プレ・クリスマスデート(フランス恋物語101)
Luxuary hotel
12月19日、土曜日の夜。
「ゴメンね。本当はイヴに予約したかったんだけど、どこもいっぱいだったから。」
・・・私と智哉くんは、六本木の高級ホテル53階のクラブラウンジにいる。
広く取られた窓からは、イルミネーションで彩られたミッドタウンや六本木ヒルズが見えて、とても綺麗だ。
「玲子はワインを飲む姿が似合ってるね。
オトナの女性って感じ。」
隣に座る智哉くんが、私をまぶしそうに見つめて言った。
「そう?ただワインが好きなだけだよ。」
そんな彼は、去年はビールしか飲まなかったのに、今夜はラウンジのオリジナルカクテルなんぞを嗜んでいる。
千葉雄大似の童顔な顔に変わりはないが、いつの間にやらジャケットが似合う大人の雰囲気を身に付けていた。
「学生からエリート企業に就職しただけで、男の人ってこんなに変わるもんなんだな・・・。」
私は感慨深い気持ちで、頼もしくなった新社会人を眺めていた・・・。
土曜の今日、智哉くんは休みだが、不動産屋で働く私は仕事だった。
彼は前から「イヴの代わりに、少し前の日程でいいホテルに泊まろう。」と言っていて、12月19日の今夜、ここに宿泊することになった。
クリスマス・プレデートとして、六本木のイタリアンで食事をした後、イルミネーションを見てまわり、最後の仕上げとしてここに来たというわけだ。
フランスにいた時セレブなニコラと付き合ったことはあったが、別れた後、「もう高級ホテルなんて、自分の人生には縁がないだろうな」と思っていた。
しかし、帰国後に復縁した智哉くんの誘いでこんなホテルに泊まれることになり、人生って不思議だなぁと思った・・・。
Club millenia suite
今夜私たちが泊まるのは、53階の”クラブミレニアスイート”という部屋だった。
寝室に入ると、ベッドの背面の大きな窓から絵画のような夜景が見える。
「わ、すごい!! スカイツリーも見える!!」
私が歓声を上げると、智哉くんが「こっちの方がすごいよ」と私の手を引いた。
それは、”ビューバス”といわれるもので、大理石のバスタブの横の窓から、東京の景色が一望できるようになっていた。
「玲子と一緒にお風呂からの眺めを見たくて、ここを予約したんだ。」
智哉くんは私を後ろから抱きしめた後、首元にキスをしながら服を脱がせ始めた。
「え・・・一緒にお風呂に入るの?」
復縁してから一緒にお風呂に入るのは初めてだったので、なんだか恥ずかしい。
私の照れる姿は、かえって彼の欲情をそそったようだった。
「いいね。恥ずかしがっている玲子見てたら、俺、燃えてきた。」
智哉くんに愛撫されると、初めは躊躇していた私も「せっかくだし楽しもうかな」とだんだん気分が乗ってくる。
結局、私たちは夜景の見えるバスルームで愛し合ってしまったのだった・・・。
終わった後、私たちは浴槽の中で抱き合いながら、キラキラ光る東京の夜景を眺めていた。
しばらくすると、彼は強い眼差しで自分の決意を語り始めた。
「俺、これから出世していっぱい稼いで、このくらいの高さの高層マンションに住むんだ。」
・・・高層の部屋なんて、たまに泊まるからいいんじゃないの?と思ったけれど、私はその言葉をつぐんだ。
「へぇ~、智哉くん、ヒルズ族になるの?」
「ヒルズ族かどうかはわからないけど、せっかく勉強して東大に入って、いい企業に就職できたんだから・・・。
これからもっと頑張って、絶対に俺は成功する。」
・・・彼が予想以上に向上心の強い人だということを知り、私は驚いた。
去年の今頃は、ただ恋愛や遊ぶことに夢中な大学生だったのに。
そんな彼が求める結婚相手は、未婚で同年代の、誰が見ても非の打ちどころのない可愛らしいお嬢さんだろう。
「バツイチで6歳上の自分じゃ、やっぱり合わないだろうな」と、私は心の中で溜め息をついた・・・。
Le lendemain matin
12月20日、日曜日。
翌朝、智哉くんのキスで私は目覚めた。
彼は私の体を求めようとしたが、今から出勤の私はやんわりと断り、出かける準備を始めた。
ベッドに寝そべったままの智哉くんは、メイクをする私を眺めながら言った。
「そうだ。俺、明日から完全に東京本社勤務に戻ったよ。
言ってたっけ?」
私は慌ただしく準備をしながら答える。
「昨日聞いたよ。出張生活終わって良かったね。」
彼は体を起こすと、目を輝かせて言った。
「せっかくだから、これからはもっと玲子と会いたいんだ。
12月23日の祝日の夜、会えないかな?
この日、夕方まで同期とパーティーがあるんだけど、夜は空いてるから。」
てっきりイヴまで会えないものだと思っていたので、その言葉は嬉しかった。
「いいよ。じゃ、智哉くんがうちに泊まりに来てくれる?
私が帰ってくるのは19:30過ぎだと思うけど、先に入ってていいから。」
智哉くんは、「わかった。」と言った。
準備が終わった私は鞄を持ち、ベッドの智哉くんに近づいた。
「じゃあ、23日楽しみにしてるね。
こんな素敵なホテルを用意してくれてありがとう。
仕事行ってきます。」
そう言って彼にキスをすると、私は部屋を出た。
Le déjeuner
12月23日、天皇誕生日。
世の中は祝日だが、不動産屋で働く私は仕事だった。
休憩室でお弁当を食べていると、たまたま及川さんと一緒になった。
彼は普段は職場の先輩として普通に接しているのに、私と二人きりになると急にチャラい言動になるのがめんどくさかった。
「玲子ちゃん、明日イヴだけどやっぱり彼氏と過ごすの?」
「ええ。」
彼は水嶋ヒロ似のチャラ男だったので、私は警戒して必要以上に話さないようにしていた。
「そりゃそうだよね。玲子ちゃんくらいの美人だったら、絶対彼氏いるよね。
イヴはどこに行くの?」
「恵比寿。」
「ふ~ん、恵比寿か・・・。オシャレでいいね。」
彼はしばらく黙った後、私に問いかけた。
「ねぇ、玲子ちゃんは、俺がイヴに誰と過ごすとか、興味ないの?」
私は冷たく言い放った。
「全く興味ないです。」
彼はシュンとした後、「玲子ちゃん、冷たいね。」と悲しそうに言った。
その姿を見て、私も少し言いすぎたかな?と反省した・・・。
イヤな予感
仕事が終わり自宅に帰っても、智哉くんの姿はなかった。
「同期とのパーティーは夕方までって言ってたけど、盛り上がって二次会とか行ってるのかな?」
とりあえず、晩御飯は彼の好きなカレーを作って待つことにした。
21時になっても帰って来ないので、私は先にカレーを食べた。
22時になっても連絡がないので、私は智哉くんにメールした。
今夜泊まりに来るんだよね?何時頃来る予定なの?
・・・しかし、何の音沙汰もない。
23時になると、携帯に電話をしてみた。
しかし3コール鳴った後、「お客様がおかけになった番号は、電源が入っていないか、電波が届かないところにいるためかかりません。」というアナウンスが流れ始めた。
怪しい・・・。これ、わざと携帯の電源を切ったパターンだ。
その後、何度電話をかけても同じアナウンスが流れるだけで、私は彼に電話するのを諦めた・・・。
その晩、私はモヤモヤして、ほとんど眠ることが出来なかった。
「同期のパーティーって言ってたけど、同期の女の子と何かあったのだろうか・・・?
それとも、ただみんなでドンチャン騒ぎをしているだけなんだろうか?
いずれにせよ、連絡なしで約束をドタキャンした上、携帯の電源を切るなんて悪質過ぎる。
明日、彼は約束通り私と会うつもりなんだろうか・・・?」
私は、明日自分が受けるダメージを最小限に食い止められるよう、最悪の事態も想定した。
La veille de Noël
12月24日、木曜日。
私は、暗い気持ちを抱えたまま出勤した。
相変わらず智哉くんからは何の連絡もない。
幸い、仕事に集中している間は、この憂鬱な出来事を忘れることができた・・・。
しかし、夕方になり辺りが暗くなってくると、今夜のことを考えざるを得なくなり、私は絶望的な気分になった。
今夜は、智哉くんとは19:45に恵比寿駅で待ち合わせ、レストランでディナー、ガーデンプレイスのイルミネーションを見て、彼の家に泊まる・・・という予定だ。
彼は約束通り、待ち合わせに来るんだろうか?
断るにしても、連絡はちゃんとしてくる子だったのにな・・・。
「よろしくね、玲子ちゃん。」
今日最後の仕事は及川さんの同行で、私は彼の運転する車に乗っていた。
大家さんのお宅に伺い、契約書に署名・捺印をもらいに行くという簡単な用件だ。
車が走り出すと、彼はいつものチャラ男口調で話し始めた。
「いよいよ今夜は、彼氏とデートだね。」
いつもなら素っ気ない返事をする私も、この時ばかりはチャラ男相手でも泣きつきたい気分だった。
私は「もういいや」とヤケクソになり、自分の気持ちを吐露していた。
「もしかしたら、私・・・今夜フラれるかもしれません。
昨夜も泊まりに来るって言ったのに来なくて、連絡も取れなくて・・・。」
そう話しただけで泣きだしてしまい、運転中の先輩を驚かせた。
「ちょ・・・ちょっと待って。近くに車止めるから。」
そう言うと、彼は公園の前に車を停めた。
泣き続けていると、彼は私を優しく抱きしめてくれた。
及川さんから、私の好きな香水の匂いがする・・・。
昨夜あった出来事を話すと、彼はこう言った。
「大丈夫だよ。玲子ちゃん。
男って友達と騒いでる時、『彼女の存在を気にするのカッコ悪い』って思って、変に気を遣ったりするから。
同期ばっかだと周りの目もあるだろうし、いきなり女の子と泊まったりはしないって。」
・・・そんなこと慰めに過ぎないことはわかっていたが、それでも彼の言葉は嬉しかった。
やっと泣き止んだ私は、今夜の決意表明をした。
「突然泣いたりしてごめんなさい。
今夜、彼に会ってちゃんと話を聞いてきます。
会ってもらえないかもしれないけど・・・。」
及川さんは、私の頭を優しくポンポンと撫でた。
「大丈夫だよ。
玲子ちゃんみたいなイイ女を振る男なんていないって。
とりあえず、明日どうだったか話聞かせて。」
・・・明日25日、私は休みを取っていた。
「私、明日休み取ってます。」
及川さんは苦笑した。
「そっか。じゃ、明後日以降また教えて。
俺はいつでも話聞くから。」
・・・チャラ男に心を許したのは不本意だったが、彼に打ち明けたことで、自分の心が軽くなったことは否めなかった。
仕事が終わると、私服に着替えて恵比寿駅に向かった。
私はこれから闘いに行くつもりで、一番シックな服を着て、メイク直しにも気合を入れてきた。
さっき十分泣いたから、何を言われても、もう私は泣かない。
果たして、智哉くんは現れるのだろうか。
この後私は、人生最悪のイヴを迎えることになる・・・。
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