かつての「ハルキスト」はもう村上ワールドを去ってしまったのだろうか。「騎士団長殺し」の第一部を読み終えたところでAmazonのレビューを見てみると、「年々つまらなくなっている」「才能は枯渇する」などと、なんともひどい言われ方である。
レビューの一部を紹介すると以下の通りで、なかなか酷評だ。
今や「世界のムラカミ」である著者に対する期待が大きすぎて、こんなレビューになってしまったのだろうか。一方アメリカのAmazon.comのレビューを読むと、「ムラカミの小説の主人公は、どれもまるで自分ことを代弁してくれているように感じる」という風なものが多い。
たとえば「羊をめぐる冒険」初版210ページで主人公はこう語る。
このような表現は、人間の本質的な孤独に素手で触れたような感覚を呼び覚ます。それが多くの人の心にダイレクトに響くのだ。
小説の受け取り方は、その国の文化によって著しく変わる。もちろん時代によっても変遷するし、どの世代に読まれるかによっても変わってくる。
ひょっとして村上氏は読書文化が退廃気味な日本などディッチして、その目は日本の外に向けられているのかもしれない。
なぜ、そう感じるのか。それは例えば日本のある著名な書評家が以下のように語っているのを読んだことにも関連している。
村上氏が「家」だの「恥」だの、登場人物に投影するとは思えない。雨田具彦にあるのは、恐らくは静かな絶望であろうと思う。
ただこの非評家が指摘する、「騎士団長の使う『あらない』はどのような意図で使われているのか」という説明はなかなか興味深い。
考えが右往左往してしまったけれど、最後に、こんなウィットに富んだレビューもあったので紹介したい。かなり同感だ。
特に「作品の謎解きをする気力も地力もわたしにはあらない」と閉めているところが心ニクい。
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