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ボーヴェの気付き(フランス恋物語㊶)

Mathieu

5月にジュゼフアランという二人のフランス人男性と出会ったが、彼らと関わってゆく中で、私は自分のフランス語力の限界を感じた。

そして、「次に付き合う彼氏は日本語ペラペラのフランス人がいい」と考えるようになっていた。


6月1週目のある日。

私は親友・ミヅキちゃんに連れられたエシャンジュの会(※)で、マチューと出会った。(※多国籍の人が集まり、お互いの言語を教え合う会)

マチューは、”日本語検定一級合格者”という、その条件には十分すぎる語学力を持つ男。

しかし、気になる点が一つあった。

それは、日本語に慣れすぎたせいか、彼の話す言葉は”露悪的で下品”ということだった。

きっかけ

連絡先を交換した私とマチューは、メールでやりとりするようになった。

何度かディナーに誘われたが、私は理由を付けて断っていた。

マチューを恋愛対象と見ていなかった私は、彼と夜二人きりになるのを避けていたのだ。


そんなある日、私は彼に週末の予定を聞かれた。

私は特に何も考えずに、そのまま正直に答えた。

 土曜はBeauvais(ボーヴェ)の大聖堂を見に、日帰り旅行に行ってくるよ。

すると、マチューからこんな返事が返ってきた。

本当? ボーヴェは俺の出身地だよ。案内するから一緒に行ってもいい?

・・・私は一瞬考えた。

見知らぬ土地に一人で行くのは心細いが、日本語話者による元・地元民の案内があれば何かと安心だ。

ボーヴェはパリから1時間で日帰りで行ける所だし、大聖堂といくつかMuséeを回ったらすぐに帰るつもりだった。

マチューと二人でボーヴェに行っても、特に問題ないだろう。

いいよ。じゃ、土曜日11時にGare du Nord(パリ北駅)前で待ち合わせね。

こうして、私たちは週末二人でボーヴェに行くことになったのである。

de Paris à Beauvais

ボーヴェ行きの車中、私たちはフランス語で会話をしたがすぐに破綻し、自然に日本語で話すようになった。

私は「やはり彼の言葉遣いは好きではない」と感じ、思い切ってこう提案した。

「ごめん・・・。悪いけど、自分のことを”俺”っていうのやめてくれる?

外国の人が言うのって違和感があるし、あなたには似合わないと思う。」

自分の日本語に自信のあるマチューは反論した。

「なんで?日本の大人の男ってみんな”俺”っていうじゃん。

何がダメなの?」

私は自分の好みを押し付けているだけなのだろうか・・・。

「わかったよ。マチューが直したくないのなら、そのままでいいよ。」


また、フランス語でも、彼がことあるごとに言う”Putain””Merde”という単語が気になった。

どちらも、私が今まで関わってきたフランス人からは聞いたことのない言葉だ。

綴りを聞いて電子辞書で調べてみると、どちらも「いい大人は普通使わない下品な言葉」であることがわかった。

・・・もしかして、これはもう言葉遣い以前に、彼の気質の問題ではないか!?

私はこの時、マチューの同行を許したことを後悔し始めていた。

Le déjeuner

ボーヴェには昼過ぎに着いたので、ランチを食べにブラッスリーへ入った。

メニューは二人ともplat de jour (本日の日替わり定食)を注文した。

 
前菜はサラダとスープ、メインが子羊のステーキ、デザートはイチゴのショートケーキというもので、どれも美味しくいただいた。


問題は、マチューの食事の仕方だ。

クチャクチャ音を立てながら食べ、それは見るのもイヤになるほどひどいものだった。

「フランス人は音を立てて食べるのはタブー」と聞くし、今までそんな人を見たことがない。

また彼は好き嫌いも激しく、サラダとスープには一切手を付けようとしない。

私が「アレルギーなの?」と聞くと、ただ「嫌いだから食べない。」という答えだった。

「これは文化の違いなのかもしれない。」と思い、それ以上は何も言わなかった。

ステーキとショートケーキは好きなようで、しっかり完食していた。


私は一緒に食事をしただけで、生理的に彼を受け付けなくなっていた。

・・・もうダメだ。一緒にいたくない。

つくづく「育ちって大事だな」と思った。

Cathedrale St-Pierre

ブラッスリーを出ると、マチューと会話をしなくていいよう、ガイドブックを熟読するフリをしながら歩いた。

もうこの時には、「大聖堂だけ見て、さっさとパリに帰ろう」と決めていた。


私がボーヴェに行こうと思った理由は、「大聖堂の天井の高さがゴシックの大聖堂の中でフランス一」、そして「パリから1時間で気軽に行ける」とガイドブックに書いてあったからだ。

いざ建物を目の前にすると、外観からでもいかめしい印象を受けた。

【Cathedrale St-Pierre】(サンピエール大聖堂/通称・ボーヴェ大聖堂)
1225年に建設が始まり、ボーヴェ大聖堂は48.50mの高さを誇る、世界最大の大聖堂となるはずだった。
しかし、高さに無理があったため崩落と修復を繰り返し、現在でも身廊自体は未完成のままである。(内陣は完成)

期待に胸を膨らませ中に入ってみると、予想以上の天井の高さに圧倒される。

私はマチューを置いて、どんどん奥に進んで行った。

今までブールジュのサンテティエンヌ大聖堂など、フランス各地の大聖堂を見てきたが、この高さは別格だった。

壁の高さによりステンドグラス面積も広く、その分たくさんの光を浴びてとても美しい。

大きさを追求するあまり崩壊と修復を繰り返し、未完に終わった大聖堂・・・。

その「天に届かんとする愚かな人類と、それを阻む超越的存在」という、”バベルの塔”のようなドラマが私は気に入った。


私に放っておかれたマチューは、端っこの席で私の見学が終わるのを待っていた。

一通り堂内を見終わった私は、マチューに声をかけた。

「お待たせ。見終わったから帰ろう。」

マチューは驚いた様子でこう言った。

「え、もう帰るの?この近くには、Musée Departemental de l'Oise(オワーズ県立博物館)と、Galerie Nationale de la Tapisserie(国立タピスリー美術館)があって、観光客なら普通は見るもんだよ。」

私はガイドブックで、この二つの施設の存在も知っていた。

一人で来ていたら、きっと見ていただろう。

でも、私は一刻も早くパリに帰りたかった。

「いいの。私はこれだけ見たかったんだから。さぁ、帰ろう。」

半ば強引にマチューを追い出すようにして、私たちは大聖堂を出た。

Averse

大聖堂からボーヴェ駅までは1kmぐらいで、15分もあれば着く距離だった。

しかし、急な夕立ちに見舞われ、私たちは閉店中の店の軒先に避難した。

しばらく雨は止みそうにない。

荒天により急激に気温が下がり、ずぶ濡れになった私の体は震えていた。

気まずい沈黙が二人を包む・・・。


何かを察したのか、マチューは意を決したように私に言った。

「今日のレイコ、なんであんまり喋ってくれないの?

俺、何かイヤになるようなこと言った?」

「・・・・・・・・・・。」

私は何も答えられず、下を向いていた。

すると、マチューは驚きの告白をした。

「俺、レイコのことが好きなんだ。

ボーヴェ出身というのも嘘で、本当はマルセイユなんだ。

レイコと一緒に出かけたくて嘘をついてしまった。

言葉遣いがイヤなら直すよ。

だからまた会ってくれないか?」

・・・私は告白されたことよりも、彼の下品さの一因が解ったことに衝撃を受けた。

マルセイユ!!

「治安が悪い」と聞いたことがあるが、彼のガラの悪さもここから来ているのだろうか・・・。(人を出身地だけで一概に判断するのは良くないが)

感極まったマチューが私を抱き寄せようとする。

私は反射的に身をよじり、雨に濡れるのも構わず、駅に向かって一目散に駆け出した。

・・・マチューは追ってこなかった。


ボーヴェ駅に着くと、10分後にパリ行きの電車があることがわかった。

私は急いで切符を買い、列車に飛び乗った。

de Beauvais à Paris 

電車が発車し、同じ車両にマチューが乗ってこなかったことを確認した私は、安堵の溜め息を漏らした。

電車に揺られながら、今回の反省点も交え、色々と考えてみる。

「日本語ペラペラだからって、誰でもいいわけないよね。」

「やっぱり”初めのイヤな感じ”って的中するから、その直感は大事にしなきゃいけないな。」

「マチューには悪いことしたな。『食べ方が悪い』って正直に言った方が良かったのかな。でも、言ったところでそう簡単に直るものでもないし・・・。」


ふと窓の外を見ると、さっきまでの雨は嘘ののように上がり、爽やかな青空が一面に晴れ渡っている。

「ま、いっか。来週はスペイン旅行だし、当分恋愛はお休みにして旅に専念しよう。」

気が付けば、びしょ濡れだった私の服も乾いていた。


旅先でもまた新たな出会いが待っていることを、その時の私は何も知らなかった・・・。


ーフランス恋物語㊷に続くー


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