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フィリップの告白(フランス恋物語116)

職場恋愛の末路

2月11日(木)

不動産屋の先輩・後輩として知り合い、一緒に仕事をするうちに惹かれ合った類と私。

1月の終わりからお付き合いを始めたが、一昨日類が既婚者ということを知ってしまい、私たちは泣く泣く別れた

今日は、別れてから初めて職場で顔を会わせる日だ。

私は出社するのが憂鬱で仕方がなかった。


「おはようございます。」

類が出社し、他人行儀に挨拶をしてきた。

その顔は無表情でそっけなくて、私の心を曇らせた。

類は今、何を考えているんだろう?

今日は類のことが気になって、仕事が手に付きそうにない。

あぁ、やっぱり私は類のことが好きだ。

辛い・・・まだそう簡単には割り切れないよ・・・。


図らずも、今日はたまたま類と車内で二人きりになる機会があった。

二人で客の内見案内を終えた後、客が現地解散でいいと申し出たのだ。

気まずい気持ちのまま、私たちは車に乗った。

類から香る香水の匂いが、私の心を切なくさせる・・・。

運転席の類がエンジンをかけると、車が走り出した。


しばらく沈黙が続いたが、類が思い立ったように口火を切った。

「あのさ・・・玲子ちゃん・・・。」

彼は相変わらず私を”玲子ちゃん”と呼んだ。

「はい・・・。」

「俺、昨日色々考えたんだけど、やっぱり玲子ちゃんのことが好きだ。」

私だってまだまだ類のことが好きだよ・・・と言いたくなるのをグッとこらえた。

「うん・・・。」

どうしよう。私は何て言ったらいいんだろう。

赤信号になると、類は私を真剣に見つめて言った。

「俺、決めたんだ。

今までは妻と向き合うのが面倒になって放ったらかしにしてたけど、ちゃんと離婚に向けて動くよ。

だから・・・離婚できたらもう一度俺と付き合うこと考えてみて。

俺、どうしても玲子ちゃんのこと諦めきれないんだ。」

類の言葉は嬉しかった。

でも・・・それを認めたくない自分もいる。

少し考えてから、私は答えた。

「私だって、まだ類のことは好きだよ。

でも、私のために類が離婚するって言ったら、なんか責任感じちゃってイヤだ。

奥さんとは、もうやり直せないの?」

類はきっぱりと言った。

「妻とは・・・無理だね。

もう別れることしか考えてない。

別に玲子ちゃんの存在は一つのきっかけであって、離婚を決意した直接の原因ではないよ。

元々俺は離婚したかったし、だからこそ1年も別居してる訳だし。

玲子ちゃんが責任を感じることは何もないよ。」

それでも私は、類に騙された不信感が消えなかった。

「私・・・類が『バレなきゃいい』って思ってたことが許せないの。

見た目はチャライけど、実は真面目で努力家なことがわかって、類のこと尊敬してたのに・・・。

ルーズで嘘つきな人だと知ってすごくショックだった。

類が離婚しようが、その気持ちは変わらない。」

類は一つ溜め息をついてから言った。

「そっか・・・。

いずれにせよ、玲子ちゃんのおかげで、俺はちゃんと離婚しようっていう気になれた。

その点では、玲子ちゃんに感謝してるよ。」

そんなことでお礼を言われても、全然嬉しくない・・・。


そこからお互い無言になったが、車を降りる直前に類はこう宣言した。

「とにかく俺は玲子ちゃんのこと、諦めないから。

離婚できたらもう一度告白するから、そのつもりでいて。」

「・・・・・・。」

私は何も返事することができず、そのまま車を降りた。

Philippe

仕事帰り、フィリップとカフェで会い、エシャンジュ(お互いの言語を教え合う会)をした。

今日は2時間取っていて、前半はフランス語のレッスンだ。

先週に引き続き、私は絵梨花ちゃんの結婚式のフランス語のスピーチの練習をした。

スピーチの原稿は先週フィリップと一緒に清書を終えて、あとはすらすらと読み上げるのが課題だった。

フィリップは私の発音やアクセントの矯正をし、上手くフランス語の文を読み上げるコツを教えてくれた。

彼の指導は適切で、1時間の練習で本番に臨めるまでのレベルにまで仕上がった。

「ありがとう、フィリップ。

これで私、不安なく本番を迎えられると思う。」

フィリップは満足そうに頷いた。


後半の1時間は日本語での雑談だった。

フィリップは私のプライべートについて聞きたがった。

「この間話していた、顔がイケメンと言っていた彼とは上手くいってるの?」

やっぱり来たか・・・。

「昨日、別れたよ。相手が既婚者ってことがわかったの。」

「Oh mon dieu!」

・・・また、フィリップのフランス語版「Oh my god!」が出た。

「なんてことだ、その男はひどすぎる。

やっぱりレイコは男を見る目がないよ。」

そうだね、今回ばかりはフィリップの言うとおりだ・・・。

「あのね・・・その人、見た目が若いし、生活感ないし、結婚指輪してなかったから、とても既婚者に見えなかったの。

会社の人が教えてくれて、彼が結婚してることがわかったんだけど。

付き合っている時はすごく幸せだったのにな。

私・・・ずっと知らないままの方が良かったのかな?」

気が付くと、私は泣いていた。

「ちょっと、レイコ・・・。大丈夫?」

突然のことに、フィリップは慌てた。

彼は少し黙っていたが、私の手を握るとこう言った。

「レイコ、僕と付き合おう。

僕はこの通り独身だし、誠実だし、レイコを泣かせるようなことは絶対しない。

決してかっこよくはないけれど、誰よりもレイコを幸せにする自信はあるよ。」

この人・・・なんでこのタイミングで告白するかな?

私は呆れてしまって、流れる涙もすっかり止まってしまった。

「ごめんなさい。

フィリップの気持ちは嬉しいけど、私はまだその人のことが好きなの。

だから、フィリップの気持ちには応えられない。」

本当は、「あなたのことがタイプではない」と言いたかったが、そこは違う言葉で断る口実にした。

もしフィリップがタイプだったら、私は新しい恋に乗り換えていたかもしれない。

あれ、「恋はお休み」するんじゃなかったっけ!?

そうだ、私は根っからの恋愛体質だった・・・。


フィリップはまたもや「Oh mon dieu!」と言った。

そして辛そうに言った。

「そうか・・・。レイコ残念だよ。

僕は初めて見た時からレイコが好きで、毎週エシャンジュで会えるのが楽しみだった。

でも、これ以上レイコと会って、もっと好きになるのは辛い。

僕に望みがないのなら、もう会うのはやめよう。

僕は君を忘れる努力をしなければ。」

私は「わかった。」とだけ答え、こう思った。

「もう会うのはやめよう。」って、なんで私がフラれたような言い方になるんだよ。

まぁいいけどさ・・・。


こうして、一人の優秀なフランス語講師が私の元から去った。

私はこれを教訓に思った。

「もう二度と、タイプではない異性とはエシャンジュをしない」と。

結婚式お呼ばれ前夜

2月13日、土曜日。

あれから数日経って、いよいよ絵梨花ちゃんの結婚式前日となった。

私の働く不動産屋は土日祝は基本休めないことになっているが、今回は冠婚葬祭ということで特別に許可を貰った。

明日の挙式は明治神宮での神前結婚式で、私は訪問着で参列する予定だった。

「よし、美容院も予約したし、スピーチの練習はバッチリだし、準備は万端!!」

私は久しぶりに呼ばれる友人の結婚式に気合が入っている。

パリ生活でお世話になった絵梨花ちゃんをお祝いしたいし、明日のおめでたい場での出会いに、少なからず期待しているのも事実だった。

「あぁ、今度こそ独身の、類を忘れさせてくれるいい人とご縁がないかな・・・?」


明日の結婚式で、私は意外な人物との再会に驚くことになるのだった・・・。


ーフランス恋物語117に続くー

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