子宮内膜症と診断され、女性をやめたくなった

原因不明の微熱が数日続き、仕事を休んで内科を3軒回った。コロナの疑いがある発熱者は車内でのPCR検査のみで病院に入れない。医師とまともに話すこともできないまま、ただの風邪だと診断された私は、そのまま家で倒れた。

ちょうど手元にスマホはなかった。一人暮らしなので助けてくれる人もいない。救急車…と朦朧としながら考えるも、冬なのに滝のように流れる汗、全身の震え、お腹の痛みで動けなくなり、そのまま意識を失った。

受診先は、内科ではなく婦人科が正解だったと分かったのは翌日。まちの小さな婦人病院で「子宮内膜症」だと診断された。母が子宮筋腫、祖母は30代で子宮を全摘したという話を思い出したのが幸いした。その後、まちで一番大きな病院にかかることになった。

「不妊」「卵巣摘出」「子宮全摘」

医師からの説明ではいろんなワードが飛び交ったけれど、大したショックは受けなかった。そんなことより、微熱や腹痛が続くことで仕事ができなくなることの方が、私にとってはよっぽど問題だった。

もとより出産への願望は薄かったけど、私は「産みたくないわけじゃないけど産まなくていい」という考えであることが、より浮き彫りになるようだった。

それに、子宮を全摘することでいわゆる”女性”として認識されなくなるかもしれないと思うと、むしろ安心すらした。

例えば男友達だと思っていた異性が急変するなんてこともない。当然結婚すれば子を産むべきと考える人が多いこの世間なら、その機能を失った私は恋人候補として見られずに済むかもしれない。

そもそも毎月の生理だってロキソニンを1日3回は飲まないと仕事をしていられないほどの腹痛に悩まされていたのだ。それとオサラバできる。そう思うと、心身ともに生きやすくなるのではと希望が持てた。

「そういうわけで休みをください」

病名を一切伏せる気のなかった私は、職場へ現状を全て説明して有給を使うことにした。幸い理解のある職場で、休暇の他にも仕事をセーブしたり在宅勤務にしたりと、色々と配慮してくれた。それで、すべての社員が私の病状を知ることになった。

「なんであなたが」「結婚もしたいだろうに」「いつか子どもも考えているでしょう」

有難いことに各所から沢山の人が心配してくれた。20代の若い独り身の女性が子宮に関して摘出などの大きな選択を迫られている、という状況に涙してくれる人もいた。

私は、親身になって心配してくれることに感謝しつつも、猛烈に気持ち悪さを感じていた。

かけられる慰めの言葉、その全ての前提が「女性であるあなたは子を産みたいだろう」だったからだ。

彼らに他意はないことは、私がいちばん分かっている。でも、普段から「子を産む人間」として見られていた、という実感をありありと得てしまい、それは私を苦しめるには十分だった。

女性のカタチを持って生まれた以上、きっと仕方のないことなのだろう。けれど仕方のないことで済まのは、ちょっとぞんざいすぎる。決して男性になりたいわけではない。女性である自分が好き。それでも、ことあるごとに違和感を感じては打ちのめされる。

嫌だな。

男性になりたくはない。でも女性はもう辞めたい。

人間になりたい。

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