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ジョゼフとの初デート(フランス恋物語㉘)

Rendez-vous

5月最初の土曜日、私はジョゼフと初デートに行くことになった。

ジョゼフに「何が食べたい?」と聞かれた時、私はパリに来てからなるべく和食が食べたかったので、「国虎屋」と答えた。

パリのガイドブックで「うどんが美味しい」と紹介されていて、うどんが大好物の私は前から行ってみたかったのだ。

ジョゼフは「いいね。僕も和食好きだよ。じゃ、国虎屋にしよう。」と言い、19時に国虎屋前で待ち合わせることになった。

国虎屋

国虎屋は大人気でいつも行列ができると聞いていたが、私が行った時は数人しか並んでおらず、列に並んでいる間にジョゼフがやってきた。

「Bonjour,Reiko. Ça va?」

私たちは、昔からの友達のようにビズをして挨拶する。

よく考えたら、彼とビズをするのはこれが初めてだ。

私は間近でジョゼフの顔を盗み見て、「やっぱりブラピに似てるな~」としみじみ思った。


自分たちの番が来て店内に入ると、おいしそうなだしの香りが充満していて、うどん好きには堪らない。

着席すると、私は肉うどん、ジョゼフはカツ丼を注文した。

国虎屋のうどんは確かに美味しかった。

関西出身の私にはあっさり味の出汁は懐かしく、久しぶりに食べる本場日本の味に感動していた。

ジョゼフの方を見ると器用に箸を使いこなしていて、その姿に驚く。

彼も和食が好きで、国虎屋にも何度か来たことがあるという。

美味しそうにカツ丼を食べるその姿を見て、和食がすっかりパリっ子に根付いているんだなと肌で感じた。


国虎屋で話したジョゼフは、本屋で会った時と同じで明るくて話しやすい人、という印象。

ただその中に少し軽薄さや狡猾さも見え隠れして、私は彼に対して警戒スイッチ(弱)を入れることを忘れなかった。

ワインバー

国虎屋での食事を終えると、ジョゼフ行きつけというワインバーに移動した。

さっきの国虎屋とはうって変わって、間接照明が店内を薄暗く照らす、大人の男女が集うオシャレなバーという感じだった。


私たちはカウンター席に並んで座り、まずはスパークリングワインで乾杯する。

笑顔でグラスを傾けながらも、私の頭の中は密かに対戦モードに入っていた。

ここからしっかりと話をして、このジョゼフという男を見抜かなければならない。

彼が「書店員」という身分がわかっていたから私は連絡先を教えたが、なんだかんだ言っても出会いはナンパである。

ジョゼフが、私のことを彼女候補と思ってくれているのか、単に体目当てなのか、これから起こる会話でこの男を見極めなければ。

一般的に考えれば、確率的には後者の方が高いだろう。

それがわかれば、はっきり拒否して帰ればいいだけの話だ。

私は自分の強い相棒となる電子辞書をテーブルに広げ、ジョゼフとの会話を開始した。

冷戦

話し始めてしばらくすると、会話の内容はお互いの恋愛事情に移ってゆく。

私は直近の恋人の存在を聞かれ、トゥールに住んでいた時にフランス人の彼氏がいたが、別れて今はいないと答えた。

ジョゼフは「3ケ月前に彼女と別れたばかり」だと言っていた。

この情報は自己申告だからどこまで信憑性のあるものかわからないが・・・。


ジョゼフに「なぜトゥールの彼氏と別れたのか?」と聞かれた時、私は一つの賭けに出た。

「結婚を前提に出来ない人とは付き合えないと思ったの。

彼は二十歳の大学生で若すぎたから。」

28歳で離婚して以降、2年間自由な独身生活を謳歌している私は、正直いって結婚願望なんてほとんどない。

でも、ずっと一緒にいられるパートナーや、近い未来には子どもも欲しかった。

ジョゼフが私を彼女候補と見て声をかけたのなら、少しは誠実な言葉を発してくれるかもしれない。

逆に体目当てなら、こんな重い女にはビビって逃げるだろう。

そうなったらそれまでだ。

恋を始めるのは慎重すぎるぐらいでいい・・・。


すると、ジョゼフは自分の思いを語りだした。

「俺は今29歳だけど、結婚を考えるのは35歳ぐらいかな。

来年あたり転職も考えてるし。

・・・あと、俺に限らずフランス人は結婚に慎重だから、あんまり結婚とか言わない方がいいよ。」

しまいには、フランス人男性の結婚観まで持ち出し私にアドバイスまでしてきた。(もちろん私は、そんな情報は知りすぎるほど知っている)


さぁ・・・これで私たち二人の腹の探り合いは終わった。

きっと彼は、私のことを重い真面目な日本人女だと思って諦めただろう。

もう私に手を出してくることはあるまい。

そろそろお開きになるかな

・・・そう私が安心していたら、ジョゼフは驚きの行動に出た。


なんと、隣に座っている私の肩を抱き寄せキスしてきたのだ。

私は面食らった。

さっきまで否定的な話をしていたのに、なぜいきなりそんな行動に出るのか・・・本当に理解できない。

私は顔を背けた後、軽く相手を睨みつけた。

しかしジョゼフはひるまず、私の顔を引き寄せるとさらに濃厚なキスを仕掛けてくる。

それは・・・拒否モードだった私を簡単に溶かすくらい、とても気持ちのいいものだった。

ヤバイ、この人のキス、ジュンイチくん以上だ・・・。

キスに弱い私はすっかりジョゼフのペースに飲まれてしまい、いつの間にか自らも能動的に舌を絡めていた

・・・私はフランスに来てからというもの、キスのハードルがかなり下がっていることを痛感した。

Fête

今日が初デートとは思えないようなキスを繰り広げた二人は、ワインバーを出ると恋人モードで手を繋いで街を歩いていた。

ジョゼフが「少し歩いた先の友人宅でFête(宅飲みパーティー)やってるから、一緒に行かない?」と言うので、行ってみることにした。

初めてデートする男と店ではなく人の家に行くというのは本来警戒すべき事案なのだが、彼があの本屋で働いているという身分開示とアルコールも手伝って、私は彼を信用することにした。

その友人宅は3Fにあるらしいのだが、エレベーターの中でも私たちは激しくキスをした。 

でも、わずかに残る冷静な部分で私は考えていた。

・・・一体、彼は友人たちの前で、私をどういう扱いで紹介するつもりなんだろう?


友人宅に入ってみると、本当に宅飲みで10人ぐらいのフランス人の若者男女が集結し、思い思いに談笑していた。

部屋にはピアノがあり、音大生のような男の子がとても上手にジャズを弾いていて、その空間をムーディーな雰囲気に仕上げている。

私は出されたワインを飲みながら、何人かの女の子たちと少し喋った。

彼女らは、いきなり紛れ込んだ外国人の私を受け入れ、気さくに話してくれた。

若者たちの喧騒とキスによる高揚とアルコールのせいで、ジョゼフが友人たちと何を話しているのか、私にはわからない。

ただ私たちの手はしっかりと繋がれたまま、人目も気にせず気ままにキスを続けている。

周りの友人たちからは、ジョゼフの新しい彼女と見られたのか・・・もしかしたら悪い男にひっかかった可哀想なアジア女と見られているのかもしれない。

でも、そんなことは気にならないくらい、その時の私はジョゼフとのキスがやめられないでいた・・・。

見送り

友人宅を出ると、ジョゼフに家まで送ってもらうことになった。

さんざんこの男とのキスを楽しんでおきながら、私はそれ以上の関係は拒否するつもりでいた。

案の定、ジョゼフは「今夜、一緒に寝ない?」と誘ってきた。

私はすかさず、「じゃ、あなたは私と結婚しなきゃいけないけど、いいの?」と、”重い女作戦”で応戦した。

ジョゼフは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を緩めて「わかったよ。」とすんなり諦めてくれた。

その笑顔が、本当にブラピに似ているなと思った。


もう、これでこの男と会うことはないだろう。

トキメキと、とろけるようなキスをありがとう。

そう思っていたら、なんとジョゼフは翌日も会うことを提案してきた。

「明日、友人の引っ越しで大きな車を借りるんだけど、引っ越し作業の後シャンティイにドライブするから、レイコも一緒に行かない?」

「・・・・・・・・・・。」


この男、キスはしてきたが、それ以上は私が拒否すると無理強いはしてこない。

今日一日で信頼関係もできたし、彼の言ってることは嘘ではないだろう。

なんと言っても、あの本屋で働いているという社会的身分を私は知っている。

どうせ明日も空いてるし、断る理由なんて何もない。

「じゃあ、明日も行く。」

私たちは2日連続で会うことになった。


「Bonne nuit. À demain.」
(おやすみ。また明日ね。)

アパルトマン前まで私を見送ると、ジョゼフは大人しく帰って行った。

・・・その日最後のキスだけは、なぜか紳士的なあっさりしたものだった。


翌日のドライブが新たな展開を生むことを、その時の私は何も知らない。


ーフランス恋物語㉙に続くー

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