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【ミステリーレビュー】笑わない数学者/森博嗣(1996)

笑わない数学者/森博嗣

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理系ミステリィ、S&Mシリーズの3作目。

犀川と萌絵のコンビが"館モノ"に挑戦。
舞台は、数学博士・天王寺翔蔵の住む"三ツ星館"。
クリスマスパーティーの席で、天王寺博士は庭に建てられたオリオン像を消して見せた。
翌朝、再びオリオン像が出現すると、同時にふたつの死体も発見される。
ふたつの謎に挑む犀川と萌絵だが、博士が12年前にオリオン像を消失させた際も関係者が死亡していたことが判明して、物語は複雑化していく。

実現性を度外視したトリック館。
過去の2作も、特異な設定の中での殺人事件ではあったが、ある種、隠された仕掛けがある可能性を含んだうえで進行するのは、"館モノ"の醍醐味であろう。
とはいえ、ちょっとこれはタネがバレバレすぎるだろうか。
少なくとも、2021年に読むには、陳腐化したトリックになってしまっている。
回答への辿り着き方というか、理屈については、さすが理系ミステリィだと唸らせるが、やはりパズラーとしては簡単すぎたというのは、言及せざるを得ない。

もっとも、この作品群の肝は、天才博士の思惑にあり、本作についても、最後まで明かされない謎がひとつ残る。
解決しないどころか、エピローグの存在により、更に頭がこんがらがる仕掛けとなっていて、そこが本当の意味で読者への挑戦状になっているのかもしれない。
犀川に対する萌絵のスタンスが明確になってきた部分も含めて、本筋とは別の意味合いで読み直したくなる作品と言えよう。
初心者向けだが派手さのあるトリックに、シリーズの旨味が堪能できるプロット。
著者が、連作の中で最初に読むなら本作だと述べているのも納得である。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


オリオン像のトリックがわかれば、芋づる的に犯人もわかる。
中盤、萌絵が巻き込まれる事件によって攪乱させられる部分もあるのだが、ミステリーのセオリーに慣れている人であれば、余計に犯人っぽさが高まる場面であろう。

それよりも、結局、地下室にいた"天王寺翔蔵"とは誰だったのか、である。
候補者は、天才数学者・天王寺翔蔵、小説家の天王寺宗太郎、建築家の片山基生の3人。
ひとりは敷地内で白骨死体として発見、ひとりはエピローグに登場した老人、そして最後のひとりが、"天王寺翔蔵"として事件解決後間もなく死亡している。
個人的な解釈としては、宗太郎が事故死を偽装した時点で、既に基生は館に来ていなかったようなので、この時点で既に天王寺博士は死んでいて(白骨死体)、基生が成り代わっていたと考えられる。
その後は、晴れて死亡した宗太郎が、"天王寺翔蔵"に。
鈴木の本当の父親は、宗太郎である可能性が高いと思われ、彼にカミングアウトしたのは宗太郎ではないか。

一方で、犀川と対峙したのは、自らを死者と偽装した後で宗太郎と役割を交代した基生であろう。
もともと癌患者であったことを踏まえると、衰弱死した"天王寺翔蔵"は基生であると考えるほうがしっくりくるのでは。
鈴木を誘導し、天王寺家を壊滅させるように促したのも、「睡余の思慕」を亮子に送ったのも、これが基生の仕業であれば説明がつく。

ただ、公園で少女に語る内容には、基生っぽさを感じるのだよな。
本人の言を信用して、天王寺翔蔵は本人、白骨死体=宗太郎、公園の老人=基生という考えも、犀川の発言さえなければ素直に受け入れていたかもしれない。
トリックを自力で解明したぞ、という興奮を与えつつ、最後の最後で解釈の余地を残したことで、物語に深みをもたらす。
なるほど、シリーズにハマるのは本作、という理由がわかった気がする。


#夏の読書感想文

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