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短編小説

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2020年2月の記事一覧

ほんとうのもくてき

ほんとうのもくてき

 新型の流行り病が猛威を振るっている。イベントが無くなったとか、マスクの買い占めが起こったとかで、どこもかしこもてんやわんや。各国で厳戒態勢がしかれ、一刻の予断を許さない状況である。
 彼の地でも各国同様、厳戒態勢が敷かれた。その国のリーダーは急遽、学校を一斉休校にした。国民からの非難が殺到し、ここ最近、世間は政府をこれでもか!というくらいに罵倒している。1、緊急事態が発生。2、緊急事態に対して政

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先生

先生

 ご近所でも有名な少年がいた。大人でも知らないような国の名前をすらすらと答え、学者でも解けないような問題をいともたやすく解いてしまうような、博識で知恵のある少年だった。そこまでは、ありそうな話だ。博識で知恵のある少年などごまんといる。小さい子どもが大人を驚かすほどの能力を持っているなんて、このご時世、聞き飽きるほど耳にしていることであろう。特筆すべきは、その少年の周囲の人々までもが、驚くほどに有能

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遺言

遺言

 葬儀には、多くの人が集まった。その数3000人は下らないと見える。この人たちの中に、どれほど彼に騙された人がいるのだろう。現在進行形で騙され続けている人すらいるかもしれない。彼の葬儀が終わった、今となってもなお。いや、果たしてこの状況、騙されていない者などいるのだろうか?騙されていないと自信を持って言い切れるのは、自分だけであると信じたい。
 この度の葬儀は、聡明な詐欺師の葬儀であった。聡明な詐

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熟成

熟成

 イヤホンを耳に刺しこむ。そして、お気に入りの音楽を頭の中に流し込む。体中にエネルギーが充填されていく感覚。ああー、たまらない。一見、普通に音楽を聞いているだけに見えるかもしれないけれど、実は違う。私は今、音響熟成を試しているの。音響熟成と言うと、よく木材を想像する人がいるわ。音楽を聞かせて熟成させた木材は、ひときわ生き生きとした木材になると言われているわね。そう、それと同じ原理で、私たち人間も、

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無駄

無駄

 色鮮やかに飾り付けられた、街の明かりを見つめる、男女がふたり。
「イルミネーション、どう思う?」
男は女に問うた。
「どうって?」
女は食い気味に聞き返した。
「僕はお金の無駄遣いだと思う」
「なんで?」
「無くても生活に支障は無いじゃないか。君はどう思う?」
「私もね、イルミネーションが無くたって生活に支障は無いと思う」
「だろう?」
「それは、イルミネーションがあなたに置き換わっても同じこと

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なぞかけ師匠

なぞかけ師匠

 どれどれ、暇つぶしに私の下積み時代の話でも聞いていきませんか?昔話は退屈ですって?な~に、そんなに長い話じゃありません。
 今はこうして一人前に小説を書いている私ですが、若かりし頃は師匠を付けてもらって、いろいろとアドバイスをもらっていたんです。
 それは、初めて師匠にアドバイスをいただいた日。自分の書いた作品を、他人に見せるのが初めてで、それでもって先輩の作家さんに見せるというのだから、緊張し

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無敗の少年

無敗の少年

 ある子どもたちのグループの中で、プールの中で誰が1番長く息を止めていられるか、競う遊びが流行った。その中にひとり、とても負けず嫌いな少年がいた。彼はいつも、グループの誰よりも長く息を止めることができた。

 ある時、少年の噂を聞きつけた潜水の名手が、少年に勝負を挑んだ。グループの他の子どもたちは、その勝負を固唾を飲んで見守った。見守っていた子どもたちの時間感覚が歪むほど、それはそれは長い時間が流

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新しい宗教

新しい宗教

 岸壁にたたずむひとりの女。崖下を見つめ、今にも荒れ狂う海面にその身を投げ込もうとしている。
 「生きるのが苦しいのかい?」
 いつのまにか背後から忍び寄った男が、女に問うた。女は何を言うこともなく、こくりと頷いた。
 「それでは一度、その命を絶つといい。ただし、その代わり、新しく生まれ変わることを約束してくれ」
 男はそう言って、女についてくるように要求した。女は、男の発言の意味が理解できなかっ

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新しい職業

新しい職業

 小さい頃から斜に構え過ぎだと大人たちに言われてきた。斜?斜めに構えてる奴なんてそうそうにいないだろうに。そもそも俺はずっとまっすぐ立っている。なんなんだよ、斜に構えるって。誰だ?こんな言葉考え付いたやつ。子どもを馬鹿にするのも大概にしてほしいよ。
 ただ、俺をそういうふうに煙たがるやつは大人だけじゃなかった。なぜかクラスのやつらも俺のことを嫌っていた、気がする。テストの成績が悪い奴に「おめでとう

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匂いにまつわるエトセトラ

匂いにまつわるエトセトラ

 入浴時間とはリラックスタイムである。それは誰にとっても同じである。なので当然、僕にとってもそうであった。ついこの間までは。

 「痛い痛い痛い!」

 体を洗うためのゴシゴシに石鹸をこすりつけて泡立てていると、どこからか先のような悲鳴が聞こえた。

 「やめろよそういうの...痛いだろ!」

 この状況で痛がっているヤツが居るとすれば、そいつは石鹸であるとしか考えられなかった。普通だったら空耳で

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チョコレート

チョコレート

 なんだかんだ言って、この時期は貰ったお菓子の処理に困る。おっと、これは自慢でもなんでもないぞ?そんな目で見ないでくれよ。君だってチョコレートのひとつやふたつ、もらってるんだろ?・・・もらってない?ああ、すまなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。許してくれ。

 話を戻そう。お菓子の処理ってのは、つまるところバレンタインでもらったお菓子を食べることだ。バレンタインの余波でお菓子を食べすぎてしまう

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ウマノホネ

ウマノホネ

 青天の元、鳴り響くファンファーレ。今日、この青空競馬場にて、年に一度の大舞台、「星空杯」が幕を開けた。

 この大会の名前の由来は、この町の夜空が美しいことと、大会の創設者が、トラックを駆ける馬たちに、星空を横切る流星の姿を重ねたこと、そのふたつが発端なのだとか。

 「さあ、いよいよこの大会の大一番が行われようとしています」

 一通りのレースが終了し、煽るような実況が会場に響き渡る。沸き上が

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人々の中に住まう

人々の中に住まう

 買い手のつかない古時計がひとつ、老舗の時計屋のショーウィンドウに立ち尽くしていた。

 あまりに長らく立ち尽くしていたものだから、時計台よろしく、その町の待ち合わせスポットと化してしまうほどであった。

 誰もが知らぬ間に、古時計のことを、そこに在って当然のものであると認識するようになっていた。

 あるとき、その古時計に買い手がついた。

 時計屋のショーウィンドウからは、その古時計は姿を消し

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幸福な戦争

幸福な戦争

 彼女は、激怒した。邪知暴虐なる彼氏が、「質の高いチョコレート以外、もらう気はない」と言って、プレゼントしたチョコレートを受け取らなかったからである。ひとくちでも食べたならまだしも、包装紙すら開けずに、手作りで作ってきたチョコレートを、本人に突き返したのだ。

 あの日から、1年。来るべき、バレンタインシーズン。彼女は今年こそ、彼氏が昨年の無礼を土下座して謝ってしまうほどの、美味しいチョコレートを

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