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まいにち易経_0708【お先にどうぞ、ありがとう。】謙は亨る。[15䷎地山謙:卦辞]

謙。亨。

けんは、とおる。


謙卦には二つの意味が含まれる。一つは謙虚:人に対して傲慢でなく親しみやすいこと。もう一つは謙譲:他人と争わず、譲り合うこと。功績があっても自慢せず、他人を優先する。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

『地山謙』についてお話しさせていただきます。
私も皆さんと同じように、かつては若く、野心に満ちあふれていた時期がありました。その頃の経験を踏まえて、今日は「謙虚さ」という非常に重要なテーマについて、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

さて、易経の教えによると、「謙」は「亨る」とされています。「亨る」とは、物事がスムーズに進むこと、成功することを意味します。つまり、謙虚な態度を持ち続けることで、私たちの目標や志は自然と達成されていくということなのです。

古代中国の春秋時代、魯の国の君主であった定公という人物がいました。彼は非常に謙虚な人物で、ある時、臣下から「あなたは本当に立派な君主です」と褒められた時、こう答えたそうです。
「私はまだまだ至らぬ点が多い。だからこそ、皆の意見に耳を傾け、日々学び続けているのだ」と。この態度が周囲の人々の心を動かし、魯の国は大いに栄えたといいます。

このエピソードから分かるように、謙虚さは単なる美徳ではありません。それは、自分自身を常に向上させ、周囲の人々の信頼を得るための重要な手段なのです。

では、現代のビジネスシーンにおいて、この「謙」の精神はどのように生かせるのでしょうか。

例えば、プロジェクトのリーダーとして大きな成功を収めた時、どのような態度を取るべきでしょうか。
「私の指示が的確だったから成功したんだ」と自画自賛するのではなく、「チームの皆さんの努力のおかげです。私にはまだまだ改善の余地があります」と謙虚に振る舞うことで、チームの団結力はさらに高まり、次のプロジェクトでも大きな成果を上げる可能性が高くなるでしょう。

また、新しいアイデアを提案する際も、「謙」の精神は重要です。「この案は絶対に成功します!」と強引に押し通すのではなく、「まだ改善の余地があるかもしれません。皆さんのご意見をお聞かせください」と謙虚に意見を求めることで、より良いアイデアに発展させることができるかもしれません。

ここで、私の経験をお話しさせていただきます。私が大企業の経営者だった頃、ある大きな失敗をしてしまったことがありました。その時、私は自分の判断ミスを認め、社員の前で謝罪しました。「私の判断が甘かった。皆さんの意見をもっと聞くべきだった」と。
正直、プライドが傷つき、辛い経験でした。しかし、この態度が社員たちの心を動かし、みんなで一丸となって問題解決に取り組むきっかけとなったのです。結果的に、会社は危機を乗り越え、さらなる成長を遂げることができました。

この経験から、私は「謙虚さ」の本当の力を学びました。謙虚であることは、決して弱さを意味するのではありません。むしろ、自分の限界を認識し、常に学び、成長しようとする強さの表れなのです。

しかし、ここで注意しなければならないのは、単に形だけの謙虚さでは意味がないということです。心からの謙虚さでなければ、かえって周囲の反感を買ってしまう可能性があります。
例えば、「私なんてまだまだです」と言いながら、内心では「本当は私が一番優秀なんだ」と思っているような態度は、すぐに周囲に見透かされてしまいます。

真の謙虚さとは、自分の能力や成果を正しく認識しつつ、常に向上心を持ち続けることです。「自分にはまだ伸びしろがある」「他の人から学べることがたくさんある」という姿勢を持ち続けることが大切です。

ここで、興味深い例をご紹介しましょう。日本の茶道には「利休七則りきゅうしつそく」という教えがあります。その中に「花は野にあるように」という言葉があります。これは、花を生ける際に、あまりに技巧を凝らさず、野に咲いているかのように自然に生けるべきだという教えです。この精神は、まさに「謙」の精神そのものではないでしょうか。自分の技量を誇示するのではなく、自然体で接することの大切さを教えているのです。

また四規しき:「和敬清寂わけいせいじゃく」という四つの基本的な考え方があります。この中の「敬」は、他者を敬うという意味ですが、これは謙虚さと深く結びついています。茶道では、茶を点てる動作一つ一つに心を込め、相手を思いやる気持ちが大切にされています。これは、日常のビジネスの場でも応用できる考え方です。相手を敬い、謙虚な姿勢で接することで、より良いコミュニケーションが生まれます。

さて、ここまで「謙」の重要性について話してきましたが、ひとつ注意点があります。謙虚であることと、自信を持つことは決して矛盾しません。むしろ、本当の自信がある人こそ、謙虚でいられるのです。

例えば、スポーツの世界を見てみましょう。世界的に有名なテニスプレイヤー、ロジャー・フェデラーは、多くの記録を塗り替えた偉大な選手ですが、同時に謙虚な人柄でも知られています。試合後のインタビューでは、常に対戦相手の良いプレーを称え、自分にはまだ改善の余地があると語ります。これは、自分の実力に自信があるからこそできる態度なのです。

ビジネスの世界でも同じことが言えます。自分の能力や実績に自信を持ちつつ、同時に「まだ学ぶべきことがある」「もっと成長できる」という謙虚な姿勢を持つことが、真のリーダーシップにつながるのです。

最後に、皆さんにひとつアドバイスをさせていただきたいと思います。
毎日、自分の行動を振り返る時間を持ってください。その日、自分は謙虚に行動できたかどうか、他の人の意見に耳を傾けることができたかどうかを考えてみてください。もし足りない部分があれば、翌日はそこを意識して行動してみてください。

このような小さな積み重ねが、やがて大きな変化をもたらします。そして、いつの日か皆さんが大きな責任を担う立場になった時、この「謙」の精神が必ず力を発揮するはずです。

易経の教えは、数千年の時を超えて、今なお私たちに多くの示唆を与えてくれます。「謙」の精神を心に刻み、日々成長を続けていってください。皆さんの前途に、大いなる発展と成功がありますように。


参考出典

君子の徳の中で最も高い徳とされているのが「謙」、謙虚、謙譲、謙遜の徳である。古来、謙虚さは美徳とされ、社会的マナーや礼儀のようになっているが、うわべだけへりくだった態度を装うこととは違う。
抱いている志が偉大であればあるほど、人は謙虚になる。慢心せず、自然に身を低く小さくする。
自分の綻びが見えて、補おうとする心が「謙」である。謙虚さを持続したならば、志は通る。

易経一日一言/竹村亞希子



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