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【ミステリーレビュー】夏のレプリカ/森博嗣(1998)

夏のレプリカ/森博嗣

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「幻惑の死と使途」と並行して発生していた事件を描いた、S&Mシリーズ7作目。

あらすじ


夏休みに帰省した実家にて、家族が出掛けたまま帰ってこないことを不審に思う杜萌だったが、翌日、自らも仮面の男に軟禁されてしまう。
別の場所に監禁されていた家族も、杜萌も無事であったが、自室にいたはずの兄は忽然と姿を消していた。
不可解な誘拐事件と、発見された犯人グループ2人の死体。
杜萌は、失踪した兄に起こったことを突き止めるべく、事件に深くかかわっていく。



概要/感想(ネタバレなし)


「幻惑の死と使途」が奇数章だけで構成されていたのに対して、こちらは偶数章のみ。
2冊合わせることで、本来の時系列通りの物語となるという試みである。
「幻惑の死と使途」の序盤に登場した萌絵の友人・簑沢杜萌を視点人物として配置したスピンオフ的な要素を持っており、犀川助教授の活躍は少な目。
萌絵が関わってくるのも後半からなので、普段とは少し異なる読み口になっている。

萌絵の人物像を客観的に描くことで、より主人公のキャラクターを立体的にする意図もあったのかな。
杜萌から見る萌絵の評価により、彼女の直情的な性格について、犀川とのやりとりだけでは見えない部分が見えてくるようだった。
人間ドラマがドライになりがちなミステリーの世界において、ストーリー上頻繁に接点を持つわけでもない萌絵と杜萌の関係性をしっかり描ききったことが、この作品においては肝だったのだと思う。

印象的なシーンが伏線となっており、後から振り返ると見え方がひっくり返るミステリーの醍醐味が、堂々と目の前に提示されているのが面白い。
なるほど、この手はまだ使っていなかったか、と驚かされた。



総評(ネタバレ注意)


この作品の上手いところは、本作の主人公である杜萌と、シリーズ全体での主人公である萌絵との自然な切り替えである。
シリーズ作品ではおおよそ使うことが出来ない禁じ手的なトリックを、スピンオフ的な作風にしたことで、実現可能なものにしてしまった。
シリーズ7作目にして、これをやるとは思っていないので、単発作品であれば事前に引っかかるような伏線も読み流してしまい、完全に著者の手のひらのうえといったところ。
ノックスの十戒に照らして、フェアかアンフェアかの議論もありそうだが、書きぶりに嘘はなく、真相に直結する伏線も曝している中では、やはりフェアなのだと思われる。

特に記憶に残るのは、萌絵が真相に気付くシーン。
概要を聞いただけですべてを理解してしまう、推理力インフレ中の犀川を除けば、このシーンで真相に辿り着けるのは、萌絵以外にいるまい。
すべての見え方がガラッと変わる瞬間を、チェスに負けるという象徴的な出来事に置き換えて表現できるセンス。
シリーズが進むにつれて、ミステリーの内容に対して、ページ数が多くなるきらいはあったものの、本作においては、このシーンを描くために細部を書き込む必要があったのだな、と妙に納得してしまうのである。

理系ミステリーとしての要素は薄く、合理性よりも情緒性が重視されており、シリーズ中で異質の作品であるのは間違いないのかと。
その意味では、探偵役が犀川ではなく萌絵になったのも、なんとなく理解できるかな。
結果的に、シリーズのコンセプト的な天才vs天才の構図にはなっていたので、世界観は維持。
四半世紀ほど前に、コンスタントにこの作品群を送り込んでいたのかと思うと、真の天才は森博嗣なのでは、と思えてきた。

#ミステリー小説が好き

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