シャンティイの心変わり(フランス恋物語㉚)
後悔
パリからシャンティまでの車中の1時間。
アランとギョームという友人二人が同乗しているのにもかかわらず、私とブラピ似のジョゼフは後部の荷物シートの上に横たわり熱いキスを繰り広げていた。
前方席の二人は気付かないふりをしてくれたが、後ろから伝わってくる卑猥な空気を感じ取っていたに違いない。
そんなことも気にならないぐらい、私たちは夢中になってしまっていたのだが・・・。
「シャンティイに着いたよ。」
運転手のアランの声で、私たちは現実に引き戻された。
後になって、さっきまでしていたことがすごく恥ずかしく思われる。
・・・これからどんな顔をして、彼らとシャンティイ観光すればいいのだろう。
Château de Chantilly
車を降りた私は、歩きながら持って来たガイドブックを手に取る。
このシャンティー行きは昨夜急に決まったことで、私は事前に調べてくることをすっかり忘れていた。
シャンティイ城(フランス語名:Château de Chantilly)はフランス、シャンティイ市にあるルネサンス時代の建造物である。
構造は大きく分けて「グラン・シャトー」と「プチ・シャトー」の2つから成っている。「グラン・シャトー」はフランス革命期に最初の建物が破壊された後、1870年代に七月王政期の国王ルイ・フィリップ5男で同城相続人だったオマール公アンリ・ドルレアンによって再建されたものである。「プチ・シャトー」は1560年頃、アンヌ・ド・モンモランシーのために建てられたものである。
彼らの話では、シャンティーを選んだ理由は「まだ行ったことがないから」「パリから1時間で行けてドライブにちょうどいいから」というもので、特にシャンティー城を見たいわけではなさそうだ。
もう15時を過ぎていて、お城の中を見学する時間はあまりない。
私は、アゼー・ル・リドー城や、ヴィランドリー城などロワール地方の美しいお城をたくさん見てきたので、今日お城は別に見なくてもいいかなと思っていた。
彼らの様子を見ると、ただ自然の中を散策できればそれで十分なようだった。
駐車場を出ればすぐにお城が見えるわけではなく、私たちは森の中の散策路を20分ぐらいかけて歩いた。
昼間は晴れていたのに、シャンティイに着いてからはどんよりと曇り始め、5月だというのに急に冷えてくる。
フランスというのは、同じ日でも太陽が照っているのといないのとでは体感温度が全然違う。
日本の感覚で薄着で来てしまった私は、寒さに震えて景色を楽しむどころではなくなっていた。
「Il fait très froid !」
私が寒いと嘆くと、ジョゼフは自分が付けていたマフラーを貸してくれた。
・・・シャンティイに着いてから、彼が私に施してくれた”優しさ”はそのマフラーだけだった。
孤独
車を降りてから歩いている間、私は相棒の電子辞書が使えないので、彼らとの会話に困っていた。
昨日二人きりでいた時のジョゼフは、フランス語が未熟な私に一生懸命合わせてくれていたが、今日のようににフランス人の友人と一緒だとそれも面倒くさいようだ。
私は孤独な気持ちで、彼らの話すスラング混じりの理解不可能なフランス語を、ただなんとなく聞いているしかなかった。
そんな私の気持ちを察したのか、ジョゼフの友人のアランは何度も「大丈夫?」「楽しい?」と程よいタイミングで優しい言葉をかけてくれる。
その親切は涙がでそうなぐらいありがたかったが、今ここに置かれている自分の立場を思うと、アランとあまり関われないでいた。
行きの車中でジョゼフと親密すぎる行為を取った以上、「今日は彼と行動しなければ」と思い込んでいたのだ。
本性
森を抜けると広い草原が視界に広がり、その中の小径を私たちは歩いた。
小径をさらに進むと、湖の向こうにシャンティイ城が近付いてくる。
私はお城が見えてきた感動と、ただ自分の知っている単語を言いたくて、
「Château, château!!」
とはしゃいでみせた。
すると、横にいたジョゼフは「子どもみたいに言うな。」と軽蔑の混じった口調で注意し、それ以降あまり喋ってくれなくなった。
確かに私の言動は子どもじみていたと思う。
だからと言って、そこまで冷たくしなくてもいいではないか。
その後も、何か話した時「この男性格が悪いな」と思った私は、強い非難の意を込めてこう言った。
「Tu es mechant!!」
(意地悪!!)
すると、ジョゼフは全く悪びれもせず、「そうだよ。mechantだよ。」と開き直ってみせた。
このやりとりで私はジョゼフの本性がわかり、さっきまでこの男を頼っていた自分を本当に馬鹿だと思った。
反省
お城の前を通り過ぎると庭園や大厩舎、馬博物館などが見えてきた。
しかし、ジョゼフとの関係が最悪になり身の置きどころに困った私は、その風景を楽しむ余裕すらなくなっていた。
とにかく早くこの観光を終わらせ、彼らと別れてさっさとうちに帰りたい。
私は彼らから少し距離を置いて歩きながら、”キスによる高揚”で忘れていた、ジョゼフのイヤな点、昨日からひっかかっていたセリフなどを色々思い出していた。
そういえば・・・昨日ワインバーでキスをされる前、「ナンパはゲーム」だとか、「アジアの女はヨーロッパの男が好きなのを知ってる」と話していたことを思い出して、「そこまで堂々と言うって、こいつ私のことなめてるの!?」とイラッとしたのを思い出した。
そもそも私は、”ブラピ似の容姿と、ドラマティックな出会いと、書店員という肩書への好奇心”でジョゼフのナンパに応じてしまったが、彼の中身は全く好きではない。
「キスが気持ちいい」という理由でその行為に溺れてしまったが、昨日別れる時には「これで最後だな。ありがとう。さようなら。」という気持ちでケロッとしていたし、彼に対する執着は全くなかった。
「”好きでもない男にキスでひっかかる”って、トゥールの時のジュンイチくんの時から全然成長してないじゃん!?」とも思ったが、まだジュンイチくんは私を愛してくれていただけマシな気がする。
・・・考えれば考えるほど、自分の浅はかさを呪った。
帰りも行きと同じ座席配置だったが、荷物スペースに入ると、私はなるべくジョゼフから離れた位置に座った。
さすがに彼も私の怒りに気付いたようで、何もせず大人しく座っていた。
私たちは一言も喋ることはなく、行きのドライブとは真逆の重苦しい空気が車内後部を包みこんでいた。
Lina's café
パリに着いたら夕食の時間だったので、彼らに連れられ”Lina's café”という英国風サンドイッチ屋に入った。
私はこの店の存在を知らなかったのだが、”Lina's”はパリだけでも10店舗以上ある、フランスではお馴染みのサンドイッチのチェーン店らしい。
私はクラブサンドとオレンジジュースを頼み、4人がけのテーブルに座った。
もうジョゼフとは一切話したくなかったので、私は黙々とクラブサンドを食べ、この時間が早く過ぎ去るのを待っていた。
そんな私を見て、アランはまた「今日は楽しかった?」と何度も優しく聞いてくれた。
冷たいジョゼフとは対照的なアランの温かい人柄に感動し、私は好意さえ持ちそうになったが、「それは許されないことだ」と自分に言い聞かせた。
きっとアランは、行きの車中で私とジュゼフがイチャイチャしていたことを知っているだろう。
「こんな女のことなんか、絶対好きになってくれるわけがない。」
Alan
そろそろ時間ということで、帰りの地下鉄が同じ私とジョゼフは一緒に出ることになり、席を立とうとした。(もう送ってもらうつもりはなかったし、一緒に出る必要もなかったのだが)
するとアランは私を呼び止め、名残惜しそうにこう言った。
「レイコ、近いうちにみんなで日本食レストランに行こうよ!!」
彼の真摯な表情を見ると、社交辞令ではなく”心からの要望”にも受け取れる。
アランは、また私と会いたいと思ってくれているのだろうか・・・。
その日以来、私はアランという親切な青年に惹かれ、彼の存在が気になって仕方なくなってしまっていた。
・・・この不思議な巡り合わせは、のちにさらなる奇跡を起こすことになるのである。
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