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チョコレート

 なんだかんだ言って、この時期は貰ったお菓子の処理に困る。おっと、これは自慢でもなんでもないぞ?そんな目で見ないでくれよ。君だってチョコレートのひとつやふたつ、もらってるんだろ?・・・もらってない?ああ、すまなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。許してくれ。

 話を戻そう。お菓子の処理ってのは、つまるところバレンタインでもらったお菓子を食べることだ。バレンタインの余波でお菓子を食べすぎてしまうこの時期、普通の人だったら、せいぜい体重が増えたり血糖値が上がって困るくらいだろうが、僕は違う。何が違うかって?僕には僕にしか分からない苦しみがあるんだ。ああ、この話、そういえばキミにはしてなかったよね。僕には、あらゆるものの声が聞こえる、って話。

 そいつがお菓子だろうがなんだろうが、聞こえてしまうんだよね、そいつの声が。この時期は、特にチョコレートたちの声がうるさくてうるさくて仕方がない。それは嬉しそうな声の時もあれば、聞いているこっちが絶望してしまいそうなほど、悲しそうな声の時もある。だから苦しいんだよね。胃袋よりも、耳が。いろんな声が頭に響いてきて、うんざりしてしまうのさ。

 特に恋愛感情が絡む場合、チョコレートの声に、渡す人間の感情が現れる。恋愛成就ならチョコレートも嬉しそうな声を挙げるし、残念ながら受け取られることすらなかったチョコレートからは、思わず耳を塞いでしまいたくなるようなほどの悲しい声が鼓膜に伝わってくる。

 ああ、そうそう。その中でも聞いてほしい話があって。どんな話かっていうとね、渡されたチョコレートの声からいまひとつ、渡し手の心が読めなかったケースの話。嬉しかったのか、悲しかったのか、僕には分からなかったっていうことで、聞いているキミに判断してほしいんだ。チョコレートを渡した人間が、果たしてどんな気持ちだったのか?ということをね。

 僕は自分で言うのもなんだけど、バレンタインにはそれなりにチョコレートをもらう方なんだよ。義理で渡してくる人、料理の出来栄えを褒めてほしくて渡してくる人、などなど、人は、いろんな魂胆を持ってチョコレートを渡してくる。どういうつもりでチョコレートを渡してきてるのか、僕にはわかるよ。人間の心の声だって聞こえるからさ。

 でも、その時は違ったんだ。正確に言うと、その時「だけ」は違った。僕にはその人の心の声が聞こえなかったんだよ。

 その人は、僕に対してとても好意的な人だった。そういう人の心の声を聞いて、その人が僕に対してどんな気持ちでいるのかを断言してしまうのは、とても罪深い気がするけれど、断言できてしまった。だって否が応でも聞こえてしまうから。心の声が。

 その人は、僕のことを好きになってくれていた。嬉しかったさ。でもね、だからって僕と付き合うってのは、とても難しいことだよ。だってさ、あらゆるものの声が聞こえてしまう人間だよ?心の声以外だって、なんだって聞こえてしまう。知りたくもないことだって、いくらでも知ってしまえる。いくら気難しくならずにいようったって、年がら年中気難しくなっちまうのが僕なんだよ。そんな奴と、まともな人間が恋人として対等に付き合えると思うかい?到底、無理に決まってるのさ。

 だからその人が僕に渡すチョコレートを準備し、バレンタインデーに告白してくると知ったその日に僕は決めた。僕なんかと付き合いたい、だなんておかしな気が今後一切微塵もわいてこないように、こっぴどくフッてしまおうってね。嫌なやつだって思うかい?キミには分からないだろうが、それが優しさってやつだよ。

 それでバレンタインデー当日を迎えて、予定通り彼女はチョコレートを持って僕の前に現れた。なんて言ってチョコレートを渡してきたと思う?

 「私、あなたのことが好き。あなたとなら分かりあえる気がする」

 って言って渡してきたんだよ。珍しいことに、口から出る言葉も、心の声も、同じ言葉を発していた。大概の人は口では奇麗なことを言いつつも、よどんだ心の声を発しているものだけど、その人は違った。だから、すごく胸に刺さったよ、彼女の言葉が。

 だけどそれでも僕は言ってやった。

 「それはあなたの誤解です。僕とあなたは分かりあうことなんてできませんよ」

 ってね。だって、あんなまっすぐな人、なおさら僕と付き合って不幸になんてなってほしくないから。僕にフラれる一瞬の不幸なんかより、僕と付き合ってずっと不幸になってしまう方が、よっぽどつらいだろうさ。

 それでね、彼女は残念そうな表情で去っていくと思ったんだけど、なんとも妙な反応だったんだ。

 「ふふふ、あなたってやっぱり優しいのね」

 って。

 「そう言うと思ったわ」

 とも言っていた。

 でもって、持っていたチョコレートを押し付けてきたので、やむをえなしに受け取ると、彼女は口元に微笑みを携えてスキップしながら去っていった。その心の声は、不思議なことに、なにも聞こえなかったんだ。嬉しいのか、悲しいのか、さっぱりわからなかった。まるで心の声を聞かれないよう、声を潜め、沈黙しているかのようだった。

 彼女が去って行ったのち、彼女から渡されたチョコレートが、僕に話しかけてきた。

 「世の中には似たような人間もいるってことさ。お前はまだまだ甘すぎるよ」

 僕はその言葉の意味をよくよく考えることもせず、勢いよくかぶりついて、

 「チョコレートにだけは甘いなんて言われたくねえよ」

 って言い返してやったのさ。

 さて、僕の奇妙なバレンタインの話はここまで。彼女の心の声、キミにはどう聞こえた?

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