたところでどうにもなるまい。
 イヴリンはといえば、いつも通りだ。父と母を同時に失ったにもかかわらず、ちっとも悲しそうなそぶりはみせずに、取り巻きたちときゃいきゃいはしゃいでいる。彼女はもうエミルにちょっかいをかけてくるようなことはなかった。エミルもまたイヴリンとはかかわらないようにした。イヴリンと語るべきことは、レナルドを助けてくれるようロザリアの離宮に侵入しようとした晩、すべて語りつくしたからだ。

 レナルドの離宮は、そのままエミルの離宮となった。エミルの立場は、国王の賓客だ。もう宮廷の道化ではない。そのためドレスを着用するように周囲からはすすめられたが、エミルはそれを断って、道化の服のままで過ごした。
 エミルの離宮にはときたまロザリアがたずねてきた。
「ねえ、エミル」
 このところロザリアは、とても精神状態が安定しているように見える。
「いい忘れていたのだけれど……、わたくし、あなたとお友達になりたいわ」
 ――僕、あなたとお友達になりたいです。
 セオドリックの言葉を思い出した。なるほど、セオドリックはこうしてロザリアと友情を育んだのか。ロザリアとの友情が、果たして成立するのかどうか。わからなかったけれど、エミルはにこりと微笑み、大きくうなずいた。
「うん。あたしも、あんたと友達になってみたい」

   **

「無事国王になってしまったから、俺の結婚は政治の駒だ。……好きな女性とは、結婚できなくなるかもしれない」
 かつて王妃エメラインとはじめて対面した謁見の間に呼び出されたエミルは、レナルドに藪から棒に切り出されてきょとんとした。
「好きな女性って?」
「もちろん、きみのことだよ」
「えっ!」
 仰天するエミルに対して、レナルドは呆れたようだった。
「なんで今更、驚くんだ」
「だって……あんたがあたしのこと、好きだなんて、知らなかったし……」
「あんなに甘やかしてやったのに、ずいぶんとにぶいのだね」
 久々の会話もいつも通りだ。王様になったからといって、レナルドという人間が根底から変わることない。それを思うとほんのりとうれしかった。
 そんなことを考えているエミルとは裏腹に、レナルドのほうはなにやらいいづらそうである。
「なるべくきみを一番にできるよう努力する。だから……」
 だから。
「だからどうか、これからも、俺と一緒にいてくれないか」
 ――一緒にいる?
 それって、今までどおり……ってわけにはいかないんだよな。あんたは王様で、あたしはただの猫娘なんだから。
 これからの生活は、きっともっと変わっていくことだろう。エミルが宮廷に残ることは、もしかしたらつらい決断となるのかもしれない。
 けれど。
「いいよ」
 それでも、よかった。
「いいよ、ずっとあんたと一緒にいる」
 レナルドはほころぶように笑った。花びらが開いていくようなうつくしい笑みだ。
「そういえば、最初の約束をまだ果たしていなかったな」
「最初の約束?」
「俺が国王になったら、きみに一生分の自由を約束するという契約だったはずだ。自由は保障できないかもしれないけれど、ほかに欲しいものがあったら用意させる。――どうかな、なにか特別に欲しいものはあるかい?」
「うーん……」
 エミルは逡巡した。ややあってから満面の笑みでいう。
「たくさんの、面白い、本!」
 その言葉に、レナルドはふきだした。くっくっと肩を震わせながら、おもしろそうにいう。
「いいよ。たくさん用意しよう。図書室をもっと立派なものにしてもいい。すべてはきみのため――俺のかわいい子猫ちゃん」
 そういってふたりは、同時に笑い声をあげた。はじけるような笑い声が、宮廷に響いた。

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

序章

第一話

第二話

第三話

第四話

第五話

第六話

第七話

第八話

第九話


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