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まいにち易経_0707【セーフティープロトコルの導入】蹇は、西南に利ろし。東北に利ろしからず。[39䷦水山蹇:卦辞]

蹇。利西南。不利東北。

蹇は、西南に利あり、東北に利あらず。

西南に進みなさい。西南は地を象徴する方向だから。困難な状況に直面したときは、平らな大地に留まり、時の流れに従うのが賢明である。東北に向かうべきではない。東北は山を象徴する方角であり、山は困難の象徴。困難な状況にあるときは、無理に立ち向かわず、平らな地に留まって偉大な人物の教えに見習いなさい。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

今日は水山蹇すいざんけんという易経の教えについてお話しします。これは、人生で困難に直面したときにどう対処すべきかを教えてくれる、とても興味深い知恵です。

まず、「けん」という言葉の意味からお話ししましょう。
これは、まるで足が凍えたかのように、前に進めない状況を表しています。皆さんも、人生でそんな経験があるのではないでしょうか?例えば、新しいプロジェクトを始めようとしたけれど、予算が足りなかったり、チームメンバーの意見がまとまらなかったりして、どうしても前に進めない……そんな状況です。

さて、こんな困難な状況に直面したとき、私たちはどうすればいいのでしょうか?易経は「西南に利あり、東北に利あらず」と教えています。これは比喩的な表現なんですが、とても深い意味があるんです。

西南はひつじさるの方角、すなわち「坤=地」を象徴しています。つまり、平らな大地のようなものです。一方、東北はいぬいの方角、「乾=山」を象徴しています。

ここで皆さんに質問です。困難に直面したとき、平らな道と険しい山道、どちらを選びますか?

そうですね、多くの人は平らな道を選ぶでしょう。易経もまさにそれを勧めているんです。困難な状況では、無理に立ち向かうのではなく、平らな地に留まって時の流れに従うことが賢明だと教えています。

これは、ビジネスの世界でもよく当てはまります。例えば、ある会社が新製品の開発で行き詰まったとしましょう。このとき、無理に開発を進めるのではなく、一旦立ち止まって市場のニーズをよく観察したり、他の成功事例を研究したりすることが大切です。これが「平らな地に留まる」ということです。

皆さんは「竹林の七賢」をご存じでしょうか?中国の魏晋時代、政治が乱れた世の中で、七人の賢人たちが官位を捨てて竹林に隠れ住んだという話です。彼らは、乱れた世の中に無理に立ち向かうのではなく、静かに身を隠して自分たちの信念を守りました。これも「西南に利あり」の教えに通じるものがあります。

しかし、ここで注意しなければならないのは、「平らな地に留まる」というのは、単に何もしないで待つということではないということです。むしろ、「偉大な人物の教えに見習う」ことが大切だと易経は教えています。つまり、困難な時こそ、学びの機会です。

例えば、会社の業績が落ち込んでいるとき、ただ手をこまねいて待つのではなく、成功している他社の戦略を研究したり、新しい技術やトレンドについて学んだりすることが大切です。これが「偉大な人物の教えに見習う」ということです。

ここで、もう一つ興味深い例を挙げましょう。
皆さんは「サイレントリトリート」という言葉を聞いたことがありますか?これは、一定期間、外界との接触を絶って自己と向き合う修行のようなものです。多くの経営者やリーダーたちが、重要な決断の前にこのリトリートを行うそうです。これも、困難な状況で一旦立ち止まり、内なる知恵に耳を傾けるという点で、『水山蹇』の教えに通じるものがあります。

さて、ここまでの話をまとめてみましょう。『水山蹇』の教えは、困難に直面したときの対処法を教えてくれています。それは、

  1. 無理に立ち向かわない

  2. 平らな地(安全な場所)に留まる

  3. 時の流れに従う

  4. 偉大な人物の教えに学ぶ

という4つのポイントです。

これらは、現代のビジネスや人生の様々な場面でも通用する知恵だと思いませんか?例えば、新しいプロジェクトで行き詰まったとき、無理に突き進むのではなく、一旦立ち止まって(平らな地に留まる)、市場の動向をよく観察し(時の流れに従う)、成功している他社の事例を研究する(偉大な人物の教えに学ぶ)。このようなアプローチは、多くの場合、より良い結果をもたらすでしょう。

ただし、ここで一つ注意点があります。『水山蹇』の教えは、決して消極的になれと言っているわけではありません。むしろ、困難な状況でこそ、賢明に、そして戦略的に行動することの重要性を説いているのです。

例えば、ビジネスの世界では、時として「ピボット方向転換・路線変更」と呼ばれる戦略の大転換が必要になることがあります。これは、当初の計画がうまくいかないとき、完全に方向転換するのではなく、これまでの経験や資産を活かしながら、新しい方向性を見出すことです。これも、『水山蹇』の教えを現代的に解釈したものと言えるでしょう。

また、「西南に利あり、東北に利あらず」という教えは、文字通り地理的な方角を指しているわけではありません。これは、困難な状況では、安全で確実な道を選ぶべきだという比喩的な表現です。ビジネスの文脈で言えば、リスクの高い冒険的な戦略よりも、着実で持続可能な成長戦略を選ぶべきだということになるでしょう。

ここで、現代の経営学との関連性について少し触れてみましょう。皆さんは「アンビデクストラス組織」という言葉を聞いたことがありますか?アンビデクストラスとは、組織が変革と安定性の両方を同時に追求する能力を意味し既存事業の効率化と新規事業の探索を同時に行う組織のことを指します。具体的には、組織が現状のビジネスモデルを安定的に運用しつつ、新しいアイディアや変革的な取り組みを推進し、市場の変化に対応する能力を持つことを目指します

『水山蹇』の教えは、一見するとこの「探索」の部分を抑制しているように見えるかもしれません。しかし、実際には、困難な状況下での「探索」の方法を示唆していると解釈することもできるのです。つまり、無理に新しいことに挑戦するのではなく、既存の知識や経験を深く掘り下げることで、新たな可能性を見出すというアプローチです。

最後に、この『水山蹇』の教えを日々の生活やキャリアに活かすためのヒントをいくつか挙げてみましょう。

  1. 困難に直面したら、まず深呼吸をして落ち着きましょう。慌てて行動するのではなく、状況をよく観察することが大切です。

  2. 毎日、短い時間でも良いので、静かに座って内省する時間を持ちましょう。これが「平らな地に留まる」ことの現代版と言えるでしょう。

  3. 常に学ぶ姿勢を持ちましょう。本を読んだり、セミナーに参加したり、メンターを見つけたりすることで、「偉大な人物の教えに見習う」ことができます。

  4. 困難な状況では、まず安全で確実な選択肢を探しましょう。リスクの高い選択肢は、余裕がある時に検討するのが賢明です。

  5. 長期的な視点を持ちましょう。一時的な困難に囚われるのではなく、大局的な視点で状況を判断することが大切です。

皆さん、いかがでしたでしょうか?『水山蹇』の教えは、2000年以上前の中国で生まれた知恵ですが、現代の私たちの生活やビジネスにも十分に適用できる、普遍的な知恵だと思います。困難に直面したとき、この教えを思い出し、賢明に行動する指針としていただければと思います。

最後に、こんな言葉を皆さんに贈りたいと思います。

「困難は、より大きな成功への道を開く鍵」

困難に直面したとき、それを乗り越えるだけでなく、そこから学び、成長する機会として捉えてください。そうすれば、どんな困難も皆さんを更に強く、賢明にしてくれるはずです。

ご清聴ありがとうございました。皆さんの前途に幸多きことをお祈りしています。


参考出典

水山蹇の「蹇」は、険難に阻まれ、足も凍えたようになり、前に進もうにも進めない状況を表す。
険難から脱するにはどのようにすべきか。
西南は「坤」で平地を意味し、理に適った無理のない道、方策である。
東北は「艮」で山を意味し、険しく、危険がともなう道である。
険難の時は、無理をせず、回り道と思われでも安全策を取ることだと教えている。

易経一日一言/竹村亞希子

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