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act:4-謎の真っ赤な木原線を追え!【遭遇編】

前回までのお話はこちら ↓

 その後もジッと猿稲踏切脇の斜面の草むらに潜む一同、というかオレとユーイチ。ヒロツンは先ほどから遮断機の脇に立って左手は腰に、右手はオデコにあてて、上り線と下り線を交互に、そして丁寧に首を振りながら見張っている。その一定のペースで振る首の動きがちょっと機械的で、まるで電気仕掛けの玩具のようで滑稽だ、そのうちオモチャのロボットみたいに口から火花でも噴くんじゃなかろうか。
そんな我々の様子を見て、近所の農家のおばちゃんが笑いながら通り過ぎていった。
『ふん愚かな笑わば笑え!しょせん我々のミッションの真の目的など想像しようもなかろう!』

(写真左:国鉄木原線 猿稲踏切 写真右:我々が真っ赤な木原線を待ち潜んでいた斜面)

しかし木原線は意外と厄介だった、そもそも上下線とも一時間に一本ぐらいしか来ないので、次にいつ来るかがまるで分からない、そうやって時間ばかりが刻々と過ぎていく。なぜ時刻表を確認してこなかったんだろうか我ら『大多喜無敵探検隊』痛恨のミスである。
そのうち血気盛んなユーイチがじれったくなったのか線路に飛び出した。そしてちょっと得意そうな顔で列車の接近を遠くから知る術を披露し始める、なんでも前に何かのTVドラマで見たらしい。
『こうすりゃ木原線が来たら音で分かるんだぞ!どうだウハハハ!』
それは線路に耳をピタッとくっつけることで、伝わってくるその振動と音により、はるか遠くから接近する列車を事前にキャッチできるのだという。
うーん、こんなので本当にずっと遠くの木原線を察知できるのだろうか?さすがにオレでも疑問に感じたが、そんなことは気にもせずユーイチはさっきからずっと線路に耳をくっつけている。その線路を枕にしてうずくまるような、いやまるでかれたシカかイノシシみたいな一種異様な光景を、オレとヒロツンは半信半疑でジーっと只々眺めていた、‥あぁ、大多喜の午後は今日もとっても穏やかだ。

 そして突然その瞬間はやってきた!
ニヤリとほくそ笑むユーイチ、線路を叩くあのリズミカルな鉄輪の音が辺りにいきなり響きだしたのだ、眠たかった辺りの空気がいっぺんに変わる。さらにこの音と同時に、上り大原方面カーブの木々の影からヌゥッと木原線が顔を出したのだ!
『あ!真っ赤な木原線!』
さすがウェーズミの情報は今回も確かだった!本当にアメリカザリガニみたいに全身真っ赤な木原線が、線路の向こうから車体を重そうに揺すりながらこっちに向ってきたのだ(※1)。

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(昭和の頃にTVドラマの影響で、線路に耳をあてて接近する列車を察知するのが流行りましたが、令和の良い子は危ないので絶対やめましょう、なにより私たちのように盛大に迷惑をかけます)

 しかしここで何とトラブル発生!
駅側を、つまり近づいてくる木原線の逆側を向いて線路に耳をあてていたユーイチは、すぐ背後に列車が迫っていたことに気付いて振り向き、そのあまりの近さと大きさに面喰らったようで、あろうことか線路上で固まってしまったのだ!
確かにカーブを越えたところからは精々100mも離れていないのではないだろうか、駅に停車するためにスピードは控え目だったと思うが、それでも列車はグングン近づいてくるわけだ、まぁユーイチではなくとも普通にビビるわな。もちろん木原線の運転士も、踏切前に異様な形でうずくまるユーイチに即座に気付き、連続して警笛を鳴らしたのち、急停車を始めた。
『キキキキィー!』
辺りに列車の急ブレーキの甲高い音が響き渡る、とっさに《これはマズイ!》と思ったオレはユーイチの手を思いっきり引き、先の踏切脇の草むらに飛びこむようにして身を隠した。
真っ赤な列車はヒステリックなブレーキ音を尚も響かせながらも見る見る停止し、挙句には猿稲踏切をふさぐ形で我々の眼前で完全に止まってしまった!こりゃまた全く何てこったい!
さらに運の悪いことに、我々が見上げるとそこは列車の最後尾で車掌室、当然車掌と目が合う。そこから車掌が窓から身を乗り出したかと思うと鬼の形相でオレたちを睨み右手でビシッと指さして、なんと笛でピー!ピー!やり始めた。声ではなく銀色のホイッスルで一際ひときわ大きな音でピーピー!ピーピー!どこまでもいつまでもピーピーピー!
笛吹きの悪魔と化した車掌の激しすぎるホイッスルの音に、俺たちは底知れぬ恐怖を感じた。
そして踏切の遮断機が大きな赤いランプを点滅させながら、けたたましくカーンカーン!カーンカーン!と鳴り続けてて、ずっと鳴りやまない。まーそりゃそうか、列車が踏切で止まってるんだもんな、遮断機が下りたままだしそりゃ鳴り続けるか。何にしてもこれはヤバイぞ何だかヤバイ、トンでもなく途方もなくヤバイ!何がヤバイってこの状況全てが全て全部ヤバイ、ヤバすぎる!
目の前の視界を覆い隠すように立ちはだかる真っ赤な木原線、ホイッスルの悪魔と化した車掌の笛ピー!ピー!さらにこれまた永遠に終わらない遮断機のカーンカーン!カーンカーン!
俺たちは、本当に不意に異世界に飛ばされてしまったような気分だった。あまりに日常感がなく、どこか他人事にさえ思えるような‥。
この危機迫る状況をどうもうまく伝えられないが、それでも簡潔に言うと『目の前すべてが異常事態、オレたちは何もかもが終わった』全くそんな感じだったのだ。
《は!そうか!あの車掌の姿をしたホイッスルの悪魔のせいだ!悪魔だからアイツが何かしたに違いない!!》

一瞬そんな謎思考がオレの頭をよぎるが所詮は現実逃避だ、事態は何も変わろう筈がない。どう客観的にみようとも、オレたちが非常にまずいことを起こしてしまったのは一目瞭然だったのだ。
この異常な空気に呑まれて、すっかり足がすくんで呆然としつつも、それでも尚も見つからないようにと、草むらに必死に身を隠すオレたち。その様子を列車の窓から何ごとかと乗客たちが覗き込みだした。
そうなんだ、幾ら背の高い草に身を隠そうとしても、高い位置にある列車の窓からは、オレたちは丸見えだったのだ。まさに『頭隠して尻隠さず』のことわざどおりだったに違いない。どうしようもなく無様である。
一同その事実に気づいた瞬間、蜘蛛の子を散らすように『わーーー!』と叫んで一斉に逃げ出した。
脱出ルートは来た時と同様に、踏切下のエロ映画ばかりを流す映画館の脇道から農協の裏手に隠れるように滑り込み、ディスカウントストアー『ポピンズ』の辺りまで裏道を駆け抜けて、そのあとは新寿司と喫茶『緑の館』の間から田んぼのあぜ道を爆速で渡り切り、我らの安全地帯である青龍神社(※2)まで撤退をしたのだった。
・・だが逃亡者となり人目を忍び逃げるオレの頭の中には、ある事件の記憶がよぎっていた、確か子供がいたずらで鉄道を止めたら、その当人の家に国鉄から3,000万円の賠償請求がいったというニュースだ。
これは恐ろしいことである!
そんな大金を払う余地はない全くない!何故ならオレの1か月のお小遣いは1,000円もないのだ!一体何十年かかったら返済できるというのであろう。そうなったらもう二度と駄菓子屋でお菓子が買えない、プラモデルもジュースもおあずけだ。そんな絶望感を抱えつつ、ひとまずオレたちは青龍神社に身を隠し、みんなでこの先のことを話し合うことにした。

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(昭和の頃の面影が残る青龍神社と久保の青年館 2005年頃に撮影)

 しかし皆であれこれと話しているうちに段々と緊張もほぐれてきた。なにより列車を止めてしまい逃げてしまったことについての罪悪感も深く、出来ればもう考えたくない。まぁここは気分転換も兼ねて、近所の大きな雑貨店『尾高屋おだかや』にコカ・コーラでも飲みにいこうという話になった。

(尾高屋 日用品から食材、酒までを売る昔ながらの老舗の雑貨店 2010年撮影)

実は最近のコカ・コーラは、王冠をめくると世界中のスーパーカーが描かれており(※3)、皆が楽しみに集めていた。日本は今、空前のスーパーカーブームなんだ。
尾高屋の店先に置かれた白と赤のコーラ自販機にお金を入れたら、縦長のガラス扉を開けて、慎重に手で瓶コーラを引き抜く。そして自販機に備え付けの栓抜きに王冠を引っかけて開栓しておもむろに飲む『カァー!うめぇ!』(※4)。
ちなみにこの一連の所作には、ちょっとしたコツが必要だ。自販機から無造作に瓶を抜くと、その衝撃で炭酸が刺激されて、栓を開けた瞬間にコーラが一気に噴き出して手がベッタベタになるのだ。当然飲める量も噴き出した分だけあからさまに目減りする。もちろんお宝のスーパーカー王冠を出来るだけ変形させたくないので、慎重にも慎重を重ね、ジワジワと開けなければならないのだった。
このように常に細心の注意の元に開栓したコカ・コーラを飲みながら、オレたちはいつも自販機の周りに、必要以上に長くたむろしては、自販機の周辺や下、さらには栓抜きの中に溜まった王冠も、執念で指を突っ込んでホジくり出して集めるのだ。当然裏蓋がめくられていないものも全部めくって確認だ。こうしてみんなでワイワイガヤガヤと、この戦利品のスーパーカー王冠を山分けするんだ。

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(コカ・コーラのスーパーカー王冠 ほぼ全種類持ってます。)

 こんな感じで尾高屋のコーラ自販機の前に毎度のごとく座り込み、しばし盛り上がっていると、突然オレたちの視界を覆うように人が立ちはだかった。誰かがコーラを買いに来たのかな?と思って見上げたら、その人物がいきなりオレたちを指さし
『あ!オマエはさっき木原線を止めた子供!』と‥。
オレは、頭の中が真っ白になった。
スーパーカー王冠のお陰で、既に忘却の彼方にしまいつつあった猿稲踏切での苦い記憶が、この人物の突然の言葉で光の速度で蘇ってきた。
『‥え?え?』とキョドリながらもそれはボクらじゃないそれは違う坊主頭の小学生は大多喜にはいっぱいいる知らない知らないとか何とか、我ながら見苦しすぎる言い訳を連呼するけれど、ユーイチとヒロツンは終始うつむいてまるでお通夜のように‥。この2人の無言は、我々に向けられた疑惑を全て認めたようなものだった。
そして我々『大多喜無敵探検隊』一同は、そのお兄さんにあそこで何をしてたかをオドオドしながらも全て自白した。
『真っ赤な木原線かぁー、君たちが木原線が大好きなのは分かったよ』
『でもなぁー、鉄道を止めちゃったらダメなんじゃないの?』
そのお兄さんはさっきの真っ赤な木原線の乗客だったそうで、木原線が赤くなった理由や鉄道の地域への役割も含めて、さらに延々とお説教された。そして何より列車は急には止まれない、一歩間違えたらオレたち全員が木原線にかれて死んじゃっていたかもしれない、それほど危険なことだったんださとしてくれた。
またこのお兄さん、アキラさんは、電車がとても好きな東京の高校生で、色々電車を乗り継ぎながら大多喜の隣町の勝浦の親戚の元へと、たまに遠回りしながら一人で行くということも聞いた。
今日は外房線の電車で大原まで来たあと、わざわざディーゼル列車の木原線に乗るために寄り道して大多喜に来たそうだ。今までも大多喜には何度か訪れているという、今までもどこかで会ってたかもしれない、全然知らなかった!
この後はまた大原まで木原線で戻って、そこから外房線で親戚の家に一泊して、明日東京に帰るらしい。大多喜駅に降りて上りの木原線が来るまでの時間、フラっと町を散歩してて、ちょうどジュースを買おうとしたところにオレたちが座りこんでたという顛末てんまつだ。しかし何よりあの憧れのマクドナルドのハンバーガーが喰える東京から来たんだなぁースゲェ!
やがて上りの便の時間が迫り『大多喜無敵探検隊』は、アキラ兄さんを見送るべく大多喜駅に一緒に向った。幸い我々の顔は駅員たちには割れておらず、問題なく駅の改札を越えることが出来た、でもちょっとヒヤヒヤものだった‥。

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(大多喜駅 上り2番線ホーム 昭和の頃のままの建屋です。2018年撮影)

 房総丘陵ではお馴染みの、辺りがピンク色に染まる春霞はるがすみの夕焼けの中、上りホームに木原線が入ってきた。今度は真っ赤なやつじゃなく、いつもの肌色に朱色のヤツだ。
アキラ兄さんは列車に乗り込み、ホームに並ぶ我々の前で窓を開けて、去り際にニヤリとしながら言った。
『もう列車止めちゃダメだぞ』
動き出す木原線、すかさずユーイチが声をあげる
『トリヅカアキラ同志の旅のご無事を祈り一同、敬礼!』
我々は軍隊式の敬礼でアキラ兄さんを見送った。

1977年(昭和52年)のまだ朝夕肌寒い4月、
小学5年生の頃の想い出である。
(Version 1.12)

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(鳥塚亮さんは木原線を引継いだ第三セクター『いすみ鉄道』社長に就任され、この大多喜町を全国区にしてくださいました。大多喜町の大恩人です。)

【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。

【解説】
(※1)木原線の全面が赤く塗装された件について、このカラーリングは鉄道マニアの世界では『タラコ色』と呼ばれる朱色5号での全面塗装であり1975年に相模線で初採用されたもの。当時の国鉄普通列車用のディーゼルカーは朱色4号とクリーム色の2色で塗装されていたが、国鉄の赤字が常々問題となっており、コスト削減の一環として車体を従来の2色ではなく朱色5号単色での塗装となった。この塗装は上記の通り、最初は相模線の気動車に採用され、続いて八高線、久留里線、そしてこのお話の大多喜町を走る木原線など、通勤需要のある非電化区間の車両が順次この朱色5号に塗り替えられていった。木原線が朱色5号、所謂タラコ色に塗られた正確な日時は明確ではないが、私が小学校4年~5年生の頃だったように記憶している。
(※2)青龍神社が安全地帯というのは、単なる子供の思い込みである。
(※3)1977年のコカ・コーラの王冠の裏蓋には、全部で100種類ほどの世界のスーパーカーが印刷されており、当時の子供たちはこぞってこれを集め、ダブったものは友達内で秘密裏に交換された。特にランボルギーニカウンタックとフェラーリBBは人気があり、他の人気のない王冠に比べ、レートで三倍ほどの価値があったように記憶している(つまり人気のない王冠3つと交換可能)。
(※4)当時の大多喜町では、房総南部の方言『房州弁』が当たり前のように使われており、『カァー』とか『ハァー』とかがよく会話に混じっていた。標準語では『いやぁー』『あぁー』とかのニュアンスだと思う。

最後に昭和のオジサンからチビッ子たちにお願い!
令和の良い子は、こんなことしちゃ絶対ダメだぞ!( `・∀・´)ノ

大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)

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