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熟成

 イヤホンを耳に刺しこむ。そして、お気に入りの音楽を頭の中に流し込む。体中にエネルギーが充填されていく感覚。ああー、たまらない。一見、普通に音楽を聞いているだけに見えるかもしれないけれど、実は違う。私は今、音響熟成を試しているの。音響熟成と言うと、よく木材を想像する人がいるわ。音楽を聞かせて熟成させた木材は、ひときわ生き生きとした木材になると言われているわね。そう、それと同じ原理で、私たち人間も、音楽を聞かせ続けたり、聞き続けたりすることで、生き生きとした体になる!なんて、もっぱらのウワサなの。生き生きと、若く美しくありたい私としては、試さないわけにはいかないのよ。
 試しているのは私だけじゃないわ。若さや美しさに興味がある人、みんながやっているの。近頃の流行になりつつあって、きっと、今年の流行語大賞は音響熟成なんじゃないか?って予想する人だっているくらい。女性だけじゃなくて、男性の人だって、音響熟成を試しているわ。やはり若さは万人にとって興味があることなのね。
 そんなこんなで音響熟成が巷をにぎわせているのだけれど、なんだか不思議なことに、個性的な見た目の人が増えてきている気がするの。どうやら聞いている音楽が、その人の外見に影響を与えているみたい。服装、メイク、顔の作り、肌のハリ、なにからなにまで音楽が影響を与えているみたいで、とっても面白いわ。
 私は音響熟成を試しだしてから、「透き通るような存在感だね」「透明感があっていいね」なんて、よく言われるのよ。あまりに透明感があるせいか、道行く人によく肩をぶつけられるわ。何を聞いているかって?そうね、クラシックの…レクイエム(鎮魂歌)をよく、聞いているわ。

 数年後、女は消え入るようにいなくなってしまった。周囲の人間によると、消えていくその様子は、鎮められていく魂のようだったという。何事も過ぎると良くないと言うが、ここにもその教訓があてはまるのかもしれない。
 

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