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詩 『鮫 ~ペールグレーの刃物』

作:悠冴紀

底知れぬダークブルーの海の中から
ゆらりと立ち現れるペールグレーの刃物

隙のない冷ややかな眼差しで
静かに鋭く 水を斬る

さめは笑わない

何者にもなびくことなく
どこにも馴染むことなく
ギラリと横切り 去っていく

その研ぎ澄まされた姿を変えぬまま
何億年もの間 君臨し続けてきた

鮫は語らない

群れを集うことなく
通じ合うことなく
音もなく忍び寄る 闇夜のハンター

決してすべては見せないまま
暗がりだけを友に 獲物を狩る

鮫は眠らない

護られることなく
安住の地もなく

誰一人寄せつけない 哀しき勝者

止まることさえ 許されぬまま
生き抜くために 直走る

手に触れることの叶わない
美しき凶器よ

一切の無駄を省いた その洗練された姿が
孤独を愛する そのしなやかな強さが
たまらなく私を魅了するのだ

傷まみれの体で
休むことなく

儚くも飄々ひょうひょう
海を巡り……

いつまでも そのまま
自由でいて

どこまでも そのまま
突き進んでいって

海の深みを その身にまと
稜々りょうりょうたる波を従えて ──

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①アクアリウムBAR『GRAND SHARK』のツマグロザメ



※2015年5月に書いた作品です。

一般には鮫というと、映画などによる悪役イメージから必要以上に恐れられ、どんなに乱獲されようと、絶滅の危機にまで追い込まれようと、「あんな有害な奴ら、いなくなっても関係ないし、どうでもいい」と無関心だったり、恐怖の対象であるからこそ挑み甲斐もあると、人間の稚拙なカッコつけのためにスポーツフィッシングのターゲットにされたりと、鮫の方が生存を脅かされているのが現実です。

また最近では逆に、根底にある悪役イメージを払拭しようとするあまり、必要以上に「危ない種類はほんの一握りだし、現実の鮫はむしろ臆病で、本当は全然怖い存在じゃないよ~☺️」というアピールをする人がいたり、「彼らの中では最強の一種であるホホジロでさえ、天敵のシャチには手も足も出ないんだから、人が思うほど大した奴らじゃない」と言う人もいたりで、鮫安全説ばかり強調しすぎる動きもあります。かくいう私も、恐怖心から不必要に攻撃的になりがちな人々から、愛する鮫々を(微力ながら)護りたいという思いで、ついついそういう安全説を語ってしまいがちだったのですが……。

あるときふと違和感を覚えて、何やら自分に嘘をつくところまでやりすぎていたかもしれないと、気がつきました。

確かに、500を超える種が確認されている鮫々の中で、人間にとっても脅威となり得る種は数えるほどにしかいない、というのは本当のことで、是非とも積極的に伝え広めたい情報の一つです。また、獲物を感知することに特化した各種センサーが鋭敏すぎるために、少しの刺激に対してもビクッ! と敏感に反応したり、人が思うより用心深い(消極的な)行動を取ったりするのも、事実です。そしてホホジロは確かに、シャチには負けます💧

とは言え──。

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②須磨海浜水族園で撮影したハナザメの『サッキー』

今改めて振り返ると、まだ鮫に関して、自然界における実際の在り方や、多種多様な生態のあれこれなど何も知らず、他の大勢と同様(?)に、「なんとなく怪しげで危うくて冷ややかで、掴み所のない無感情な眼をした『泳ぐ凶器』」という程度の遠いイメージしかなかった頃から、私はずっと鮫という生き物に興味を引かれていて、そういう危うい側面をも含めて惚れ込んでいたのです。

なので、鮫に対する世の過剰な恐怖心を払拭したいからといって、鮫のことを、人間ならではの解釈で臆病者呼ばわりしたり、弱者であるかのように語るという、それこそ過剰としか言いようのない無理やりなアプローチは一旦やめて、今一度自分なりの鮫愛の原点(ファースト・インプレッション)に立ち返りたい。そんな思いで書いたのがこの一作でした。

そう。つまり、今よりもっとずっと鮫という生き物に対して距離のある見方をしていた子供の頃に、私が憧れ目線で思い描いていた、刃物のような鋭さを秘めたダークでミステリアスで力強い孤高のトップ・プレデターとしての鮫像が、この作品のモデルなのです。

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③海遊館のツマグロザメ

ちなみに、「止まることさえ許されぬまま」という部分は、彼等について知っていた知識の中でも、前々から最も興味を引かれていた特異性の一つです。

ホホジロを代表とする外洋の鮫の中には、常に泳ぎ続けていないと窒息して死んでしまう種がいます。(※ ただし、静止していてもエラから海水を取り込み、 酸素を得ることができる噴水口という器官を持つ鮫、たとえばドチザメやネムリブカなど、日中水の底で休んでばかりいる鮫たちには当てはまらない話ですが🦈) もちろん、マグロなど他の回遊魚も、ホホジロと同様、泳ぎ続けなければ窒息してしまうことで知られているので、必ずしも外洋の鮫だけに特有の生態、というわけではないのですが、かつての私の目には、それが鮫というキャラにこそ しっくりとくる、あまりにもお似合いな在り方だな~という気がしてならなかったのです f^_^;

常に死と隣り合わせで、止まるに止まれない身の上だから、ひたすら進み続ける。

生き抜くために獲得した優れたハンターとしての能力の代償として、立ち止まることも休むこともできない身になってしまった ── なんて、切ないほどに過酷な運命を背負ったハードボイルドな奴らだなと、改めてその刹那の魅力に惚れ直したものです、ハイ(笑)

すでにお気づきの方もいるでしょうけど、私のこういう少々(?)ズレた趣味嗜好は、自作小説に登場してくる人物たちのキャラ設定にも、色濃く表れていると思います。たぶん、かつての私は、今よりずっと謎多き存在だった鮫という生き物を、神話や民話の類いに見る登場人物のように頭の中で擬人化して、背後に何やら物語じみた奥行きや広がりを感じていたんでしょうね。今よりもずっと豊かな想像力で、自然界に対するいい意味での畏れと敬意を持って。

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④須磨海浜水族園のハナザメ『令凪ちゃん』

……と言っても、大抵の他の人たちからすれば、人間とは違って休みも止まりもせず、生き抜くことだけを念頭に獲物を追いかけてくる捕食者だなんて、それこそますます怖くて異質で不可解で、やっぱり同じ現実世界には存在してほしくないイヤな奴らだ! というのが、正直な本音なのでしょうけど (;^_^A

私はこう思います。
なめすぎず恐れすぎず、正しく程々の警戒レベルを保ちながら、現実的に付き合っていくべきだ、と。その昔、狼を恐れた人々が、生活のため、身の安全のためにと、無闇やたらに狼狩りをして回った結果、自然界のバランスが狂ってしまい、天敵のいなくなった鹿や猪などが猛威をふるい、田畑を荒らし回って農作物を尽くダメにしてしまった、なんていう事例があるように、過剰な恐怖心による過度な行為は、いずれ自分たち自身の首をしめる結果を招きかねず、何かと判断を狂わせる元です。(鮫も狼たちと同様、海のバランサーとしての重要な役目を負っていて、その影響は回り回って人間の生活にも関係しているのですよ、人知れずに)

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⑤須磨海浜水族園で撮影したシロワニ画像

💡ではここいらで少しばかり、実際の鮫に関する解説も加えておきますね🦈

まず上の画像↑をご覧ください。今年の最初に投稿した記事でもクローズアップした種ですが、これはシロワニという種類の鮫です。ホホジロやアオザメなど、典型的な「止まると窒息して死んでしまう外洋の鮫」と同じネズミザメ目に属する鮫ですが、実は、胃袋に酸素を溜めておけるという特技があるため、そんなに泳ぎ回らなくても大丈夫なんです。泳ぎ方はスローモーションと言って過言でない程ゆったりしているし、昼間には海中の岩場で休んでいることもあります。強面だけど人には安全な大人しい鮫、ということで、水族館によくいる人気の大型鮫です。

ただし!
なめてかかってはいけません!

人間でもそうですが、自分から積極的には攻撃してこない物静かな奴だからといって、身体能力の低い弱い奴、というわけでは決してないのです。ご覧の通り、獲物を串刺しにするタイプの鋭い歯が無数に生えているので、「安全種だって。なら怖くないや♪」と不用意に手を触れて驚かせたり、攻撃されたと誤解されたりしたら、反撃されて血を見ることになります。(シロワニは基本的に、小魚などの一口に食べられるサイズの獲物しか捕食しないので、食べられはしませんけどね (^_^;))

普段はゆっくり泳いでいても、本気を出せば優れた瞬発力を発揮して、実は驚くほど速く泳げるし、パワーはさすがに大型動物のそれ。人間なぞは太刀打ちできません。

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⑥シロワニの後姿

私流の表現で物語風に喩えて言うなら、驚くべき自制心で今は穏やかに振る舞っている、引退後の殺し屋みたいなものだと思えば、イメージしやすいかなと思います😅 実際、シロワニは、母鮫のお腹の中で、自分の兄弟姉妹に当たる胎仔や卵を食らうことで、生きるための栄養を得ることができ、その生存競争に勝ち残った者だけしか、母親のお腹の外へと誕生することができません。人生の……いや、魚生の最初にその身に刻まれるのが、兄弟殺しという十字架であり、それを避けては産まれることすらできないのです。

👆これは、何年か前にテレビでも紹介された驚愕の生態の一つなんですが、お笑い芸人ココリコの田中さんが、この事実を知ったとき、怖いというよりはむしろ切ない、というようなコメントをしていらしたのが印象的で、私には大いに共感できる話でした (^_^;)

もちろん、あまり人間臭い解釈を加え、同情的に捉えすぎても、それはそれでまた話を作りすぎで無理やりな見方、ということになってしまいますが、掴み所がない遠い存在としか思えないために、何となく怖いと感じていた対象の背景事情を、人間っぽい物語に置き換えてみることで、「嗚呼、彼らもまた同じ地球に暮らす生き物で、そこにいるのが当たり前ではなく、大変な道のりを経てやっとのことで命を繋いできたんだな」という、共生に欠かせない いくらかの尊重に繋げることができるのなら、それも一つの手だなと私は思うのです。物語やフィクションの役目とは、まさにそういう想像力を培う、考える力を育てる、という点にあるのでは? と──。

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⑦京都水族館の絶世の美魚『エイラン』

さて、シロワニの話が長くなりすぎましたが💦、次はこの画像⑦👆をご覧ください。これは2013年に京都水族館で撮影してきたメジロザメ目ドチザメ科のエイラクブカという鮫です。漢字で書くと永楽鱶妖艶ようえんな見た目に相応しい、なんとも優雅な名前だと思いませんか? (←ちなみに「ブカ」はフカヒレのフカ。主に関西で、昔から鮫のことをふかと呼んでいたのですが、魚編に養うと書くこの字を持つ鮫は、基本的に卵胎生で、母鮫のお腹の中で卵が孵り、人間と同じように子供の姿で誕生してきます)

ところで、この写真のエイラクブカは、何を隠そう、私の鮫愛が今更という歳で再燃し、鮫について今一度ちゃんとした知識を身に着けよう! と思うに至るきっかけをくれた子なんです。名前はエイランちゃん♀ 水槽に咲く一輪の花、ということで、泳ぐ蘭と書いて泳蘭エイランです。

エイラクブカ自体は、関西のどの水族館でも見かけるありふれた種だし、体が細長いこと以外には、これといった目立った特徴のないオーソドックスな無地のグレーの小型鮫なので、この鮫に注目する人は鮫愛好家の中にも殆どいないのですが(← 通な人ほど、希少種に惹かれがち(^^;))、私は個人的に、このシンプルで優美な姿に強く惹かれます✨

地味に美しい! 笑

そんなエイラクブカの中でも、このエイランちゃんは特に色白でしなやかでレースのようなヒレが一際美しく、病みつきになるほど私を惹きつけてくれる存在でした。その後、この子を目当てに足繫く通っていた京都水族館で、いつからかその姿を見かけなくなり、消息不明になってしまいましたが、その麗姿は私の瞼の裏に今も鮮やかに焼き付いていて、一生忘れることはないでしょう。

私を今現在の鮫ライフへと導いてくれた、永遠に枯れない水の花。

巡り合えて本当に良かった✨

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⑧エイラクブカの泳蘭ちゃん

あ、エイランの話も、語り出したら止まりませんね💦
話が長くなってしまってすみません m(_ _)m

さて、残りの鮫画像の話ですが、この記事のトップ画像と、本文中の一枚目に当たる画像①(詩作品の直後に掲載している写真)は、メジロザメ科の端黒ツマグロという種の鮫で、三宮にある私のお気に入りの店、GRAND SHARKというアクアリウムBARで撮影してきたものです。(←追記:今調べてみると、閉業していました😭)

本文中二枚目の、シャープなボディラインが特徴のメタリックな鮫(画像②)は、須磨海浜水族園のハナザメという種類で、まだ模様もなかった幼魚時代の写真です。成長すると、画像④のように、各ヒレの先端に黒い模様が出てきます。ツマグロの方は背鰭にもくっきりとした黒斑が見られるのですが、ハナザメは背鰭には模様がありません。

そして、動的で目付きのカッコいい鮫画像③は、海遊館生まれのツマグロザメの幼魚の写真です。ツマグロ自体は、最大で2mぐらい(← 鼻先から尾びれの先端までの全長)の比較的に小さめの鮫で、人間や大型の哺乳類を捕食できるような鮫ではありませんが、尖った歯があることには違いないので、人間が近づきすぎてうっかり触れてしまったり、いたずらに手出しをしてビックリさせたりすると、とっさに足に噛みつかれて怪我をする程度の事故は起こります💧

エイラクブカはツマグロより更に小さく、マックス1.8m程度だし、ヒョロ長いので実際以上に小さく見えますが、ほぼ安全種の部類に入るそのエイラクブカでさえ、歯は尖っているので、やはり不用意に触るのは控えた方がいいでしょう (;^_^A 致命傷を負わされる可能性はないけれど、反撃されれば少々怪我をして痛い思いをします。

ちなみに、ハナザメに人が襲われたという話は、私は今のところ聞いたためしがないけれど、この種はけっこうデカくなります💧 図鑑では、成長すると2mを超すとか、最大3mぐらいとか書いてありますが、実際に水揚げされたハナザメの中には、3mを余裕で超える巨大な個体もいて、「えっ!? ハナザメって、ここまで大きくなる種だっけ???(゚Д゚;)」と、その大きさ、その迫力に仰天することがたまにあります。もちろん、水族館の水槽の中で、そこまで巨大化することはまずないでしょうけどね (;^_^A

水族館では見られないハナザメの特性の一つに、回転ジャンプというのもあります。本当にクルクルとフィギュアスケーターのように回転しながら跳ぶので、英語圏では「spinner shark」と呼ばれています。ホホジロは獲物を狩るときにジャンプをする、ということで知られていますが、ハナザメの場合は必ずしもそういうわけではないようで、一体何を目的としてのジャンプなのか、定かではありません。まだまだ謎の多い魅力的な子たちです、ハイ。

そしてやっぱり、美しい!✨笑 ←もうええてヾ(-_-;)

画像9
⑨須磨海浜水族園のハナザメ『令凪ちゃん』


そんなこんなで、あまりにも長すぎる鮫記事でした〜 m(_ _)m

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📓 詩集A(十代の頃の旧い作品群)
📓 詩集B(二十代の頃の作品群)
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