act:21-ボクはヒロツン、今日は親友の北郡くんと隊長の乱射事件を話そうか
今日はいつも色々と面倒くさい人のサナダ隊長にかわって、ボクがみんなにお話をするよ。ボクの名前は広津正武、みんなはボクのことをヒロツンって呼んでいるんだ。
身長は155cmで、中学生みたいだってよく言われるけど、ボクは大多喜小学校の4年生だよ。
今日、そんなボクのうちに、同じ4年2組の仲良しの友だち、北郡くんが、駄菓子屋のバクダン屋(※1)に寄った帰りに遊びに来てくれたんだ。
しかし今、北郡くんはボクとじゃなく、うちのお爺ちゃんと囲碁に夢中なんだ。二人ともお母さんが出してくれた渋い緑茶を飲みつつ福田屋の十万石どら焼き(※2)を食べながら、さっきからうんうん唸って囲碁盤に碁石を並べている。ボクはそれを少し距離を置いて眺めていた。ボクは囲碁が分からないんでお爺ちゃんの相手はできないけど、北郡くんはできるんだ。
そしてお爺ちゃんは今、嬉々として北郡くんに囲碁の勝ち方を伝授中だ。
でもさ北郡くん、北郡くんも背中丸めて囲碁に夢中でさ、まるでお爺ちゃんみたいだよ。
日本画家のお爺ちゃん(※3)は何故か北郡くんのことがお気に入りで、彼が遊びにやってくると、まるでもうひとり孫が訪ねてきたかのように大騒ぎ、彼をとっても可愛がるんだ。
まぁ北郡くんは何というかビシッとしているからなぁ。前に「七人の侍(※4)」という白黒映画を見たけどあんな感じ、ちょっとワイルドだけどどこか筋を通した生き方なんだ。それに囲碁や将棋が好き。そんなところがうちのお爺ちゃんと気が合うんだろうな。ボクより背は小っちゃいけど、少なくともボクよりしっかりしている。
そんなわけで、うちのお爺ちゃんは、明らかにボクより北郡くんを気に入っているよなぁ、こうして実の孫のボクから北郡くんのこと奪っちゃうんだもんなぁ、ちょっと嫉妬しちゃうんだけど、
‥まぁ仕方ないか。
そういえば北郡くんは5年生のサナダ隊長と同じで、バクチクやNAクラッカーが大好き、そしてやはり隊長と同じでいっつも持ち歩いているんだ。そして今日はTVアンテナを改造して作ったという火薬式の銀玉鉄砲を持参して、ボクやお爺ちゃんに見せてくれた。
ボクは「これって危険なんじゃないの?」と言ったけど、お爺ちゃんは「ほほぉバクチクで銀玉鉄砲の弾を撃つのか、こりゃーまるで戦国時代の火縄銃じゃないか、しかも2連装か!よく作ったなスゴイな君は!」と最大の賛辞で北郡くんを称えた。
いやいやちょっとお爺ちゃん、それはちょっと違うんじゃないのかなぁ、これって撃たれたら本気で怪我しそうだよ?
‥まぁいいんだけど。
囲碁にのめり込む二人をずっと眺めていたけど、ボクは別に囲碁には興味ないし、北郡くんもお爺ちゃんにとられたままなのでボクはたいへん暇だ。仕方ないんで庭に出た。うちの庭はとってもホッとできるんだ。
実はボクのうちは、この庭も含めて国の文化財に指定されてる古い家で、お陰で勝手に改築できず風呂もトイレも本格的に時代遅れ。うちのお風呂は江戸時代から変わらない五右衛門風呂(※5)だし、台所も床がなくて土間、もう使ってないけど煮炊きをする大きな釜が今でも二つ置かれている。
家の灯りも、ほとんどの部屋は傘がついた昔ながらの裸電球が一つぶら下がっているような感じなんだ。みんなの家にある洒落た蛍光灯の照明は、ボクがさっきまでいた変な掛け軸がある応接間にしかない。
そんな不便極まりない家だけど、庭だけは誰にも自慢できるよ。ここには大きな池があって、鯉がたくさん泳いでいるんだ。手を叩くと餌をくれると思って寄ってくるんだよ、可愛いでしょ。
そして庭を見渡すと、綺麗に刈られた木がまるで絵に描いた山並みのようで、眺めているだけで穏やかな気持ちになれるんだ。この辺りは画家のお爺ちゃんの思い入れと、ちょくちょく来てくれる植木屋の江沢さんのお陰だろうな。
そしてなによりこの庭にはペロがいるんだ。ペロは庭の中は放し飼いで、いつもボクを見つけると遠くからでも走ってくるよ。今日も土蔵(※6)の向こうの犬小屋からペロが一目散に走って来て、尻っぽをフリフリさせながら抱き着いてきた。
秋田犬のペロは、ちょっと臭いけど人懐っこくて可愛いヤツなんだ。
なんでペロっていうかというとね、ボクの顔をペロペロなめるからさ。ペロが最初にうちに来たときからボクの顔をペロペロなめたから、ペロって名前をつけたんだ。
でも秋田犬って大きくなるんだよねぇ、こんなに大きいのに名前が子犬みたいで、ちょっとネーミングを間違えたかもしれない。
でも可愛いからいいか、ちょっと臭いけど‥。
そんなペロが一瞬ピクンと耳を動かした。何かの音を気にしているみたいだ。そしてペロは「‥ウゥゥゥ」と唸り声をあげはじめた。
そこからペロは猛ダッシュで土蔵の向こうへ、うちの裏口に向ってまっしぐらに走って行ってしまった。
「あ、もしや!」
ボクには思い当たることがあった。裏口からやってくる友達たちを‥
裏口に近づくにつれ、ペロのけたたましく吠える声に混じって時折「ギャイン!」とペロの悲鳴が聞こえる。
やはりいた、隊長とユーイチくんだ!
「おぉヒロツン!相変わらずオマエんちの獣はタチが悪いな!オレたちが来た途端に噛みついてきたんで、今こうして躾てやってるところだよフフフフフ」
いやいや隊長それ躾じゃないしペロに蹴りいれてるし‥
そして3年生のユーイチくんはさっきから「征伐!征伐!」とお経のようにブツブツ言いながら、いつもの金属バットでペロの頭やお腹をぶん殴っているし‥
まぁ本気で殴っているわけじゃないんでそんなのじゃペロは怪我しないだろうけどさ。でもさぁー、もーいつもいつもなんで玄関から来ないで裏口から来るんだよぉ~。
あぁそういえば、前にうちで一緒に遊んでて、隊長が障子に穴をあけちゃって、うちのお爺ちゃんにむちゃくちゃ怒られてたっけ。あれ以来、お爺ちゃんに会いたくなくって、青龍神社の裏の田んぼの畦道を渡って、裏口から来るようになったんだった。
うわー相変わらず面倒くさい人たちだ!
そこに騒動を聞いてか、北郡くんがやってきた!
「どうしたの広津くん、あぁ!サナダ隊長!!」
隊長も北郡くんを見てビクッとした。
「‥キ、キタゴーリよ、なぜ貴様がここにいるのだ!?」
いやいや隊長、北郡くんはボクの友だちって知ってるでしょう、何その芝居がかったセリフは。
そして隊長は、北郡くんを睨みながらゆっくりしゃがみ、小さな石を拾うと、すぐさま腰ポケットに挿しこんでたスリングショット、あの太いゴムがついたパチンコをサッと抜き出して、いきなり北郡くんに向けて撃ってきた!
あぁ、いきなりじゃないか、確か隊長は撃つ前に「アディオス!キタゴーリ!」と言ってたっけ。アディオス、確かスペイン語で「さようなら」の意味だな。
しかし北郡くんは隊長の攻撃を間一髪、耳元でかわすと、彼もすかさずしゃがみこみ小石を拾い、やはりお尻のポケットに入れてたパチンコで隊長に向って撃ち返しはじめた!
おいおい君たちは荒野のガンマン(※7)なのか。
2人の攻防はまるで写し鏡のようにそっくりだ、お互い鋭い攻撃を繰り出しながらも、すんでのところでかわす。そして2人揃って地面をゴロゴロと転がりながら小石を拾い、また瞬時に撃ち返す!
そしてまた手品みたいにお互いギリギリで見事に小石をよけるんだ。
どっちも技量は五部と五部って感じだけどさ、いやはやそれにしても慣れたもんだよなぁ上手いもんだなぁ。
仰々しくもどことなく演技くさいこの二人の熱い戦いを、ボクやユーイチくん、そしてペロは思わず見入ってしまっていた。まぁ囲碁よりこっち見てたほうが楽しいからいいんだけどね。
そのうち隊長が、よせばいいのに北郡くんを煽り出した
「ヘイヘーイ、キタゴーリラのチビゴリラー!お前の実力はそんなもんかい!」
「ヘイヘーイ、ヘイヘーイ、北のゴリラよ、とっとと西部田(※8)のお山に帰りやがれください、ヘェーイ!」
彼が一番嫌いなあだ名「キタゴーリラ」、さらに背が低いことを気にしているのに「チビゴリラ」と言われて、いよいよ顔を真っ赤にして怒った北郡くんは、その怒りに押されて、あの禁断の火縄銃みたいな銀玉鉄砲を持ちだしたんだ!
北郡くんは、束からほぐしたバクチク2本に同時に火をつけ、TVアンテナ製の銃口に突っ込むと、すかさず銀玉鉄砲の弾を2~3個続けて放り込んだ!
そして北郡くんは左手を水平に構えて、そこに銃身を置いて隊長に狙いを定めたんだ!
パパァーーン!!
3mほどの至近距離からバクチクの火薬の力で勢いよく飛び出した銀玉鉄砲の弾は、見事に隊長の体にめり込んだ!
「うぉ!イッテェェェ!!」
おいおいコレは反則じゃないかと怒り出す隊長だが、そもそもこんなことに反則もなにもあるのだろうかとボクは思った。
そこでユーイチくんが何やら隊長に筒状のものを手渡した
「隊長コレを使うんだ、今のキタゴーリを倒すにはコレしかない!」
ユーイチくんはなんと、15連発花火(※9)を隊長に手渡したんだ、しかも2本も!
ちょっと前までは5連発や7連発しか売ってなかったけどあれは‥、うん間違いない!この前バクダン屋で見た最新の15連発花火だ、なんて凶悪なんだ!
隊長は「おぉユーイチ心の友よ前世の弟よ!ありがとう!」と言い、ユーイチくんと固い握手を交わしている。
そして隊長はポケットから取り出した100円ライターで15連発花火に手際よく火をつけたかと思うと、全く躊躇うことなく北郡くんに向けて水平発射を始めたんだ!
なんと恐ろしい子なんだ隊長は!しかも笑ってるし、逃げ惑う北郡くんを見てギャハハハハって漫画みたいに笑って撃ってるし!!
隊長が手に持つ15連発花火は、ボン!ボン!と低くこもった音を立て、そのたび色とりどりの火球が尾を引きながら北郡くんめがけて飛んでいくんだ、これじゃ彼は反撃すらできない!
やめてー北郡くんが死んじゃうよー!庭が火事になっちゃうよーー!
「こらぁー!!」
この大騒ぎを聞きつけて、とうとうお爺ちゃんがやってきた!
あぁ助かった!
隊長とユーイチくんはコリャまずいぞ撤退だぞと、煙幕花火(※10)に火をつけてボクらの前に放り投げると、まるで尻に帆を掛けるようにして一目散に逃げていった。後には煙幕花火の色のついた煙が濛々と‥、
確か隊長はピンクで、ユーイチくんは青の煙だったよなぁ。
まったく困った人たちだ。
お爺ちゃんはまだ怒りが収まらないようだ
「また佐奈田の倅か!アイツの家は立派な父親なのに、なんで息子はあぁなんだ!」
お爺ちゃんそれは時折ボクも思うよ。隊長と、そしてあのユーイチくんにはボクも時々怖くなる時があるんだ。
そしてお爺ちゃんは北郡くんに振り向くと怪我はないか?と聞き、続けてボクに、もう佐奈田の小倅なんかと遊んじゃ駄目だぞと言った。
《うーーん、それは難しいかなぁ》とは思ったが、口に出すとお爺ちゃんがもっと怒りそうなのでやめておいた。
北郡くんは、自分もついつい調子に乗って、一緒に大騒ぎをしてしまったとお爺ちゃんに謝り、続けて「隊長は悪いやつではなくて、、ボクの好敵手なんです」とお爺ちゃんにいった。
お爺ちゃんは顎ヒゲに手をあて北郡くんを見つめて
「ほほぉ~佐奈田の小倅が好敵手、お互い高めあえる相手というわけか、うむ!立派であるぞ北郡くん!」
・・といった。
どこまで北郡くんが好きなんだお爺ちゃん、やっぱりちょっと嫉妬しちゃうよなぁ。
‥まぁいいんだけどね。
1977年(昭和52年)の秋、
小学4年生のヒロツンの家の庭で突然繰り広げられた北郡少年と佐奈田隊長の、ひときわ派手な乱射事件と、実の孫よりその友だちを可愛がる厳格な祖父の、ちょっと切ない想い出話だ。
【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。
大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)
#創作大賞2023