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「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親

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黒い谷に迷い込んでしまった研究者の手記をもとに綴られた物語です(設定)。 文明人である研究者と原住民の戦士との交流を書いたファンタジー作品。
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#連載

琳琅 第二号より、「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親



 ヌェラに限らず、過酷な食料不足と黒雨のもたらす病を幾度も越えてきた彼らの気性は総じて荒く、陰湿であった。この渓谷に住まう部族の歴史は古く、片方の瞳が白濁していた族長の話から推測するに、都市に住む人々が鉱山を発見して採掘を始めるずっと以前、まだこの山脈が活火山であった頃からこの土地で暮らしているようであった。

 私がこの集落にきて最初に連れて行かれた場所は、外に並ぶ他の物よりやや大きく、内

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琳琅 第二号より、「ヴァン・ダ・イールー渓谷の民」武村賢親



 しかし私は、この渓谷に適応して進化したと思われる、独特な生態を持った爬虫類の存在を発見した。もう半年ほど前のことである。採掘された鉱物を研究資料として融通してもらうため、助手のミーシェカと共に車に乗り、ウマに引かせて採掘場へと出かけた。

 採掘所を取り仕切るアッガスとは旧知の間柄で、鉱石や地質に関する研究に携わる際には必ず協力を仰ぐ私の良き協力者である。私の研究室に住み込みで働いているミ

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 こうして儀式を終えた獲物は集落に持ち帰られ、初めて族長と相対したあの大きな住居で、集落の住人全員に分配される。

 彼らの集落は谷底の少し開けた場所に密集する灌木帯によって隠されるように存在していた。絡み合った蔓や枝葉によって黒い雨から守られているのか、集落周辺の地面や草は、渓谷内の雨曝しになった場所ほど黒く染まってはおらず、辛うじて農作物を育てることのできる環境にあった。といっても、育て

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 情けないことに、私はつい先程まで、ヌェラを男だと思いこんでいたのである。というのも、男は外へ仕事に出て、女は家で家事をする、という都市での固定観念が抜けきっておらず、外へ狩りに出るヌェラのことは、背が低いだけで、当然男であると思っていたのだ。

 彼女の短剣捌きは正確の一言に尽きた。研究室では石工用の鑿と槌を使ってやっと割れた硬い鱗だったが、彼女はまるで木像を掘っているかのような滑らかな手

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 必死で何かを伝えようとしているが、いまだ肯定と否定でしか意思表示が出来ない私には何をそんなに怒っているのかさっぱりわからなかった。困惑し続けている私に業を煮やしたのか、ヌェラは羽織の前を乱暴に掻き開いて半身を晒し、脇腹に残る噛み跡のような大きな傷跡を示して見せた。罠を振り解こうと暴れ続けているトカゲと傷跡とを交互に指さしながら訴えてくるため、その傷が黒いトカゲによってつけられたものであろう

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