年賀状の寅
小学校に上がる前くらいの頃、父親の友人が一度だけ家に遊びに来た。私は親しみをこめて「おじさん」と呼んでいた。
今思うと当時、そのおじさんは30代前半くらいだった気がする。
口数が少なく物静かな人だった。おそらく子供というのは優しい人か否かを直感的に察するのだろう。私はそのおじさんのことをすぐに気に入り、まとわりつき、存分にはしゃいだ。「うんち」など当時最高に面白いと思う言葉を連発してゲラゲラ笑っていた。おじさんは困った顔をしていた。
おじさんが帰ってしまうと親から冷静に怒られた。「そういうのは全然面白くない」。
どうやら自分だけが楽しかったようで親は冷や冷やしていたのだろう。楽しかったのに。空回りした気分を初めて味わった。
今年の正月に「おじさん」から年賀状が来た。
干支の寅が版画で彫られていた。ものすごく丁寧に彫り、彩色したのがわかる。奇を衒う感じが全くない素朴な寅。しかもかわいらしい。最初、プリントされてある既成の年賀状だと思ったくらい。思わず「上手」と感嘆してしまった。
どうやらおじさんは、メンタル面を崩して少し休職をしていたらしい。今のおじさんの写真を見ても誰なのか全くわからなかった。でもおじさんが創作した寅を見たら、うるさい子供を邪険にせずに、かといって上手くかわすこともできずに困った顔をしていたおじさんの感じを少し思い出すことができた。寅の目つきは三白眼で鋭かったが全く怖くない。
おじさんがちゃんと戻ってきてくれて良かったと思った。
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