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「心の傷」は目に見えないとか、なんとか…。

言葉の暴力、だけではないけど。
「いじめ」とか、「パワハラ」をはじめとするハラスメントとか。
定義や名前はなんでもいい。

理由なんてわからないし、どんな理由があろうともやってはいけないこと
だと思うけど。
悪意を持って、故意に、相手が傷つくことをした。
遊びのつもりで、からかっただけ。
暴言、無視、からかい、罠にはめる、色々ある。

結果、それをされた人は、
ストレスにさらされて、精神疾患を発症したり、
一番残念なことは、自ら命を断ってしまう。
つまり「自殺」。

いじめがあったとか、暴言からかい嫌がらせ、
それが原因で、
された側が、苦痛に感じた
「精神疾患を発症する原因になった」
「自殺に追い込まれる大きな原因だった」
それが、された側にとっての事実なのに。

本人がどこかに何かを書き残そうが、
医師の診断書でさえ、

裁判や訴訟などの場、いじめの委員会パワハラ委員会だって同じだけど、
「本人がそう主張すれば医者はそう書くでしょ」
「客観的な数値や画像の検査結果がない」
「本人の主観、性格、捉え方の問題」
「因果関係は証明できない」
しまいには
「そんな事実はない」…。

とかなんとか、言いたい放題。
なんだかわからないけれど、世の中、
いわゆる「加害者」側の主張が通って
しまうことが多いように思う。
組織を守るために、「加害者」も守られてしまうのか。

心の傷、精神疾患は目に見えない、
客観的なデータがいない、本人の主観、
「心が弱いから」とか、そんな適当なことで片付けられてしまう。

実際に、暴力で相手に傷害を負わせたり
ころしてしまったり。
そんなことがあれば、
警察もさすがに見逃すことはできない。
罪にも問われる。

だけど、
あることが原因で「精神疾患・自殺」がおきても
まるで相手にされない。

なんか、おかしいよな。って個人的に思う。
精神的苦痛を負わせた分、
自殺に追い込まれるまでの苦痛を負わせた分、
その罪は、
傷害罪や殺人罪よりも、重くていいんじゃないか、
その方が妥当なんじゃないか、
とさえ、勝手に思ってしまう。

世の中は、理不尽。
「心の傷は客観的証拠がない」
なんて、
この時代においても、
まだそんなことが、平然とまかり通る世の中。

生きる希望もなくなるよ。

いつか変わる時代が来るのか。
自分は期待していないけど。






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