【ショートショート】拝啓、冬晴れの横浜へ

「うーっ、寒っ」
「冬の朝ってほんま肌に突き刺さるー」
「それな」

　がらがら、がらがらとキャリーケースを引きながら、体温より遥か下の気温に肩を竦める。この寒さではせっかく購入したばかりの温かいコーヒーも瞬く間に冷めてしまいそうだ。今すぐ来いと願いながら、乗る予定の新幹線が入る駅のホームで今か今かと携帯電話の画面を眺める。
　遅れてしまいそうだと慌てて食糧確保を済ませたのが仇になった。残り二分が気の遠くなるような長さに感じてしまう。隣の彼女は寒さを紛らわしたいからか、小さく足踏みをしては、「寒い！」と呟いた。

　携帯電話の画面とホームの電光掲示板を交互に見る事、一二〇秒。ようやく待ちわびた新幹線がゆっくりと速度を落とし、ホームへと突入してきた。すーっと進んではぴたりと停まり、出入口のドアが開く。ポケットの中の乗車券を握り締め、早く早くと急かす彼女と共に乗り込んだ。

「あったかーい……もう新幹線から降りたくなーい……」
「車庫まで行く気ぃか」
「分からんやん。とんぼ返りしてそのまま九州まで行くかもしれへんやん」
「いや新大阪で降りろや」

　自分達の予約した座席に腰を下ろせば、寒さから解放された体がだらりと伸びる。ぐっぱっと両手を握っては開くを三回程繰り返し、冷たくなっていた指先まで暖房が浸透した頃、新幹線は新横浜に向かって走り出した。

　窓の外を眺める彼女を眺めながら、こんな真冬の横浜旅行が決定した流れを思い返す。「春節でなんかめっちゃお得らしいで！」。そんなふわふわした言葉で始まった提案。寒いからと言ったものの、「ええやんか～。本場の肉まん食べようや～」等と肩を揺さぶられながらねだられ、結果今に至る。
　いや本場ちゃうやんけ。思いっきり日本やんけ。肉まんの本場て中国やろ。思い返した結果湧いてきたツッコミはぐっと呑み込んだ。どうせ口にしても、彼女のいつもののらりくらりで有耶無耶になるだけだ。
　小さく溜め息をこぼしつつ、レジ袋に入った缶コーヒーを取り出す。レジ袋の擦れる音で気付いたらしい彼女は、俺が差し出すよりも先に俺の手から缶コーヒーを取り、「ありがと」と笑った。

「ん、このサンドイッチおいしい」
「ほんまに？一口ちょうだい」
「はい」
「ん。ほんまや。うま」
「やろ？」
「何で得意げやねん」
「だってこれ選んだん私やん？」
「選んだだけで生産者面すな」

　新幹線が京都を出た辺りで、新大阪駅で買ったサンドイッチを取り出す。横浜に着いたら食い道楽をするからと、恨めしげに駅弁をスルーした事はこのサンドイッチのおいしさで帳消しになったようだ。彼女のお眼鏡に適ったサンドイッチはふわふわと柔らかなパンに挟まれた、これまた柔らかなカツがおいしい。パンの内側、ソースが染み込んで少しふにゃっとした部分もまたたまらない。
　ぺろりと平らげたサンドイッチの後は食後の缶コーヒー。当然もうぬるくなったそれは、暖房のよく効いた新幹線内の食後には丁度良い。ごくりと喉をブラックコーヒーが通過した後、互いに携帯電話に指を滑らせる。閲覧先はもちろん、中華街のおいしい店ランキングだ。
　何かしらの賞を取った肉まんから、定番のいちご飴に、最新スイーツまで。食い道楽を楽しめと言わんばかりにひしめく飲食店の数々に心を躍らせていた頃、新幹線は名古屋を出た。

「見て。外めっちゃ晴れてるわ」
「大阪は雨降りそうやったのにな」

　高速で流れていく窓の外の景色。彼女は青い空を指をさし、その天気の良さを嬉しそうに口にする。天気予報はもちろんチェックしているが、天気予報は絶対ではない。「横浜は晴れですよ」と言われても、自分達がいる大阪がどんよりと曇っていれば、晴天を実際に目にするまで信じる事は出来ない。
　そして実際に青い空を目にして、「予報通り晴れで良かった」と一安心。青い空には富士山もよく映えていた。「たまには写真くらい撮ったろ」と彼女が携帯電話を構えるくらいには、映えていた。

　そんな俺達を乗せて更に進んでいく新幹線は、その速度で雲を払っているのかと思う程に、新横浜駅に近付けば近付く程雲がない青空が広がっていく。「まもなく新横浜」とアナウンスが聞こえたと同時に、その雲ひとつない空にぽろりと言葉がこぼれた。

「冬晴れってやつやな」
「食い倒れ日和やな！」
「まあ新幹線降りた瞬間めちゃくちゃ寒いやろうけど」
「言わんといてや！考えへんようにしてたのに！」

　冬晴れと言えども、温かい新幹線内からホームへと降りた瞬間の寒さは拭えない。椅子から立ち上がり、忘れ物がないかの確認をしてからキャリーケースを引いてドアの前に立つ。二人で、瞬間風速が今日最大であろう寒さへの覚悟を決めた。

「いーやっ！寒っ！」
「あかん！寒い言うたら余計寒いわ！」

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年がら年中、中華街が恋しい系人間。