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【ミステリーレビュー】有限と微小のパン/森博嗣(1998)

有限と微小のパン/森博嗣

860頁超にも及ぶ、S&Mシリーズの完結編となる壮大な10作目。


あらすじ


長崎県に本社を構える日本最大のソフトウェアメーカー・ナノクラフトが経営するテーマパークをゼミ合宿に前乗りする形で訪れた、萌絵と2人の友人。
しかし、許嫁であった塙理生哉との会合での出来事を境に、施設内で不可能犯罪が連続して発生する。
一方で犀川は、妹の世津子からナノクラフト製のゲームに登場する不思議な演出の話を聞き、予定を変更して即座に長崎に向かう。
事件の影には、あの天才によるメッセージが見え隠れしていた。



概要/感想(ネタバレなし)


遂にS&Mシリーズも完結。
ネタバレなし、とはしているものの、どうしてもシリーズ1作目である「すべてがFになる」の内容には触れざるを得ないため、そこはご容赦いただきたい。
1冊ずつ読んでもミステリーとして完結している、という作風は踏襲されているとも言えるのだが、設定の面において、どうしても「すべてがFになる」を読んだうえでの前提が置かれているので、時系列をバラバラに読んでいる人はご留意を。

という前置きをしたうえで、兎にも角にも真賀田四季である。
連続殺人がかすんでしまうぐらいには、天才・真賀田四季と向き合ったことでの萌絵や犀川の心理描写が緻密に描かれていて、天才とは、人間とは、生と死とは……と、どんどん哲学的な方向に潜っていくのが本作の特徴。
これまでも、著者の理系的素養から転じた哲学は萌絵や犀川の思考に滲ませて発していた節はあるのだが、やや言いっ放しになっていた部分も含めて、シリーズ通してテーマにしてきた天才の定義を、言葉を尽くして、様々な具体的事例を交えながら説明した結果が、この分厚さだと言えるだろう。
「すべてがFになる」の時点では、"天才の考えることはよくわからない"だった真賀田四季の行動原理も、本作を読んだ後だと、ある程度理解ができるようになったと錯覚してしまいそう。
理解が進むということは、魅力が増すということでもあり、なるほど、シリーズ全体のファンの中に根付いている真賀田四季崇拝は、「すべてがFになる」ではなく、ここがはじまりだったのか。

テクノロジーの予見については、相変わらずの正確さ。
1998年当時としては、これだけ長々と説明しないと想像が及ばなかった技術でも、2023年の現在であれば、この半分で十分に共通認識を持つことができてしまう。
それは、森博嗣が想像した技術が、四半世紀かけて実用化されつつあり、特に肝となるVR技術や会話をするAIについて、読者の解像度が大幅に上がっているということ。
当時としては未知の技術を前提としたある種の特殊設定ミステリーだった本作が、今では何の違和感もない理系ミステリーとして読めているという事実は、冷静に考えて物凄いことだよな、と。



総評(ネタバレ注意)


真賀田四季との対決があるうえに、不可能状況での殺人事件が3つも立て続けに。
更には、過去の死体消失事件も関係しているようで、複雑性はかなり高い。
準レギュラーだった洋子と、前作から引き続き存在感を高めているラヴちゃんこと反町愛もがっつり巻き込まれていて、身内側に犯人がいるという想定も捨てきれない。
この魅力的な環境に対して、連続殺人におけるトリックが弱かったというのは否定できないだろうか。
大掛かりな仕掛けに対して、得られるメリットもあまり語られず、ミステリーのためのミステリーに終始してしまった感じ。
だからか、謎解きがあっさりすぎるほど淡白に終わってしまい、超大作の看板を張るテーマとしては肩透かしだったというのが本音だ。

一方で、真賀田四季がどのように関わっていたのか、という問いは、なかなか面白い。
VRの世界へのリモートアクセスで、その場にいるように見せるというのは、現代人であれば余裕で思いつきそうなものなのに、1998年の作品という先入観が足かせになって、なかなか気付けない。
この倒錯した世界観が、本作を古典ミステリーでも現代ミステリーでもない別次元の作品に本シリーズを昇華させている。
その他の人類全員と釣り合うレベルの大天才が、わざわざ犀川をゲームに乗せるために主婦に変装して育児サポートをしていたのか、と考えるとなんだか面白いのだけれど、犀川も、それだけの資質がある人物ということなのかな。

綺麗に完結したようで、謎は更に広がったようで。
考察の余地はまだまだあるのだろう。
いずれにしても、まだまだ真賀田四季は暗躍しそうだし、犀川&萌絵の関係性も本作で大きく進展することはなく。
この辺は、後続のシリーズに触れながら、ゆっくりとした時間軸で追っていく必要があるのだろうな。
満を持して、"V"シリーズに進むとするか。

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