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【ミステリーレビュー】数奇にして模型/森博嗣(1998)

数奇にして模型/森博嗣

タイトルが"好きにしてもOK"とのダブルミーニングであることでも知られる、S&Mシリーズ9作目。


あらすじ


模型交換会会場の公会堂で、モデル女性の首なし死体が発見された。
発見された部屋は密室状態で、首はどこにも見当たらない。
鍵を持ったまま密室内で倒れていた大学院生・寺林が、唯一犯行が可能だった者として疑われるが、彼は同じ頃にM工業大で起こった女子大学院生密室殺人の容疑者にもなっていた。



概要/感想(ネタバレなし)


S&Mシリーズも残り2冊。
読者の名残惜しさを理解してか、本作は遂に700頁を超えてきた。
最終巻となる「有限と微小のパン」はもっと分厚いが、ボリューム満点で嬉しい気持ちと、これを全部読むのか、という軽い絶望感を同時に味わっている。
本作については、萌絵の従兄弟であり、犀川の同級生である大御坊や、萌絵の友人であるラヴちゃんこと反町愛など、ここにきて個性なキャラクターが登場。
同期の金子についても随分とキャラ立ちした感があり、世界観が立体的になればなるほど、終わりの足音が近づいているのは寂しい限りだ。

さて、作中の警察内でも"密室=西之園萌絵"が定着しているようだが、このシリーズと言えば密室である。
今回もまた、ふたつの密室が登場。
どちらも、寺林であれば出入りすることができた、という前提はあるが、圧倒的不利な状況下の人物がいたほうが、どんでん返しが面白いもので。
直近の何冊かで出番を減らしていた犀川も、珍しく序盤からぐいぐい話にカットインしてきては、柄にもなくアクションシーンまでこなしてしまう。
キャラクター小説としての成熟もあってか、エンタメ性が非常に高まっていた印象で、中盤以降のドキドキワクワクは本の分厚さを忘れさせてくれた。

舞台は、著者の趣味が反映されたと思われる模型交換会。
四半世紀前のオタク文化が垣間見えるようで、高尚な趣味として哲学が語られる鉄道や飛行機の模型サークルと、新ジャンルとして参入しつつあるフィギュア系のサークルで見解の相違が見られるあたりは、今のクールジャパンの現状を踏まえると非常に興味深い。
一方で、登場人物の感性というか、メンタルというか、当時よりも、むしろ多様性の時代である現代のほうが受け入れやすいのでは、という描写も多く見られ、この先見性は、毎回毎回感心させられる。
本人の出自は前者の模型志向のようだが、こういう時代になることを予見しているかのようなフラットな視野を持っているのである。



総評(ネタバレ注意)


犯人については、中盤ぐらいで推定は出来るかな。
とはいえ、あくまで感覚的な話であり、ロジックを辿ってすべてを解明しようというやり方では、ほぼノーチャンス。
犀川でさえ理解できない領域があり、だからこそ彼が事件に前のめりになったわけで、犯人を追い詰めたのは、結局、現行犯逮捕的な状況だ。
この人しかいないよね、からが難しいというのはなかなか得難い経験で、断片だけでも理解できないかとページを捲る手が止まらなくなる。

また、犯人を推測するまでの過程も面白い。
準レギュラーの喜多や金子も、なんとなく一枚嚙んでいそうな表情を持っていて、強烈キャラの大御坊も、当然容疑者のひとり。
急に出番を増やした身内キャラが複数いることで、そこに犯人がいた場合の衝撃を想像してしまい、ミスリードさせられそうになる。
結果的に株を爆上げする金子くんだが、まさかオチまで持っていくとは。
萌絵の過去絡みで、と見せかけて盛大にずっこけさせてくれた。

エンタメ性を発揮しすぎて、萌絵の行動のエスカレーションっぷりについては、評価に迷うところ。
ナースになってまで、寺林に話を聞きに行く必要性があったとも思えないし、その後の振る舞いもいささか無防備すぎて、さすがに学習をしていない感が。
それで犀川と金子の見せ場が増えたという点では、ドラマを引き立てていると言えるのだが、著者が違えば、3回は殺されているところだ。

本作における天才枠は、紀世都ということで良いのかな。
妙な存在感と奇抜なセンスはまさに天才肌という表現がぴったりなのだが、あのエピローグで幕を閉じることによって、更に不思議な読後感を与えている。
いつ登場するんだ、と待ち構えていたのに、登場シーンがほぼ皆無だった、登場人物欄のトップ・遠藤親子は完全にブラフ。
同姓だけに印象に残っていたのだが、そんなところにも引っ掛けがあるとは。
いずれにしても、終わりが見えてきたところで王道路線に回帰。
天才の考えることはわからない、に帰結するのも、「すべてがFになる」を彷彿とさせ、いよいよ最終巻を読む準備が整った、といったところだ。

#読書感想文







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