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ほんとうのもくてき

 新型の流行り病が猛威を振るっている。イベントが無くなったとか、マスクの買い占めが起こったとかで、どこもかしこもてんやわんや。各国で厳戒態勢がしかれ、一刻の予断を許さない状況である。
 彼の地でも各国同様、厳戒態勢が敷かれた。その国のリーダーは急遽、学校を一斉休校にした。国民からの非難が殺到し、ここ最近、世間は政府をこれでもか!というくらいに罵倒している。1、緊急事態が発生。2、緊急事態に対して政府が対策をとる。3、政府の対策を国民が非難する。というパターンは、すでに見慣れた。慣れた、というより、飽きた。持ちネタのパターンが1パターンしかない芸人一味かよ、この国は。お笑いグランプリだったら予選敗退してるよ?絶対に。
 眠気覚ましの缶コーヒーをすすりながら、たまたま自販機の前に居合わせた男に、そんな他愛のない世間話を仕掛けた。世間が騒ごうと、子どもたちが突然の連休に歓喜しようと、はたまた先生や保護者が非常事態に頭を抱えようと、僕らは社畜。会社の売り上げ的には問題視されようと、会社の勤怠に世間の事情は問題視されない。
「こういう時、世間の波に流されていたいタイプかい?」
 男は突然、早口でしゃべりだした。
「僕は大勢の意見とは別なことを考えるよ。なぜそうする必要があったのか?この事態を防げなかった?非難を浴びざるを得ない理由は?非難されるのが分かっていた可能性は?それでも決行した理由は?自分たちが選んだリーダーが、果たしてそこまで頭の働かない、無能なリーダーなのか?卒業式やらなにやらのイベントに与える支障を考えることもできないままに、突如全国の学校を休みにするような、そんなやつか?」
 僕は、「いや、そんな馬鹿なはずではない」とだけ言う。男は早口で続ける。
「そうだよな。じゃあ、なんのためにこんなことをやったんだろうな?少し仮説を立ててみよう。毎年変わらず、1年は365日だ。だけど今年はうるう年。うるう年が訪れる確率を知っているかい?4年に1度だ。正確には違うけどね。まあ、大体オリンピックと同じように、4年に1度はうるう年になる。じゃあさ、「自分の国で行われるオリンピック」は、果たして何年に1度来ると思う?今のところ、この国では数十年に1度のペースだ。さて。オリンピックが自国で行われるということで、どれだけ世間が盛り上がると思う?それに伴って、どれだけのお金が動くと思う?おそらく知ったところで現実味の無い数字だろうな。間違いないだろう。では、行われるはずだった数十年に一度のスーパーウルトラビッグイベントが、何らかの理由で行われなくなった場合、どれだけの経済的損失が生まれると思う?さっきのと同じように、こちらも非現実的な数値だろうよ。最近はアーティストのライブや、その他のイベントが中止になっているけどさ、それで残念がっているうちは、まだマシだって話なんじゃないか?そういうイベントが中止になったところで、件のビッグイベントさえ予定通りに行われれば、景気は取り返しつく。そうと踏んだうえでの政府の動きならば、うなずける話だ。すき好んで、こんな批判まみれになること間違いなしの要請なんてしないはずさね」
男があまりに一方的にしゃべり倒したものだから、僕はうなずく間すら与えられなかった。僕は、「ああ、確かに」とだけ答えた。素直な反応だった。男の言っていることは、もっともな話のように思えた。
「この機会に考えよう。政府のお偉いさん方が活躍していることで、どれほどの危機が僕たち一般市民に知れ渡る前に防がれていて、平和が保たれているのか、ということを。ただただマスコミの情報を鵜呑みにしてちゃあいけないぜ。僕たちは世界情勢や、自国の置かれている状況についてそこまで詳しくなくとも、平和に生きていられるようになった。それは、お偉いさん方が散々な非難に耐えながらも、頭フル回転させて毎昼夜、必死こいて働いているからだよ」
 僕は政治やら国際情勢には疎い。だから、男の言っていることは「ははあ」なんて感心こそすれど、関心が湧くような話ではなかった。僕が呆けに取られていると、男は不意に左腕に目をやった。そろそろ昼休みが終わる時間のようだ。「なんてことの無い話に付き合ってもらって悪かった。すまないな。まあ、ものの見方ってのはいろいろある、ってことを言いたかっただけだ。政治がどうとか国民がどうとか、ぶっちゃけどうでもいいよ。気にしないでくれよな」そう言って男は去っていった。まったく、ああは言っていたが、世間のことをしっかり勉強していて、大したもんだ。感染拡大だとかなんだとか言うけれど、僕は目の前の自分の仕事と、今晩の飯のことくらいしか頭にねえや。自分ごとしか見えていない僕みたいなのもいれば、さっきの男みたいなのもいるから、世の中広いもんだよな。そういえばさっきの男、どこのどいつだったのだろう?そもそもあんな奴、この会社にいたっけな。

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