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人々の中に住まう

 買い手のつかない古時計がひとつ、老舗の時計屋のショーウィンドウに立ち尽くしていた。

 あまりに長らく立ち尽くしていたものだから、時計台よろしく、その町の待ち合わせスポットと化してしまうほどであった。

 誰もが知らぬ間に、古時計のことを、そこに在って当然のものであると認識するようになっていた。

 あるとき、その古時計に買い手がついた。

 時計屋のショーウィンドウからは、その古時計は姿を消し去ってしまった。

 人々はなんとなくさびしくなってしまったが、後になって、そのさびしさの原因が、古時計が居なくなってしまったことであると気付くのであった。

 当たり前のようにそこに在って、当たり前のように居なくなったから。

 それからしばらくして、時計屋も店じまいをしてしまった。理由は誰も知らなかった。

 さらにその数年後の話である。

 大きな時計台がひとつ、時計屋の跡地に建設された。

 いつかの古時計よろしく、時計台は人々の待ち合わせ場所になった。

 時計台の内部には入れるようになっていて、その内部には、年季の入った古時計が展示されていた。人々はその古時計を目にして、妙に懐かしい気持ちになったが、誰もが妙に懐かしくなるばかりで、なにか思い出すような気がして、それでも思い出すことはできないのであった。

 今もその古時計は、刻々と時間を刻み続けている。

 

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