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【ミステリーレビュー】冷たい密室と博士たち/森博嗣(1996)

冷たい密室と博士たち/森博嗣

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森博嗣による、S&Mシリーズの2作目。

デビュー前に5部作としてほぼ完成していたというS&Mシリーズ。
全10作が、およそ3ヶ月に1作のペースで刊行されたというのは、改めて振り返ってみると驚異的である。
工学博士である著者の知識を活かした最先端の工学技術と、本格ミステリーの融合。
少しトリッキーな設定もあった1作目に対して、2作目はより王道的な作風になっていると言えるだろう。

犀川は同僚である喜多の誘いで、萌絵を連れてN大学工学部の低温度実験室を訪れる。
実験はつつがなく終了し、実験室内で打ち上げが開催されるが、誰もいないはずの準備室内で、男女2名の院生の死体が発見される。
準備室は、搬入口に続くシャッターが故障しており、外部からの侵入は不可能。
実験室からのドアも、鍵がかけられていたのに加え、打ち上げにより衆人環視状態となっており、犯人はおろか、被害者がどうやって入ったのかもわからない密室であった。

前作「すべてがFになる」では、リモートワーク時代を予知するかのような先見性により、四半世紀前の小説であることを忘れていたが、本作においては、冒頭でポケベルが登場することにより、時代性をまざまざと感じさせる。
一方で、工学的知識はともかくとして、インターネットやセキュリティ関連における当時の最先端については、時間の経過によって一般知識にまで下りてきているところであり、当時よりも現代のほうが読みやすい部分もあるのだろう。
インパクトはどうしても1作目よりも薄まっているというか、一般的な設定の中での古典的な密室殺人、という印象に留まってしまうのだが、S&Mコンビによる正統派ミステリーでも十分面白いということを証明。
シリーズを安定路線に乗せるのに一役買っていたのではなかろうか。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


天才による緻密な犯罪という点では1作目との関連性と言えるのかもしれないが、タイトルに対して、博士vs博士といったバチバチした頭脳合戦は見られず、その点では肩透かしであった。
喜多がもっと話に絡んでくることを期待したが、萌絵と同格程度のライトな推理合戦に加わった程度で、いつの間にか存在感が薄まっていった印象。
ここが、1作目に対して評価が伸び悩んだ要因なのかな、と思わないでもない。

また、トリックについても、あえて正解のルートを外して推理させているように思えてしまう。
そもそも共犯説が正解だと、驚きが薄まってしまうのは僕だけだろうか。
いずれにしても、なんだかとばっちりで殺された感が強い、珠子に同情せざるを得ないのだよな。

とはいえ、萌絵が襲われるサスペンス風の展開であったり、ラスト間際の真犯人との対峙であったり、前作にはなかった要素も取り入れていて、変化を付けようとする意欲はあり。
もともとは「すべてがFになる」は1作目として書かれたものではなかったようだし、これをベースに、他の作品で広げようとしたのであれば、このど真ん中な構成も納得か。
日常パートにも、軽快な掛け合いの面白さがあるので、工学要素に尻込みして読まずにいるのはもったいない。
デジタルに極端な苦手意識が無ければ、今読んでも面白さは伝わる作品かと。


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