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ロンドンの素敵なイングリッシュガーデンには夜な夜なエッジィな若者たちが集っていたよ

部屋には窓がない。リビングからピアノの音が聞こえてくると、ああ朝になったんだなと思う。
巨大な倉庫をロフトのような作りにして1Fと2Fを作り、それぞれの部屋と部屋の間はベニヤ板で簡単に仕切ってあるだけの"個部屋"が何十個も並んでおり、それぞれにヒッピー老夫婦、音楽オタクの青年、ピザ大好きアメリカンガール、ジャンキーでVAPE売りの青年、中国人経営の日本料理屋で働くドイツ人の女の子などなど本当に様々な人間が住んでいる。

ピアノの主は、ロジャーという音楽セラピストのおじいちゃんである。
蛍光イエローの髪が違和感なくおしゃれ。
毎朝だいたい9時くらいに1時間ほどピアノを触って、それからオリジナルのエクササイズをこなしてからランチに自家製のバナナプラムジャムとトーストをかじっている。

傍らでは、昼夜問わず家中のペンキの剥がれを見つけてはペイントしている青年ニックがマンチェスター訛りの英語でもってラジオの如くしゃべっている。

日本以外の国に行くといつも思うのだが、皆どうやって生きてるの?というくらい働き方が多種多様で、平日休日構わず常に人がうろついている。

月〜金まで週五日働くのが当たり前だと思っていた私の脳みそはこの人たち30すぎてまともに働いてないけど大丈夫なの?と混乱している、しかし私を見てご覧ロンドンにやってきたはいいものの未だ無職で平日の昼間にペイントブラシを握りドアの縁を白く塗っている。

しかし私はなぜか自分に対してひどく楽観的な気持ちだ。

グラスゴーの時は本当にメンタルが常にエッジギリギリの状態だったのだが、私はこの倉庫暮らしにだいぶ救われている。

朝はおじいちゃんとお話しして、昼間は各々出かけたり用事を足して、
夕方は老夫婦とお茶をして、
夜になると同世代の若者たちが続々帰って来ては「近所のスーパーにチリフレークが売ってなかったから3軒もまわっちゃったよ」とか「電車めっちゃ混んでて何かと思ったら途中で止まりやがったから歩いて帰って来た」とかそういう話をしながら皆で好きな音楽をかけて各自の夕飯を作っている。

私はこれを求めていたんだなと強く思った。

私がグラスゴーを飛び出したのは、どんな理由をつけても詰まるところこの"まじでどうでもいい話"を日常的にできる人たちを探していたからなのかもしれない。

チリフレークを探していたアダムは今日はエシャロットという玉ねぎを探し求めて5軒回ったらしい。彼のスーパー巡業ストーリーはどういうわけか私の笑いのツボにすっぽりハマってしまい「聞いてよ、今日スーパー行ったらさ…」のセリフが始まった時点で私はひとり笑い転げている。

アダムのリュックは常にチャックというチャックが全て全開なので、一体なんで?と聞くと「そういうものなんだ」といって去っていった。その言い方を思い出しては私はその日ひとりニヤニヤと幸せな一日を過ごした。


昨夜は、そのアダムが主催する森のガーデンハウスパーティーがあるというので一体どんなピースフルなイベントなんだと深夜0時・僻地にあるその会場に行ってみるとそれはかなり前衛的なレイブパーティーであった。

昼間はイングリッシュガーデンおばちゃんたちがアフタヌーンティーでも楽しんでいるのだろう温室が、夜は得体の知れない若者で溢れかえっていた。

ビカビカのネオン菅に照らされたDJブースは格子で仕切られており、完全にイッちゃってる様子のスキンヘッド小僧たちがそれに囚人の如く捕まって何か叫んでいる。完全に目の焦点が合ってない人々がぐったりとソファに積み重なるように倒れている。その傍らでは、きれいに手入れされた白く小さな花が揺れていた。

サウンドは一体なんていうジャンルなのかさっぱりわからないが、ジャングル・なんたらレイブなんたらハードコアミニマルテクノらしい。全くよくわからないが聞いたことのない音で、なんだか久しぶりに音楽っておもしれえな!というティーンエイジ・マインドが返ってきた気がした。

私は全くの文無しなので、その辺の知らない人に奢ってもらったビール一杯のみでほぼシラフのままフロアーを漂っていた。

ロンドンに来たのだ、という感慨がしみじみと湧いてくる。

ビカビカの光と人々の叫び声を聞きながら、なんだか妙にワクワクと胸が熱かった。

いきなり肩を叩かれた、と思ったらルームメイトのビリーが本格的にラリった状態でハーイ!と登場、それから続々とルームメイトが現れ、さてアダムがDJをするぞとなると皆スマホを準備して待ち構えアダムが何をしても「アダムいいぞ〜!」とはしゃぎ尽くし、ほとんど授業参観のようであった。

結局朝の5時まで騒ぎ尽くした私たち一行は、タクシー代をけちり1時間かけて家まで歩いて帰った。

2ポンドの安いフライドポテトを皆で分け合いながら歩く朝の道は、
尋常でないくらいすてきだった。


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