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騎士団長殺しは村上ワールドを殺したのか


かつての「ハルキスト」はもう村上ワールドを去ってしまったのだろうか。「騎士団長殺し」の第一部を読み終えたところでAmazonのレビューを見てみると、「年々つまらなくなっている」「才能は枯渇する」などと、なんともひどい言われ方である。

レビューの一部を紹介すると以下の通りで、なかなか酷評だ。


年々つまらなくなっている
2022年8月2日に日本でレビュー済み

正直、読むのが苦痛だった。特に、主人公が横穴から祠の裏の穴に向かう場面。本来、村上春樹は、「メタファー」で溢れ「メランコリック」な雰囲気に包まれる「異世界」を描写するのが上手い作家であり、それが彼を国際的に稀有な存在にしたと思っているのだが、『騎士団長殺し』ではそれが感じられなかった。

また、普段の村上春樹の文章は遍く冗長で、臭いのだが、そのうちにきらりと光る一文が身を潜めている。それをもとめて私は彼の作品を読み続けるのだが、今回の作品では見当たらなかった。
彼の作品が本当に面白かったのは『羊をめぐる冒険』、『海辺のかふか』、『ダンスダンスダンス』あたりであろう。
『一人称単数』も表題作を除いては、今ひとつな印象。


「グレートギャッツビー」+「セルフパロディー」
2022年8月17日に日本でレビュー済み

「才能は枯渇する」
長年、村上春樹の読者であり最も好きな作家なのは間違いないのだが彼の才能もやはり加齢と共に枯れてきているのだという事実を突きつけられる一冊となっていると思う。

最早、彼に過去の名作「羊をめぐる冒険」「世界の終わりと・・・」「ダンスダンスダンス」「ねじまき鳥クロニクル」を超える長編を書く事は不可能なのだろう。
(その兆候は「スプートニクの恋人」くらいから顕在化し始めていたが・・)

栄光に満ちた彼の創作活動の行きついた先がセルフパロディーだったという笑えない事実に彼も私も年を取ったと実感させられる一冊でした。

それでも短編は面白いので長編を書ききる体力がなくなったという事なのでしょう。

今や「世界のムラカミ」である著者に対する期待が大きすぎて、こんなレビューになってしまったのだろうか。一方アメリカのAmazon.comのレビューを読むと、「ムラカミの小説の主人公は、どれもまるで自分ことを代弁してくれているように感じる」という風なものが多い。

たとえば「羊をめぐる冒険」初版210ページで主人公はこう語る。

僕は毛布にくるまって、ぼんやりと闇の奥を眺めた。深い井戸の底にうずくまっているような気がした

このような表現は、人間の本質的な孤独に素手で触れたような感覚を呼び覚ます。それが多くの人の心にダイレクトに響くのだ。


小説の受け取り方は、その国の文化によって著しく変わる。もちろん時代によっても変遷するし、どの世代に読まれるかによっても変わってくる。

ひょっとして村上氏は読書文化が退廃気味な日本などディッチして、その目は日本の外に向けられているのかもしれない。

なぜ、そう感じるのか。それは例えば日本のある著名な書評家が以下のように語っているのを読んだことにも関連している。

雨田具彦は政府によって救出されおめおめと一人生還します。そこには恋人を裏切ったという「恥」があります。だから地位の約束された「洋画」を続けるわけにはいかなかった。
彼はその時点で自死を願ったのかもしれません。しかし自死するにもすでに弟に先を越されてしまった。「家」の「恥」を重ねるわけにはいかなかったのでしょう。そこで彼は絵の中での自殺を思い立ちます。その思いをイデアによって真実のものとし成就させたというわけです。

村上氏が「家」だの「恥」だの、登場人物に投影するとは思えない。雨田具彦にあるのは、恐らくは静かな絶望であろうと思う。

ただこの非評家が指摘する、「騎士団長の使う『あらない』はどのような意図で使われているのか」という説明はなかなか興味深い。

通常の日本語では「あらない」だけが変形し「ない」となります。しかしキャラクターに個性を与えるフックとしてあえて使った。
ただ作者はそれだけで「あらない」を用いているわけではないと考えます。
「あらない」を“ある=在る”と“ない=無い”に切り分け、その対比を際立たせるためではないかというのが僕の見立てです。

つまり“存在していることは存在していないこととつねに表裏一体である”、それほど世界は危ういものであると言っているように思うのです。
それはまさに般若心経が唱える「色は空、空は色」であり、ボーアの量子論が証明する消滅し、軌道を変えて出現する電子の振る舞いにほかなりません。さらに言えば本ブログで紹介した“即非の理論”に通じるものでもあります。

考えが右往左往してしまったけれど、最後に、こんなウィットに富んだレビューもあったので紹介したい。かなり同感だ。

特に「作品の謎解きをする気力も地力もわたしにはあらない」と閉めているところが心ニクい。






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