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【ミステリーレビュー】恋恋蓮歩の演習/森博嗣(2001)

恋恋蓮歩の演習/森博嗣

"V"シリーズ第六弾となる森博嗣の長編ミステリィ。



内容紹介


航海中の豪華客船 完全密室から人間消失

世界一周中の豪華客船ヒミコ号に持ち込まれた天才画家・関根朔太の自画像を巡る陰謀。
仕事のためその客船に乗り込んだ保呂草と紫子、無賃乗船した紅子と練無は、完全密室たる航海中の船内で男性客の奇妙な消失事件に遭遇する。
交錯する謎、ロマンティックな罠、スリリングに深まるVシリーズ長編第6作!



解説/感想(ネタバレなし)


サブタイトルは、欺瞞の海という意味を持つ"A Sea of Deceits"。
海上に閉ざされた豪華客船の中で巻き起こる陰謀のぶつかり合いを、上手く表現していると言える。
これまでのシリーズ作品の中でも、特に前作「魔剣天翔」からの流れが重要になっているのが本作だろう。
保呂草への依頼者であった各務亜樹良が再登場。
その際にも事件の中心にあった関根朔太の作品がキーアイテムとなっていて、きな臭さがより強いものになっていた。

一方で、冒頭は大学院生・大笛梨枝の恋のはじまりが描かれる。
語り部である保呂草が"多少退屈"と言い切る、阿漕荘の面々とも、殺人事件とも直接関係がなさそうなストーリィが100頁程度。
このくだりをどう捉えるかで、本作の評価が決まりそうだ。
そのせいで、というわけではないにしても、お約束となりつつある練無の冒険譚は影を潜めているので、ページ配分がいつもと違うな、などと思ってしまう。

というわけで、本作においては完全に保呂草のターン。
依頼者として各務が表に出てくることによって、彼の"泥棒"としての顔も表に出ることになる。
あえてすべての情報を語らないのは、いつもの彼のやり口であるが、信頼できない語り部であることがもはや前提になっているのに、ここまで読ませてしまうシリーズなんて他にあるのだろうか。
何が真実で何がフェイクか、Vシリーズの前半5作を読み切った読者に対して、そろそろ自分で当ててみろ、と言わんばかりの誘導。
ネタがわかったとしても面白さが損なわれるわけではなく、森博嗣の鬼才っぷりが明確になっただけであった。



総評(ネタバレ注意)


1冊通して、死体が出てこないなんて、シリーズ初ではなかろうか。
もっとも、大笛の恋人・羽村怜人らしき人物が、拳銃の音とともに海に落ちるところが目撃されており、殺人事件であることが前提に話が展開してはいくのだが、本当に出てこないままで終わるとは。
これはアンチミステリィのギリギリを攻めるシリーズだ、というのがわかってきてはいたが、今度はそうきたか、と。

とはいえ、序盤の長々としたくだりに意味があると考えれば、本作のオチに思い当たるのはそう難しくない。
他のシリーズならそこまで確信は持てないかもしれないが、なんてったってVシリーズだ。
そこから導き出される推論を辿っていけば、実行犯まではわかる仕組み。
その意味では、難易度は低めに設定されていると言える。

それでも面白かったのは、自画像の在処、という謎が並行して語られていることだ。
紅子が一応の決着をつけた結論でも納得感はあるのだが、そこから二転、三転して伏線を回収していく展開は圧巻。
これが絡むことによって、動機も見えにくくなっていて、カムフラージュとしても機能しており、良い仕掛けだった。

活躍しそうで活躍できない、保呂草の前で上手く立ち回れない紫子の悲哀。
ふがいなさが募る中、最後の最後で重要なカギとなっていたのは、読者としてはテンションが上がる部分。
しかし、紫子の心内描写にしても、大笛の恋心にしても、本作の設定に則り保呂草が推測して書いているのだとすると、自己評価が高すぎて気持ち悪いな、なんて想像してしまった。

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