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エッセイ・思い出

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#思い出

一瞬の思い出

一瞬の思い出

高校受験が終わると暇になった。それまで部活や受験に追われていた。中学3年生の短い春休みは時間にゆとりがある夢のような時期だった。井上靖の「しろばんば」を読んでみた。暇で本が読めるという状態は、いいもんだなと思った。他にやることもなかったので純文学と言われる作品をいくつか読んだ気がする。そのうちに夏目漱石の「こゝろ」を読んだ。暗い話だなと思った。進学した高校は校則がやたら厳しかった。廊下を歩いていた

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実習

実習

大学院時代は暗黒期で、いまだにあまり思い出したくない時期だ。私は学部生の時分に就活がうまくいかず、半分逃げるように、違う大学の院に進学した。しかしそこは将来学校の先生になりたい学生が大半を占める大学だった。
完全に場違いだった。学校の先生になるつもりはなかったが「取れるなら取っておくか」程度のノリで教員免許を取得することにした。そうすると、学外でさまざまな実習を行うことが必修となる。
その中で、特

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切り絵教室

切り絵教室

小学校1年生の頃、切り絵教室に通っていた。
今思えばおそらく区が提供してくれる類のもので、子供であれば誰でも気軽に参加できる教室だった。切り絵だけではなく他の教室もあり、事前に色々な教室を見学できた。ダンス教室も見学したが、同じような背格好の子供たちが、これまた同じ動きをしているのに圧倒されて「これではない」と瞬時に感じたのを覚えている。集団で揃わなくてはいけないダンスよりはマシだろうと、切り絵教

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日記 明け

日記 明け

あまり眠れなかった。職場も心なしか気だるい雰囲気。苦手な人に新年の挨拶を、一応やっとくかと思ってやってみたら、ものすごい笑顔で返ってきて、へえこの人ってこういう表情もできるのかと思った。もしかして今まで孤独だったのかもしれない。全然違う部署からやってきた人。過去に攻撃されたことがあるから笑顔に絆されてはいけないと気を引き締める。新年早々やらかして、早く辞めちまいたいという念が沸々と湧いてきたが、恐

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ひめりんご

巨大な団地に住んでいた頃、隣のベランダとの間仕切りは簡易なものだった。ちょうど子どもの背丈くらいに僅かな穴が開いていた。恐らく経年劣化で開いてしまったのだろう。小さな穴だったが、覗けば隣のベランダが見えた。隣には同い年くらいの女の子が住んでおり、ごくたまにベランダの穴を通してのおしゃべりを楽しんだ。ごくたまにと言うのは、ベランダにお互いがいるのは本当にたまたまだったし、特別約束があるわけでもないの

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日記のようなもの

日記のようなもの

昨日も詩をスマホに打っていたらいつの間にか寝ていた。それでいま自動保存されていた下書きを見たら、最初は音程がついていたのに全然思い出せない。やっぱり少し鮮度が落ちている気もするし、かえって練り直せる気もする。

昔から好きだった方の写真展に行って「高校生の頃から好きでした」と伝えられて、すごく満足した。好きなものを好きって伝えられるってとても良いなと思った。でも逆に、謝りたいけれど謝れないとか、

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優しい金縛り

怖い話ではないです。
地方で大きめの地震を経験した。喫茶店の店主にウザ絡みされて、もう二度と行くもんかと思った。物が少し落下していてエレベーターが止まっていた。不安を抱えたまま眠りについた。身体が全体的に押さえつけられるような感覚がしたのでぼんやり目が覚めた。「大丈夫」と言われているような優しい感じがした。身体は動かないのに。恐怖は感じなかった。自分が自分にかけた暗示かもしれない。守られているとい

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年賀状の寅

小学校に上がる前くらいの頃、父親の友人が一度だけ家に遊びに来た。私は親しみをこめて「おじさん」と呼んでいた。
今思うと当時、そのおじさんは30代前半くらいだった気がする。
口数が少なく物静かな人だった。おそらく子供というのは優しい人か否かを直感的に察するのだろう。私はそのおじさんのことをすぐに気に入り、まとわりつき、存分にはしゃいだ。「うんち」など当時最高に面白いと思う言葉を連発してゲラゲラ笑って

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Iくん

Iくん

中学生の時に衝撃を受けた文章があって、それはIくんの文章だった。論文かなにかそれらしきものを書かなくてはいけない課題に対して、文脈が広がるだけの物語が書いてあるIくんのそれは、要するに無茶苦茶なものであった。出題者の問いは完全に無視、全く答えになっていない。勝手気ままに自由な創作物語が書かれている。脈絡も何もないし脱線しまくっている。しかし伸び伸びと書かれたフリーダム過ぎる作り話に、私は衝撃を受け

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勧誘の子

勧誘の子

ドキュメンタリー映画ばかり見ていた時期があった。映画は長時間集中しなくてはいけないので気合いが要る。たくさんは観られない。だけどドキュメンタリー映画だけは積極的に観に行っていた。何がそんなに好きなのだろう。知りたいこと、知らなかったことが少しでもわかるからだろうか。上映後は時間があっという間に過ぎる。監督が抉りたい問題、登場人物のリアルな表情がストレートに映し出されるから好きなのかもしれない。

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