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短編小説

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2024年3月の記事一覧

【掌編小説】桜

 風に舞う薄紅色の花びらが、目の前を横切ると。

 ふと、あの日の僕らが目の前に現れた。

「こうして見ると、すごく綺麗なんだな」

 君は出不精な僕を無理やりに連れ出して、桜並木の中を一緒に歩いてくれたね。

「あはは。桜なんていつだって見れるって言ってたくせに」

 満開の桜に心おどらせる僕を見て、君はいたずらに成功した子どもみたいに笑ってたっけ。

「この道、ずっと昔には何も無かったらしいよ

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【掌編小説】アイスクリーム

 不意に入ったコンビニで、目に留まったアイスクリーム。
 ひとつの包装に、ふたつ入っているタイプのやつだ。

 これを見ると、つい君を思い出してしまう。

「一個ちょうだい?」

 僕がアイスを開封するのを見て、すっと身体をよせる君。

「ええ~」

 と、僕が嫌そうな顔をすると、君は、

「だめ?」

 って、ズルい顔になる。

 そんな君の顔が見たい僕は、初めから分けるつもりでいるのに、毎回わ

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【おくびょう者にかけられた魔法】

【おくびょう者にかけられた魔法】

 よくつるむ女子とアニメの話題になった。

「ひとつだけ、どんな魔法でも使えるようになれるなら、どれにする?」と彼女。

「好きな人を笑わせる魔法、かな」と、頬をかく僕。

「ふうん。なんで?」「なんで、って、」

 眉をひそめる彼女にたじろぐ。こうやって怒らせてばかりだから、なんて、まだ言えない。

【擬態】

【擬態】

 いじめっ子に、持ってきた漫画を奪われた。

「こいつが持ってきました」

 ヤツが先生にチクると、慈悲もなく没収された。

 そして放課後、僕は先生に呼び出される。

「この漫画、面白いか」

「え? は、はい」

「そうか。大切にな」

 返してもらった漫画の表紙裏には、いつの間にか原作者のサインが記されていた。

【たった一人の最強のファン】

【たった一人の最強のファン】

 俺はしがない作曲家。数十万のいいねも、一万の登録者も過去の話。

 今じゃエゴサで関連ネタを見つけても
『〇〇ってもうダメじゃね?』なんて投稿で。

 もうやめよう、と何度も思うのに、新曲を出すたびに

『君の曲、やっぱ好きだわ』

 とメッセージをくれる病床の幼馴染が、夢を諦めるのを許してはくれない。

【悪魔の発想】

【悪魔の発想】

「食い物の名前に『悪魔の』と付けるのが流行りなんだと」

「なんか美味そうになるってウワサだよな。あ、そうだ」

 片方の男は獲物の臓物を手に、口の端を上げた。

「悪魔のはらわたってのはどうだ?」

「いいね、美味そうなホルモンみたいで」

 二人の悪魔狩りはげらげらと笑いながら、獲物の解体を続けた。

【選択】

【選択】

 僕は就活生。自室で履歴書を書き始め二時間。一文字も進まず、気分転換に外に出た。

 アスファルト上でミミズが干からびている。

『そうなると分かっていても、陽の目を見たいものなんだよ』

 売れない漫画家の叔父の言葉を思い出す。

 過酷な挑戦を続ける彼の姿が浮かび、僕は自室に戻り履歴書を破り捨てた。

【巡り合えた本命】

【巡り合えた本命】

 ホワイトデーに生まれた僕は、誕生日が好きではなかった。お返しに奔走し、お祝いどころではないからだ。

「今年は違うでしょ?」

 ソファに腰掛け、身をよせる彼女のくちびるが弧を描く。

「ん」

 答えの代わりにキスすると、物欲しげな瞳でにらまれた。

 どうやらお返しは、マカロンだけでは足りないらしい。

昔書いた小説に「♡」がついた

 数年前の作品に「♡」がついた。

 noteからの通知。表示されていた「あなたの記事がスキされました」の一文に、わずかながらに心を躍らせる。

 はたしてどの記事だろうか、と詳細を確認。そこには数年前に書いた小説のタイトルが。

 何年も前の作品だったので、題名だけではどんな作品だったのかを思い出すこともできなかった。拙作を読み返すと恥ずかしくなるので逡巡したが、せっかくなので読んでみることに。

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【秘められた想い】

【秘められた想い】

 今日はホワイトデー。本命からのお返しはマシュマロだった。

「あなたのことが嫌い、かあ」

 意味を調べ、肩を落とす私。

「気を取り直そう」と、白いふわふわをパクリ。

 すぐに口内で溶けたが、何やら硬い舌ざわりが。

「これって、」

 その正体は飴玉。私は思わずこぶしを突き上げた。

 彼からのOKサインに。

【〇ックスしないと出られない部屋】

【〇ックスしないと出られない部屋】

 〇ックスしないと出られない部屋に閉じ込められた。

「ソックスもサックスもダメだわ」

「もうアレしかない」

「……私、初めてだから優しくしてね」

「安心しろ。俺は上級者だ」

「え、やんっ、そんなとこ押しちゃ――あ、開いた」

「やはりこれだったか」

 押したのはSNSアプリ「X」のアイコンだ。

【掌編小説】溺愛ヒロインの彼女は、脇役の僕を主人公に仕立て上げたくて仕方がないらしい。

【掌編小説】溺愛ヒロインの彼女は、脇役の僕を主人公に仕立て上げたくて仕方がないらしい。

「ああ、信号無視のトラックが!」

 道行く人の声に振り向くと、青信号をわたる女子高生が今にも跳ねられそうになっていた。
 当の本人は通話しながら歩いていて気付く様子は無い。
 まずい、このままでは人命が失われてしまう。
 迷っている場合ではない。今すぐに駆け出して、おばあさんを助けなきゃ。

 ……なんて、普通の主人公なら跳び出していくのだろう。

 けれども僕、和気躍太(わき・やくた)はそんな

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【初恋】

【初恋】

「せんせい、かいとうごっこ!」
 園児が私の服をひっぱる。遊びとは言え盗人をやらせるのは、と悩んだが。
「はい、おはな」
「ん、ありがと……って、」
 私の好きな花だ。
「では、さらば!」
 呆気にとられていると刑事役の他の園児が。
「ヤツはとんでもないものをぬすんでいきました。あなたのこころです」

【超掌編】この関係からの、卒業。

【超掌編】この関係からの、卒業。

「先輩のこと、好きだったんだ」

 卒業式後、一人きりの教室で思わず呟いた。
 私の目線は窓の外、桜の木の下の男女に注がれる。彼が告白される光景を見てやっと、自分の気持ちを自覚した。

 でももう遅い。

 机に顔を伏せ、感傷に浸ってしばらくのこと。

「帰るぞ」

 聞き慣れた声に顔を上げると、なぜか先輩が教室の入口に立っていた。

「……告白は?」つい聞いてしまう。

「断ったよ。俺、好きな人

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