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📖【小説】 『クルむロ翌』 ⑹ 2007幎刊行の絶版本をnote限定公開

※この小説は、サッカヌが奜きな人でなくおもお楜しみいただける、内面描写重芖の䜜品です。どちらかずいうずスポ根系の話を奜む人より、クリ゚むタヌ系の人たちや、機胜䞍党家庭育ちの人たちに響く内容だず思われたす。

2007幎に文芞瀟より刊行した凊女䜜『クルむロ翌』(泚絶版本)


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
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◆ 第䞉章 「双頭の鷲」 埌半P.103


 プロの䞖界でデビュヌを果たすなり、ボリスは囜䞭のサッカヌファンを釘付けにした。幌い頃からの教育で、基本に忠実なプレヌをする遞手が倚い䞭、型砎りな圌は、持ち前の創造力を掻かしお独特のサッカヌを展開した。その匷烈な個性の攟出を目の圓たりにしお、人々は䞀瞬ハッず目を芋匵り、次に唖然ずなり、気付いたずきにはすっかり圌のプレヌの虜ずりこになっおいた。詊合が終わっおも䜙韻から抜け出すこずができずに、長い間その堎に立ち尜くしお。
 はじめのうち、ボリスはフォワヌドずしお起甚されおいお、その切れ味の鋭さず埗点力の高さに泚目が集たりがちだったのだが、ポゞションを倉えながらゲヌムメヌカヌずしおの才胜をも発揮し始めるず、フィヌルド䞊がたちたち圌のカラヌで染め尜くされた。その時どきの空間党䜓をキャンバスずしお、圌がボヌルで描く攟物線には、どこか芞術的な矎しさがあり、芳衆は皆、「こんなサッカヌもあったのか  」ず感嘆のため息を぀いたものだ。
 ただ、出だしの段階では、集団や組織に銎染むのに人䞀倍時間がかかる性栌的な問題に加えお、圌の奇抜な発想にチヌムメむトたちが぀いおいけないずいう問題から、立ち䞊がり䞊々ずは蚀えなかった。そんなボリスの起甚には、監督も頭を痛めおいお、最初は圌をスヌパヌサブずしおスタヌトさせるこずで、少しず぀チヌムのペヌスに銎染たせようず慎重に扱った。にも拘わらず、ボリスがピッチに珟れた瞬間から流れが䞀倉し、皆倧いに戞惑った。そしお結局は、ほかの遞手たちが片っ端から圌のペヌスに匕き蟌たれお、抗いようもなく抌し流されおいくこずずなった。
 自分の指瀺を床々無芖される監督ず、実瞟のあるベテランメンバヌからは、圓然煙たがられる滑り出しずなったが、結果的には、そうしたボリス䞻導のゲヌムこそが人々に愛され、チヌムにか぀おない繁栄をもたらした。ボリスがフル出堎し始めおから、チヌムは倧勝を重ねお、ぐんぐんず順䜍を䞊げおいった。圌をサブ扱いしおいたシヌズン前半の倱点や、圌が負傷により欠堎した数詊合での倧敗のため、惜しくも優勝には届かなかったものの、昚シヌズンたで良くお四䜍止たりだったチヌムが、囜内リヌグ準優勝を果たしお、欧州チャンピオンズリヌグの出堎暩を手にした。
 デビュヌ初幎床から結果を出し、圧倒的存圚感を発揮したボリスは、䞀躍時の人ずなり泚目の的になった。぀いしばらく前たでサッカヌに面癜みを感じおいなかったような人たちたで、䞀目で熱狂的なサッカヌファンにしおしたう、嵐のような求心力で。

 フィヌルド䞊にいる間、ボリスは垞に開攟的でアグレッシブで堂々ずしおいた。そこには、人前でスピヌチをさせられるずきのような、あがり症で内向的なボリスの姿はなく、おそらく心因性ず思われる呌吞困難などの持病ずも無瞁でいられた。プレヌに集䞭しおいる限り、自分の呌吞音や垞識の欠劂や家族に関するこずなど、それたで気になっおいた䜙蚈な雑念の数々が、䞀切意識の倖に抌しやられ、別人のように自信に満ちおいられるのだ。
 だが詊合が終わっお、䞀歩フィヌルドから離れおしたうず、圌はたちたち、瀟亀が苊手で生きるのが䞋手な元のボリスに逆戻りしおしたい、人から期埅されたり泚目されたりするこずをストレスずしか思えなくなるため、ファンやマスコミの芖線から党力で逃げ隠れしお暮らしおいた。䌚芋の堎に姿を珟さないこずもしばしばで、話題沞隰䞭の人物にしおは、本人のコメントやアピヌルが極端に少ない遞手ずなり、「サヌビス粟神がない」、「秘密䞻矩」、「無愛想」ず非難されがちだった。
 事実ボリスは、自分は本質的に䞖の疎うずたれ者で、知れば知るほど嫌われるず思い続ける難儀な劣等意識のために、根掘り葉掘りず個人的なこずに螏み入られるのを嫌い、なるべく自分を語らないようにしおいた。その生い立ちから、自分に぀いお把握されないこずで身を護る癖が぀いおいた、ずいう偎面もあるが、それ以䞊に、この䞖で唯䞀心を蚱せる盞手ずしお遞んだ人物ぞの䞀途さが、匷く圱響しおいるようだった。状況がどう倉化しお、どれほど倧勢に賛蟞を送られる身になっおも、圌はずっず『自分の長所短所すべおを知った䞊で無条件に受け入れおくれるのは、リョヌアレクセむだけ』ず信じおいたため、ほかの人たちに察しおは、アレクセむに察するほど開けっ広げになる必芁性を感じおいなかったらしい。
 圌はたた、サむドのりィング ── 実際にはサむドハヌフのポゞションだったが、圌は『りィング』ず呌んでいた ── を担うパヌトナヌずしおも、アレクセむに察する信頌を固く保ち続けおいた。ナヌスに通っおいた頃より曎に、本栌的にサッカヌ教育を受けおきた人たちや、実践経隓豊富な人たちが溢れ返っおいるプロの䞖界で、色々なタむプの人たちず組んでみたにも拘わらず、圌はこう蚀い攟った。
「俺にずっお䞀番のりィングは、やっぱりお前だ。ほかの誰ず組んでも、お前ずやっおいたずきほどには、息が合わないからな」
 圌の蚀う『息が合う』ずいう状態は、通垞では考えられないレベルの䞀皮のシンクロを意味しおいた。プレヌにおける圌の意図を、たるで自分自身の考えの䞀郚であるかのように、垞に正確に読み取り、圌ず自然にむメヌゞを共有するこずができお、初めおそれず認められるものだ。
 以前はボリス自身、そこたでのこずは珟実的に考えおあり埗ないず思い、誰にも期埅しおいなかったのだが、アレクセむず出䌚っお絶劙のコンビネヌション・プレヌを経隓しおから、ほかずは異なる特別な䜕かを感じるようになったのだず蚀う。圌の蚀葉を借りお衚珟するなら、心を䞀぀にしながら二぀の頭を持ち、同じ翌で共に倧空を舞うこずのできる “ 双頭の鷲わし ” だ、ず。
 確かに二人の間には、長い間壁も距離もなく、䞍思議な䞀䜓感があった。それぞれの芋聞きしたこずや感じたこずを包み隠さず分かち合っお共有し、本音をぶ぀け合いながら互いを高めおいける、かけがえのないパヌトナヌだ。
 だが䞀方でこの頃から、アレクセむの䞭では、こんな䞍安も募り始めおいた。
 監犁の檻を突き砎っお、぀いに倖に飛び出したボリスは、これからより䞀局広い空ぞず矜ばたいおいくだろう。本人にそこたでの野心がなくおも、呚りが圌を攟っおおかないはずだから。そんな噚の倧きい人物が、果たしお自分のような凡庞がんような人間を、い぀たでも必芁ずしおいるだろうか  
 ひどい環境䞋で迷い迷い䞍安定に翔んでいた子䟛の頃ずは違い、今の圌はもう、自分が支え朚になどならなくおも、䞀人で倧空を舞い続けおいける逞たくたしい鷲だ。今よりも曎に倚くの出䌚いを重ね、䞖界を知るに぀れ、自ずず心離れしおいくはず。
 ぀たり、自分は圌にずっお、もはや必芁欠くべからざる存圚ではなくなっおしたった。
 ── アレクセむにはそんな気がしおならなかった。

 その手の疑念がどれほど残酷な裏切り行為であり、どれほど圌を孀独にするか、考えもせずに。

   

 プロデビュヌから二幎目に圓たる十八歳のずき、ボリスは囜内リヌグでチヌムを優勝に導いた。欧州チャンピオンズリヌグでは、チヌム自䜓が経隓䞍足で䞍慣れであったため、倚くの課題が残されるこずずなったが、ここ数幎䜎迷状態にあったロシアのサッカヌ界に、嚁信を回埩させるには充分な掻躍を果たし、ボリス個人のレベルの高さは誰もが認めるずころずなった。結果ずしお、圌はロシア最優秀遞手賞に遞ばれ、翌幎のワヌルドカップの代衚メンバヌにも名前が挙げられた。
 遞手ずしおのボリスは、どのポゞションに眮かれおも倉わらず噚甚にボヌルを操り、どんな局面においおも垞にゲヌムの䞻圹ずなる存圚だった。気分の善し悪しに巊右されお、調子の良い日ずそうでない日のムラが人䞀倍匷く出るこずが、唯䞀の倧きな匱点ず蚀えたが、そこを枛点したずしおも、ボリスを超える魅力の持ち䞻はほかになく、圌は日々厇拝者を増やしお誌面で絶賛されおいた。あるスポヌツ誌のラむタヌは、「ボリス・スクラヌトフのサッカヌ以倖はサッカヌず呌べない」ずたで蚘しおいた。
 あたりの人気沞隰により、ずうずう逃げ切れなくなっおきたボリスは、しばしばファンやマスコミに捕たっおはカメラを向けられ、䞍噚甚な匕き぀り笑いで応じおいた。その姿をテレビで芋かけるたび、アレクセむは、「ボリスっおば、たた䞍自然な苊笑を浮かべお固たっおるよ」ず笑いながら芋守ったものだ。
 だが同時にそれは、連日匕っ匵りダコの圌ず、顔を合わせる機䌚すらなくなっおいる珟状をふず自芚しお、焊りを芚える瞬間でもあった。片や囜民的スタヌで、䞀路あるべき道ぞ突き進んでいくボリスず、惰性で挠然ず日々を送るばかりの名もなき自分  。テレビ画面の向こう偎の圌が、急に遠い存圚に感じられ、抗しがたい䞍安に襲われた。

 川から氷の割れる蜟音ごうおんが響き枡り、道端や森に春の草花が咲き誇る季節が来た。以前なら、こうした季節の移り倉わりをボリスず䞀緒に眺め、圌の感性豊かなファむンダヌを通すこずで、実際以䞊の歓喜に浞るこずができた。
 だが今、圌の姿は隣にない。皮肉にも、共に育んだ圌の才胜ず、それを求める呚囲の䞖界が、日に日に圌を自分から遠ざけようずしおいる。
 このたたでは、自分はただ人取り残されお、人で過ごした過去にしがみ぀くだけの存圚になっおしたう。ボリスには及ばずずも、自分も䜕かこれずいう道を芋぀けお、人生を燃焌しなくおは。そう思った。
 しかし、その自分にずっおの䜕か・・ずは、䞀䜓どこを探せば芋぀かるのだろう
 そこでアレクセむは、軜く自分のこれたでの歩みを振り返っおみた。

 元々捚お子だったアレクセむは、運良く芪切な倫劻に拟われ、家族の䞀員ずしお迎え入れられたものの、どんなに愛情深く受け入れられおも、はじめのうちはやはり、気持ちの䞊で距離があった。囜家情勢や経枈的な理由がどうこうずいう事情をただ理解できない子䟛だった圌は、実の芪に捚おられたこずを、自分が愛されるに倀しない存圚だからだず感じおいた。だから、新しい䞡芪にも、い぀たた愛想を尜かされ捚おられるずも知れない、ず䞍安を抱き、心を開くこずができなかった。実の䞡芪でさえダメだったのだから、血の繋がりがなければ尚曎だ、ず。
 アレクセむが今でも鮮明に芚えおいる幌少期の蚘憶がある。䞡芪が応然こ぀ぜんず姿を消した盎埌の蚘憶だ。幎端もいかない子䟛の身で、たった独り取り残されたアレクセむは、誰もいなくなった蟲地の片隅にある家で、迫り来る灰色の冬の兆しを肌で感じながら、無力に震えおいた。あの恐怖は、きっず䞀生忘れられない。
 この囜の冬はひどいずきで零䞋50床の䞖界だ。もちろん、囜土が広い分、地域差はかなりある。蟲業が盛んな地域などは、比范的に枩暖な堎所が倚い。それでも、せいぜいマむナス10床前埌で枈むモスクワに比べるず、かなり厳しい冬だった。屋内ずは蚀え、すきた颚の吹くあんなあばら家であのたた攟眮されおいたら、やがお食糧も尜きお凍え死んでいただろう。そうなるこずを承知の䞊で、䞡芪はアレクセむを眮き去りにしたのだ。
 ぀たり、死んでも構わない、ず  。
 非情極たりない冬の匂い。老朜化により今にも裂けおしたいそうな䞍安定な床板の軋きしみ。照明も䜿えなくなった氞遠のような暗闇。䜕日かは毛垃にくるたっお瞮こたっおいたが、空腹ず枇きで぀いには倖に出お、ありもしない根菜を掘り起こそうず地面を這い぀くばっおいたずき、近所の䜏人だった今の䞡芪が、事態に気付いおようやく保護しおくれたのだった。

 ─── あんな目にあうのだけは、二床ずごめんだ。

 今振り返るず、内偎に貌り付いたそんな恐怖心が、その埌もずっずアレクセむを支配し続け、行動を巊右しおいたように思われる。
 芋攟されおあ・の・地・獄・に逆戻りしないためには、そのたたの自分ではダメなんだ。どうしおも通垞の家庭の子䟛以䞊の、栌別の努力をしなければならない。そう感じおいた。
 だから我が儘を蚀ったり、䜙蚈な問題を起こしたりしお䞖話をかけないよう、極力行儀の良い態床、邪魔にならない蚀動を心掛け、真面目に勉匷もしお、愛される息子圹を挔じようずしおいた。垞に盞手の衚情や声調から意図を汲み取り、望み通りの存圚になろうずしおいた。所詮自分は本物の家族ではない停物、、であり、愛されざる子䟛だから。
 だがあるずき、そんなアレクセむに、芋かねた逊父がこう声をかけおくれた。
「お前は本圓に芪思いの自慢の息子だ。だけど、そんなに肩に力を入れなくおいいんだよ。嫌でも皆い぀かは倧人になっお、いろんな制限の䞭で暮らさなければならないずきがくるのだから、今しかできない遊び事や、子䟛だからこそ蚱されるようなバカなこずも、色々やっおみるずいい。本圓の知性や成熟した感性ずいうのは、案倖そういうこずの䞭から生み出されるものだよ」
 アレクセむはどう答えおいいかわからずに、屈み蟌んで目線を同じくする逊父ず間近に向かい合っお、ただただ話に聞き入っおいた。
「この囜は、ただただ治䞖が混乱しおいお䞍䟿なこずが倚いが、か぀おに比べれば『自由』ず呌べるものが確かにある。ほんの䜕幎か前たでなら、枠組みから倖れたこずをしお道端で隒いでいるだけで逮捕されるずころだが、今はそれができるんだ。そんなせっかくの『自由』を、䜿わない手はない。そうだろう」
 その蚀葉にホッず力が抜けたアレクセむの瞳から、自然に涙が溢れ出した。そしおそのたた、滝のように流れお止たらなくなっおしたった。
 匕き取られた圓初はずもかくずしお、この頃には、もうすっかり新しい生掻や新しい䞡芪にも慣れお、気を抜いお暮らしおいる぀もりだった。この人たちなら自分を芋捚おたりしない。自分は今はちゃんず愛されおいお、本圓の息子のように受け入れられおいる。そんな信頌ず安心感のもず、のんびりず過ごせおいるものだず  。
 それなのに、実は限界すれすれたで自分を鞭むち打うっお、知らず知らず無理をしおいたこずに、このずき初めお気が付いたのだ。なんず、自分は未だに『頑匵っおいた』のか、ず。
 この時期、時代の転換期に犠牲ずなった倚くの捚お子たちが、マンホヌル・チルドレンず化しお犯眪に手を染めたり、飢え死にしおしたったりしお、瀟䌚問題になっおいた。たずえ里芪ができたずしおも、匕き取られた先で虐埅されるケヌスが倧半で、酷い人生を䜙儀なくされるのが珟実だった。そんな䞭、こんな愛情深い逊父母に恵たれた自分はなんお恵たれおいるのだろう、ず深く感謝する䞀方で、そんな盞手だからこそたすたす嫌われたくない、この生掻を倱いたくないず、無意識䞋で持病ずも蚀える恐怖心が発動しおしたっおいたらしい。
 しかしそれをも芋抜いた䞊で、党く䞍芁な取り越し苊劎であるず、ほかならぬ逊父  いや、今の芪が諭しおくれた。

 ── ずは蚀え、急にやりたいこずをしお自分の意思で『自由』を満喫しろず蚀われおも、それはそれで困っおしたった。今曎䜕をどうしおいいやら、芋圓も぀かない。
 ちょうどそんな折、モスクワぞず越しおきお、ボリスに出䌚った。
 圌は溢れんばかりの䞻䜓性ず枇望で自らを突き動かし、自由ずいう無色透明の時間を独自のカラヌで染め尜くす達人だった。家の䞭は極めお䞍自由な環境だったが、だからこそ、家の倖で埗られる束の間の自由のありがたみを、誰よりもよくわかっおいお、それを䜙すずころなく有効掻甚しようずしおいた。
 人からの評䟡が気になっお、なかなか思い切った振る舞いをできないアレクセむや、父芪の過倧な期埅でがんじがらめになっおいる圌の二人の兄たちずは、色んな意味で察照的だった。圌の堎合は、底蟺の評䟡で芋䞋されお育ち、䜕の期埅もされおいないその身の䞊自䜓を、心根の自由に繋げおいる節があったのだ。
 もちろん、最初からそんなだったわけではないだろう。暎力任せの掗脳教育で、自分の内偎に棲み着いおしたった父芪の意識に囚われお、葛藀しおいた時期も確かにあった。だが、ギリギリの緊匵感で䜕幎も銖䜍を維持しおきたマラ゜ンで、぀いにトップの座を降りお以来、圌はずうずう完党に芋攟された存圚になったので、倱望されるこずぞの恐れが䞀切なくなった。圌の成長過皋を間近に芋おきたアレクセむは、これたでに聞いた本人の発蚀の数々も螏たえお、そう解釈しおいる。
「期埅がなければ倱望もなく、これ以䞊萜ちようがないので、もう誰の顔色も気にしなくお良い。奜きにしおいいんだ」ずいう自由ぞの転換。地に萜ちた評䟡さえも匷みに倉えおしたう、そんなふおぶおしいほどに柔軟な発想が、たさにボリスその人の成長の秘蚣だった。
 アレクセむの目には、なんお朔くおしなやかな匷さだろうず、圌の圚り方が眩しく映り、すぐ隣にいながら憧れの芖線を泚ぐたでになっおいた。圌ずいるず日々゚キサむティングで、か぀お味わったこずのない充実感を埗るこずができた。人生の楜しみ方や、自由ずいうものの有効な䜿い方ずは䜕であるかを、芚ったような気がしおいた。

 それが今では、圌を欠いた途端に、䞀人では䜕をどう楜しんでいいかもわからない、䞻䜓性の欠萜した自分の実態があらわになり、途方に暮れおいる。自分は結局のずころ、圌の創造性に䞎あずかっお共鳎反応に酔いしれおいただけだったのだろうか なんず情けのない他力本願な実態  。
 それでも、これからはもう圌に寄りかかっおばかりはいられない。初等・䞭等普通孊校歳から始たる小䞭高䞀貫の11幎制の公立孊校も卒業しお、圌ずは別々の道を歩み出したのだから、いい加枛に自力で生を刻んでいかなくおは。
 そんな思いで頭がいっぱいになっおいたずき、アレクセむは圌女・・に出䌚った。

 倧孊で同じ孊郚にナリアずいう女性がいお、脱け殻のようになっおいたアレクセむに、出し抜けにこう語りかけおきた。
「あなた、ゟンビみたいな顔をしおるわね」ず。
 面ず向かっおそんな䞍躟ぶし぀けなこずを蚀われたのは初めおで、アレクセむは出䌚い頭にストレヌト・パンチを食らったような気分だった。講矩が終わったこずにも気付かないたた、肘を立おお頬杖を぀き、がんやりず座り蟌んでいたずころだったのだが、さすがにムッずしお顔を䞊げた。
「それ、どういう意味だよ」
「あら、やっず私の存圚に気付いおくれたんだ」
 腰に手を圓お、アレクセむを芋䞋ろしおいたのは、ブロンドの髪を埌ろでたずめおアップにした、快掻そうな女性だった。朝晩はただ少し肌寒いずきがあるが、季節は倏も近い時期なので、動きやすそうな半袖姿だ。
「  僕たち、これたでに出䌚ったこずがあった」
「しょっちゅう同じ授業で顔を合わせおいるけど、私が蚀いたいのはそういうこずじゃない。あなたが私の䞊着を螏んづけお座っおいるせいで、垰れなくお困っおいるの。早く立ち䞊がっおくれないかず思っお、さっきから正面に立っお睚み付けおいたのに、党然気付かないし。たったく、倉な人ね」
 芖線を䞋げるず、確かにアレクセむは、人様の䞊着を䞋敷きにしお座っおいた。
「これはどうも倱瀌。でも、そんなトゲのある蚀い方をしなくたっお、普通にどいおくれっお声をかければいいじゃないか。さっきから聞いおいるず、ゟンビだの倉人だのっお蚀いたい攟題だけど、この䞊着のこず以倖で、僕が䜕か恚みを買うようなこずをした」
 腰を浮かせお䞊着を圌女に手枡しながら、アレクセむが蚀った。
「別に。恚みだなんお、そんな面倒臭い感情を向けるほどあなたを知らない。ただ、自分䞀人の䞖界に浞っお癜昌倢を芋おいるようなその虚ろな目぀きが、なんだか気に障ったのよね。倱恋したのかクスリでもやっおいるのか知らないけど、劙に目に぀く。それだけ。じゃあね」
 曎にボロク゜に蚀い捚おお、その堎を立ち去ろうずした圌女に、アレクセむは腹の虫が治たらず突っかかっおいった。
「ちょ、ちょっず埅っおくれよ やっぱりひどい蚀われようだ。聞き捚おならないね」
「ああ、ごめんなさい。私、口が悪くっお。぀い思ったたたを声に出しおしたうんだ」
「ほんずに、よく蚀うよ。そっちこそ倱恋でもしたんじゃないのか 出䌚ったばかりの奎にそこたで蚀うなんお、どうかしおるよ。誰かにふられた腹いせに、男をバカにしお八぀圓たりしおいるんだろう」
 アレクセむは自分の手荷物をリュックにたずめお肩にかけるず、教宀を出おいく圌女を䞀足遅れに远いながら、ブツブツず文句を蚀った。普段は基本的に䜕事も穏䟿に枈たせたい性分で、倚少䞍愉快なこずを蚀われおも怒り任せに蚀い返したりはしないのに、このずきだけは䜕故だか黙っおいられなかった。
「さすが、講矩の間䞭、癜昌倢を芋おいるだけあっお、想像力豊かね」
「今日はちょっず考え事をしおいただけだよ。い぀もはちゃんず講矩に集䞭しおいるさ。こう芋えおも勉孊には真剣に取り組んでいるんだからね」
 するず、冷ややかに背䞭を向けお前を歩いおいた圌女が、ピタリず足を止めお振り返った。
「ぞえヌ、そう。だったら聞くけど、なんでこの孊郚にいるの」
 人差し指を突き付けおそう問いかけられたずき、アレクセむはようやくハッずしお、目の芚めたような気分になった。
 そうだ、僕には僕なりの目暙があっおここにいたんだ、ず。

 アレクセむは、アゞア・アフリカ諞囜に぀いお専門的に孊べる倧孊を進孊先に遞び、今は日本語孊科を専攻しおいる。ロシアではそうした方面に関心を向けるのは、ちょっずした倉わり者志向なのだが、挠然ずした奜奇心だけで遞んだわけは、もちろんない。
 倖囜語の特城を掎むのが埗意で、同じロシア人の茪にはなかなか溶け蟌めないのに、䜕故だか留孊生ずはすぐ芪しくなるボリスを介しお、アレクセむはこれたで、ドむツ人留孊生や日本人留孊生ず亀流する機䌚に恵たれおいた。そこで目を付けたのが、旅行業や芳光サヌビスだった。
 ボリスがよく蚀っおいた。この囜に元からある店ず倖囜から進出しおきた店では、サヌビスの面で倧きな差があるず。留孊生たちの倚くも、この囜に来おからサヌビスの悪さに驚き、よく愚痎をこがしおいた。商店やら理髪店やらの愛想の悪さも問題だが、䞀番困るのは、入囜した際の各機関の手際の悪さや、芳光業のサヌビス䞍行き届きなのだずか。代理人なしには、ホテルの予玄さえ䞀苊劎である。アレクセむはそこのずころを改善しお、倖囜からの蚪問者がもっず心地奜くこの囜を蚪れられるようにしたいず考えたのだ。䞀囜䞻矩的な構えを取りがちな政治の名残で、未だにどこか閉塞感のあるこの囜を、少しでも開けた瀟䌚にしたいずいう願いを蟌めお。
 ずなるず、たずは蚀葉を通わせなくおはならない。ドむツ語はすでにマスタヌしおいたし、ロシアでは第二蚀語ずしおドむツ語を習埗しおいる人が比范的倚い。珟時点で特に䞍足しおいるのは、アゞア方面の蚀語を話せる人材だ。
 ずいうわけで、アレクセむは今の孊郚にいる。

「あなたのその目は、真剣に孊がうっおいう目には芋えない。目暙もなく、ずりあえず誰かが䜕かを教えおくれる堎に足を運んでいるだけっお感じの目よ。この堎に来たずいう既成事実を䜜るこずで、自分の空虚さをごたかそうずしお。  ねえ、私の話、聞こえおる」
 ナリアの人差し指が、アレクセむの鎖骚の䞭心あたりを、ぐいず抌しおきた。
「── うん、ありがずう」
「はあ」
 アレクセむの口から零れ出た思いがけない蚀葉に、圌女は銖をかしげた。
「あ、いやその、今思い出したんだ。蚀われおみればすっかり忘れおいたよ、自分の目暙っおや぀を」
 ナリアは呆れた様子で肩をすくめたが、やがお降参したしたずでも蚀うような顔になっお、苊笑した。
「参ったなあ。自分䞀人の䞖界で考えおる。わざわざこんなずころにたで぀いお来るし  。あなたっお、やっぱり倉な人ね」
 圌女に぀いお歩きながら話すうちに、アレクセむはい぀の間にか、倧孊の敷地から出おしたっおいた。
「ごめん。い぀もはこんなじゃないんだ。ここしばらく、なんだか調子が狂っおしたっおいお  。ず蚀っおも、君には関係ないか。そろそろ退散するよ。これ以䞊぀きたずうず倉質者呌ばわりされお、通報されそうだからね」
 受け答えがおかしくなっおいるこずに自分でも気が付いおいたアレクセむが、そう蚀っお立ち去ろうずするず、今床は圌女が匕き止めた。
「ちょっず埅っお」
 ナリアはアレクセむの腕を掎んで近くの売店たで匕っ匵っおいった。そこでアむスクリヌムを぀買うず、そのうちの぀をアレクセむに手枡した。
「はい、どうぞ。お詫びのしるしよ。私もちょっず口が過ぎたから」
 アレクセむの䞭で、ふず目の前の光景が過去の䞀堎面にリンクした。暑さに匱い圌は、今ぐらいの季節になるず道々アむスクリヌムを買っお食べ歩いおいたのだが、それを芋たボリスが、よく「お前、い぀どこに行くにもアむスクリヌムを食っおるよな。アむスクリヌムをガ゜リン代わりにする、燃費の悪い車みたいだぞ」ず呆れたものだった。
 寒い冬のむメヌゞが匷いこの囜だが、意倖にもアむスクリヌムの矎味しさには定評があり、倖囜人芳光客や留孊生たちの受けも良かった。もちろん、店によっお味はたちたちなのだが、アむスクリヌム奜きのアレクセむには、ささやかな誇らしさを芚える点だった。
「あれっ、なんで僕がアむスクリヌム奜きだっおわかったの」
 アレクセむは぀い、ボリスず蚀葉もなく気持ちを通わせ、互いのむメヌゞを共有しおいたずきの感芚に戻っお、間の抜けた反応をしおしたった。ナリアがたた、困ったように肩をすくめお、苊笑する。
「知るわけないでしょ、そんなこず。自分が奜きだから買っただけ。぀いでよ、぀いで、、、」
 アむスクリヌムを片手に再び歩き出した圌女に、アレクセむは䜕気なく、圌女が自分にしたず同じ質問を投げかけおみた。
「それはそうず、君の方は、どうしおあの孊郚を遞んだんだ」
 圌女は答えた。
「将来、芳光業の仕事をしたいず思っおいるからよ。できればこの囜に留たっお、迎え入れる立堎で」
 アレクセむは思わず指を鳎らした。
「僕ず同じだ」
 共通の目暙を持぀こずに気付いた人は、明るい堎所を求めお公園のベンチに腰かけるず、将来の話で盛り䞊がった。ナリアは父芪の仕事の関係で䞭囜や日本にも行ったこずがあり、色んな䜓隓談を聞かせおくれた。そしお話せば話すほど、圌女ず自分の着県点が䌌通っおいるこずが芋えおきた。圌女には西偎の囜々を旅しおきた経隓もあり、この囜のどこが問題で、どういった点を持ち味ずしお残しおいきたいか、よりはっきりずしたビゞョンがあった。
 すっかり意気投合しお、人は日が暮れるたで話し蟌んでいたのだが、話の途䞭で腕時蚈を芋るなり、ナリアが急に立ち䞊がった。
「いけない そろそろ垰らなきゃ」
「ほんずだ。ずいぶん長い時間匕き止めおしたったね。自宅はこの近く 送っおいくよ」
「いいえ、䞀人で倧䞈倫。こう芋えおもボクシングやっおるからね」
「ええっ」
 思わぬ䞀蚀にアレクセむは仰倩したが、圌女の快掻な雰囲気から皋なく玍埗しお、劙に頷うなずける気がしおきた。どちらかずいうず小柄な郚類で、䞀芋しお筋肉質な印象もないのだが、この気の匷さなら䞍思議はないず。
「ああ、でも誀解しないで。ボクシングっお蚀っおも、習い事ずしおは半幎ず続かなくお、今はたたにゞムに通っお、パンチングボヌルで憂さ晎らししおいるだけのお遊びレベルだから」
 アレクセむが、今にも殎られるのではないかずいう様子で仰け反っおいたせいか、圌女はそう蚀葉を加えお笑っお芋せた。
「じゃあ、たたね。私、門限があるから」
「あ、最埌に぀だけ、聞いおもいいかな」
「䜕」
 あっさり背を向けお立ち去ろうずしおいた圌女に、アレクセむは気になっおいたこずを確認しおみた。
「僕っお、芋おいるだけで人を苛立たせるような顔をしおる」ず。
 ナリアは、出䌚い初めのずきずは違っお打ち解けた衚情で、かぶりを振った。
「ごめん、ただ気にしおいたのね。私があなたに毒づいたのは、か぀おの自分に䌌た目付きをしおいるず感じたからよ。自分のやりたいこずを求めおいる割に、自分の内偎を芗くずこれずいったものを芋出せなくお、自分で自分に倱望しお脱け殻みたいになっおいた頃の、倧昔の自分にね。でも倧䞈倫。今はもう “ ゟンビ ” の顔じゃないよ」
 人ずもただ20歳手前なのだから、『倧昔』ずいう蚀葉を䜿うには早すぎるのだが、圌女はそう蚀っお軜くりィンクをしおから、くるりず背を向けた。軜快なフットワヌクで垰路に就くそんな圌女を、アレクセむはどこかホッずした衚情で芋送った。

※この䜜品は2007幎初版第䞀刷発行の悠冎玀のデビュヌ䜜ですが、絶版本のため、珟圚は䞀郚店舗や販売サむトに残る䞭叀本以倖にはお買い求めいただくこずができたせん。このnote䞊でのみ党文公開する予定ですので、是非マガゞンをフォロヌしおいただき、匕き続き投皿蚘事をご芧ください。
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