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【ミステリーレビュー】夢・出逢い・魔性/森博嗣(2000)

夢・出逢い・魔性/森博嗣

那古野から飛び出し、東京を舞台に展開されるVシリーズの第四弾。



あらすじ


香具山紫子の企みで、"女子大生"としてクイズ番組に出演することになった瀬在丸紅子と小鳥遊練無。
保呂草潤平も加えて、東京にあるN放送ににやってきた4人であったが、保呂草はなりゆきから、プロデューサーである柳川に探偵・稲沢を紹介することに。
彼は、20年前に死んだ恋人の夢に怯え、眠れない日々を送っているのだという。
しかし、調査をする間もなく、柳川は2発の銃弾を受けて放送局の密室で殺された。
事件の重要人物であるアイドルタレントの立花亜裕美は、練無の運転により現場から逃亡。
亜裕美は犯行現場にて女の幽霊を見たと話すが……



概要/感想(ネタバレなし)


舞台は東京に。
林や七夏が登場しないこともあって、紅子が突飛な行動に出ることもなく、純粋にミステリーの謎で引っ張る展開となっている。
紅子が正統派の探偵役に収まっているのが特殊と言えば特殊かもしれない。
その分、活躍の場を与えられたのが練無で、立花亜裕美との脱出劇をやってのけるのだが、この逃避行よりも、いつ練無が男だとバレるのだろうというヒヤヒヤのほうが勝っていたのは、僕だけではないはず。

テレビ局を舞台にしているのに、衆人環視系ではなく、人目に付かない場所でひっそり殺される被害者。
本作では、犯人の独白が作中に何度か挿入されるのだが、それにより読者が振り回されるのが痛快だ。
冒頭で、言ってしまえば犯行動機を独白した形なので、幽霊ではなく生身の人間であるというのは読者には伝えられる。
にも関わらず、後にわかってくる事実を踏まえて考えると、この独白の位置づけがあやふやになってくる。
前作でオオカミ男の存在感が希薄だったのに対し、本作における"幽霊"の存在は、舞台装置としてかなりのインパクトを残していた。

タイトルにも触れておきたい。
「夢・出逢い・魔性」というタイトルには、"夢で逢いましょう"という作中の台詞がかかっている。
それだけであれば、ただの洒落なのだが、英語タイトル「You May Die in My Show」も、きちんと韻を踏んでいるから恐れ入った。
直訳である"私のショーの中であなたは殺されるでしょう"という旨の台詞も、もちろん作中に登場。
すべてを知ったうえで見返すと「夢・出逢い・魔性」というキーワードも、本作とリンクしているのである。
秀逸なタイトルのミステリーが多い森博嗣だが、その中でも飛び抜けて上手いという作品がいくつかあって、そのうちのひとつが本作であるのは否定しようがない。



総評(ネタバレ注意)


「騙された」という言葉のコンテクストが高い。
叙述トリックがあった、だから騙された、というのがミステリーにおける一般的な感想であれば、本作の場合、叙述トリックがあった、それに気付いたから犯人がわかった気がした、だけどそれはミスリードだった、というところまで含んだ「騙された」なのだ。

重要なのは、本作においては、練無が男性であることをひたすら隠していること。
クイズ番組の女子大生大会への出場という設定はあるものの、ここまで徹底していれば、叙述トリックにより、男に見せかけられた女が存在している、と逆説的に思い至ってもおかしくはない。
また、ミステリーのセオリーとして、「練無が男性である」ことを知っていて、無意識的にそれを口に出した者が犯人である、という結末も浮かんできただろう。
これをやるため、知人を一掃すべく東京に出てくることにしたのか、と考えると芸が細かい。

しかし、そこで候補に挙がってくるのが、陰気な探偵・稲沢なのである。
あからさまに男性とミスリードさせるような記述になっている一方、背格好であったり名前であったり、女性だったとしてもおかしくないスペックを維持しているのだ。
事件と関係ない叙述トリックを差し込む必要性など本来はないので、女性であることを隠した記述がされているなら、犯人は彼女以外にないと思ってしまう。
真犯人は、急に出てきた感があるかもしれないが、そういえば途中で、タクシーの運転手じゃないと辻褄が合わないと思った気がしていたのだった。
稲沢のいかにも感に掻き乱されてしまい、みすみす取り逃したなと。
ノーチャンスじゃなかっただけに悔しいものの、それだけで密室になったきっかけがわかったわけでもないし、潔く騙されましたと認めるしかないか。

動機に繋がる"かぶる"については、何故、幽霊本人が柳川と会おうとせず、似た人物を見せることで存在をアピールしたのだろう、という不思議な行動から辿ると、一応の納得はできる。
本作では特に暗躍らしい暗躍は見せず、稲沢を引き込んだぐらいしか見せ場のなかった保呂草だが、"かぶる"について最後の一文で強烈な存在感を残すことになった。
裏の顔があるのは既に示唆されているところではあるものの、信用できない語り部が物語を綴っているというギミックが、まだまだ活かされそうで第五弾も楽しみである。

#読書感想文







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