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波乱万丈のクリスマスイヴ(フランス恋物語102)

Le trahison

12月24日、木曜日、19時45分。

約束していたJR恵比寿駅東口の改札前に行くと・・・そこに智哉くんの姿はあった。

ただ、その表情は陰鬱で、とてもこれからクリスマスデートに行くというものではない。

その顔を見ただけで、私は絶望的な気持ちになった。


彼の前に立つと、私は昨日からの不満をぶちまけた。

「なんで昨日、連絡くれなかったの?」

その問いには答えず、智哉くんは絞り出すようにこう言った。

「玲子、ごめん・・・。

悪いけど、俺と別れてください。」

そう言うと、大きな紙袋を差し出してきた。

中には、彼の部屋に置いていた私の荷物が無造作に詰め込まれている。

「はぁ・・・!?」

・・・この人、いきなり何言ってるの?

しかも、荷物をまとめて返してくるなんて、かなり本気なやつじゃん!!


私の気迫に負けないよう、彼はいっきに昨日の顛末を語りだした。

「昨日の同期会で、すごく好きだった女の子に再会したんだ。

4月の新人研修で一目惚れしたんだけど、その時は彼氏がいると聞いて諦めてた。

でも、昨日『最近別れた』って言ってて、二人で話してたらいい雰囲気になって・・・。

『イヴは何も予定がないし、今日も会いたい。』って言われたんだ。」

・・・そんなの私、知らないよ。

私は思いっきり智哉くんを睨みつけた。

彼は、自分の正当性を強調するため、いかにその女の子が魅力的かを語り始めた。

「その子、有名女子大卒で、同期の中で一番可愛くて、男性社員の憧れの的だったんだ。

女の子として魅力的なだけじゃなくて、賞をもらうくらい仕事もできる子で、一緒にいたら自分も成長できそうだと思ったし・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

彼の言い訳を聞いているうちに、私は自分の予想が当たりすぎて笑えてきた。

もう、怒りを通り越して諦めの境地に達している。

そうだよね・・・。

遅かれ早かれ、彼が自分に見合った女の子と出会って、私を捨てるだろうことは覚悟していた。

ただ、自分から「クリスマスは一緒に過ごそう」って言ったんだから、その期限くらいは守ってよ・・・。


私は、どうしても聞きたかったことを質問した。

「智哉くんは、『自分には彼女はいない』って言ったの?」

昨夜、その子と寝たりした?」

彼は最後に律儀なところを見せた。

「ううん。

俺、嘘はつきたくないから、『今、彼女いるけど、別れるから待って。』って言った。

その子は俺に、『彼女のいる人とは泊まれない。あなたがちゃんと別れるまで待つ。』って言ってくれたんだ。

昨夜はバーで飲んでただけだよ。」

・・・何なの!?その強い結びつき。

私もう、ただの邪魔者じゃん。


完全に諦めがついた私は、昨夜用意していたセリフを言うことにした。

「わかったよ。別れてあげる。

去年のクリスマス・・・智哉くんは私と別れて、快くフランスに送り出してくれたよね。

だから、今年は私が言うよ。

『今までありがとう。行ってらっしゃい。』って・・・。」

全部言いきって智哉くんの顔を見ると、彼の目からは涙がこぼれていた。

「玲子、本当にごめんなさい。

俺の方こそ、今までありがとう。

玲子、大好きだったよ。」

・・・そんな言葉、全然聞きたくない。

「泣くんじゃないよ。今からデートなんでしょ?」

そう言うと、私は預かっていた合鍵を鞄から出して返した。

「これもいらないから返す。

私の合鍵は?」

智哉くんは泣きながら答えた。

「その袋の中に入ってる。」

私は彼がまとめた袋の中をガサゴソと点検した。

「うん。鍵確認した。

今見た感じ、私の荷物は全部ここに入ってると思う。

もし、忘れ物があったとしても、もういらないから全部捨ててね。

私んちに置いてた、智哉くんのお泊まりセットは送った方がいいの?」

彼は涙を拭きながら言った。

「いらない。捨ててくれていいよ。」

もう確認すべきことは終わった。

そろそろ、クロージングしないと。

私は最後の気力を振り絞って言った。

「智哉くん・・・。

あなた、悩み事とかあるとすぐ私に電話してくるでしょ?

お願いだから、もう二度と連絡してこないで。

私も智哉くんの連絡先消すから。」

寂しそうな顔で彼は答えた。

「うん・・・。」

バカ、泣きたいのはこっちだよ。

「じゃあね。」

そう言って背中を向けると、私は再び改札に入って行った。

Le conseiller

恵比寿駅のホームに降りると、私はベンチに座って考えた。

「こんな気持ちのまま、うちに帰って一人でグジグジ落ち込むのはイヤだ。

誰でもいいから、話を聞いてくれる人はいないかな?」

周りの女友達はみんな彼氏がいるか家族持ちで、イヴの夜に空いてる人なんていない。

かと言って男友達を呼んで、イヴだからと勘違いされたらたまったもんじゃない。


すると・・・”クリスマス・イヴと最も無縁な人物”が一人浮かび上がった。

”無宗教なフランス人、フィリップ”だ!!

彼は、「12月24日と25日はいつも通り普通に過ごす」と言っていた。

多分まだ空いてるだろうし、イヴに私が呼び出しても、そこから特別な意味を見出すことはないだろう。

私はフィリップにメールしてみた。

急にごめんなさい。今って空いてる?
彼氏とのデートが急にキャンセルになったから、よかったら今からエシャンジュしない?

(※”échange”(エシャンジュ):外国人同士がお互いに言語を教え合うこと)

すると、すぐに返事が返ってきた。

いいよ。
僕は今都内にいるから、30分後に品川駅のいつものカフェでどうかな?

私は、山手線で品川に向かうことにした。

Philippe

先に着いた私は、カフェでホットココアを飲みながらフィリップを待った。

「あぁ、フィリップがつかまって良かった。

彼なら真面目に話を聞いてくれそうだし、変な雰囲気になることもないだろうし・・・。」

”失恋で慰められ、その人を好きだと勘違いし、恋仲になる”・・・フィリップには大変失礼だが、その王道パターンは何としても避けたかった。


「やぁ、お待たせ。」

しばらくすると、コーヒーを持ったフィリップが入ってきた。

「ごめんね。急に。」

私の向かいの席に座ると、彼は不思議そうに尋ねた。

「今夜は、彼氏とデートじゃなかったの?」

私は努めて冷静に、今日あったことを話した。

「『他に好きな人ができた』ってフラれちゃったの。

昨日再会した会社の同期で、憧れてた人なんだって。」

「Ma pauvre.」

彼はフランス語で「可哀想に。」と言った。


”エシャンジュ”というのはそっちのけで、私は一昨年の智哉くんとの出会いから去年のクリスマスまで交際していた話、そして先月11月28日にヨリを戻し、今日フラれた話までを一挙に語った。

・・・さて、フィリップは何と言うのだろう?

彼の反応は、エリート思考の高い智哉くんを批判するものだった。

「玲子は見る目がないね。

その男、人の肩書ばっかり見て、玲子の本質を見ようとしていない。」

私は反論した。

「フィリップはフランス人だから、知らないだけだよ。

東京大学って天才レベルじゃないと入れない大学だし、彼の働いている企業だって、日本人なら誰もが知っているすごい会社だし・・・。」

フィリップは呆れたような表情で、私に言った。

「東大って、日本の中では一番かもしれないけど、世界の大学ランキングだと、20位以内に入ってないよ。

僕の友達に、オックスフォード大やハーバード大、グランゼコール出身で、卒業後は世界的に有名な企業で働いている人が何人かいるけど、彼らは結婚相手に離婚歴があるかどうかなんて気にせず選んでいる。

なんで玲子がそんな器の小さい男にこだわっているのか、僕には理解できない。」

「・・・・・・・・・・。」


またまたフィリップの言うことが正論すぎて、私は返す言葉がなかった。

私にとって智哉くんは、そんなエリート要素より、母性本能をくすぐるルックスとか、体の相性とか、なかなか手放せなかった別の魅力があったんだけど。

それをフィリップに言うのは憚られて、何も言わなかったが。

「わかった。

私もこれで痛い目をみたから、次気になる男性に会ったら、初めにちゃんと離婚歴があることを言って、『それでも気にしない。』っていう人を選ぼうと思ってる。」

フィリップは、日仏の結婚観の違いについて語った。

「フランスなんて『愛の国』だからカトリックの考えが厳しいけど、それでも離婚する時はみんなするよ。

最近は”PACS”を選択するカップルもだいぶ増えてきてるし・・・。」

【民事連帯契約】(Pacte Civil de Solidarité:通称PACS)
1999年にフランスの民法改正により認められることになった「同性または異性の成人2名による、共同生活を結ぶために締結される契約」である(フランス民法第515-1条)
異性あるいは同性のカップルが、婚姻より規則が緩く同棲よりも法的権利などをより享受できる、新しい家族組織を国家として容認する制度。
1999年にフランスで制定されて以降、欧州各国に広まりつつある。

「うん、PACSについては私も知ってて、日本もその制度を取り入れればいいのになと常々思ってるよ。」

私もフランス人女性としてフランスに生まれていれば、こんなに悩むことはなかったのだろうか。

いや、どこでどの国籍で生まれようと、私はいつも恋愛で悩んでいそうだ・・・。


私の失恋話が一段落すると会話は雑談に変わり、その頃には気持ちもだいぶ落ち着いていた。

フィリップと話したおかげで、今まで没入していた”自分と智哉くんだけの世界”がとても狭く感じられる。

・・・そうだ、世の中に男はたくさんいる。

もともと、帰国後智哉くんとヨリを戻す気はなかったことも、今頃になって思い出した。

「あ、もう23時だね。そろそろ帰らなきゃ。」

「レイコ、もう大丈夫なの?」

心配そうに聞くフィリップに対し、私は笑顔で応えた。

「うん、フィリップのおかげで元気が出た。ありがとう。」

彼は私の両手を握ると、真剣な顔で言った。

「僕はレイコと会って4回目だけど、君の良さをよく知っているよ。

僕はいつでも君の味方だ。

困っていることがあったらいつでも相談してきて。」

私は、理性的で正義感の強い友人を得て、心強いと思った。

「Merci beausoup!!(どうも、ありがとう)

あ、来週は年末で私東京にいないかもしれないから、次のエシャンジュは来年の1月6日水曜日でよろしくね。

Bonne fin d'année !!(良いお年を)」

そう言うと、フランス流の挨拶”ビズ”をして、先にカフェを出た。

E-mail

帰宅後、お風呂から上がり時計を見ると、日付は変わって12月25日になっていた。

「はぁ、メリークリスマスかぁ。」

今頃ラブラブで過ごしているであろう、智哉くんと新しい彼女を思い出し、私は一瞬イヤな気持ちになった。

「・・・いやいや、終わった恋は振り返らない。

メールチェックでもしよ。

ミカエルからメールが来てるかもしれないし。」

私は気を取り直して、パソコンのメールチェックをすることにした。

そういえば、昨日は気が気でなくて、日課だったのに見るのを忘れてたんだった・・・。

溜まったメールボックスを開いてゆくと、私は思わず「うそ!!」と声をあげた。


そこには、予想外の人物から、メールが届いていたのだった・・・。


ーフランス恋物語103に続くー

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